ロイド『宇宙をプログラムする宇宙』
最終更新日:2008年2月11日
(以下の書評は2007年11月25日にブログにて発表済です)
コンピュータの次なる形、量子コンピュータ研究の第一人者である著者による量子情報宇宙理論。
情報理論においては、エントロピーという概念の把握が重要となってくる。著者によると、エントロピーとは一つの系に含まれる情報の無秩序さの尺度である。エントロピーが増大すると、無秩序さも増大するし、ほおっておけばエントロピーは増大する。また、エントロピーは情報の有用度をあらわす量でもある。エントロピーが多ければ乱雑かつ無用な情報となるし、エントロピーが少量ならば、系に含まれる情報は有用になる。自然はほうっておけばエントロピーを増大させる、すなわち自然は無知を拡散、増大させていることになる。
さて、エントロピーの概念を理解することは難しい。試しに前の書評(『宇宙を復号する』)で私が書きあげたエントロピーの説明を振り返ってみよう。
「1と0の羅列となった情報は、エントロピーという概念で分析できる。エントロピーとは、情報の乱雑さを示す尺度である。エントロピーが高ければ、情報の予測不可能性が高くなり(文字の並びがランダムになる)、ビット1個あたりが持っている情報量も大きくなる。エントロピーが低い状態、すなわち記号がランダムに並んでいない文字列(予測可能な文字列)では、文字1個あたりの情報量が少なくなる。」
引用した文章は、先ほど下したエントロピーの定義とは矛盾しているように思われる。エントロピーが低いと情報は有用になるのか、それとも無用となるのか。
表現の違いに注目しよう。エントロピーが低いと「系に含まれる情報は有用になる」ことと「文字1個当たりの情報量が少なくなる」ことは矛盾しないのではないか。また、エントロピーが高いと「乱雑かつ無用な情報となる」ことと、「ビット1個あたりが持っている情報量が大きくなる」ことは矛盾しない。図式化しよう。
エントロピー高…予測不可能性増大(起こりにくくなる)、滅多に起きない、頻繁に発生、乱雑、無秩序、無用な情報の増大、1個あたりの情報量は多い。
エントロピー低…予測可能性増大(起こりやすくなる)、頻繁に起きる、繰り返し、整理、秩序、有用な情報の増大、1個当たりの情報量は少ない。
すなわち、エントロピーが増大すると、1個当たりの情報が発生する確率は減少する。滅多に起きないことがたくさん発生するランダムで刺激的な世界になるわけだ。1個あたりの情報量は大きくなるわけだが、情報量が大きいからといって、それが意味ある情報かどうかは別物だ。滅多に発生しない情報ばかりが起きるという事態を考えると、1個あたりの情報が持つ有用性は少なくなる確率が高いだろう。高エントロピーはあまり意味のない情報が大量におしよせてくる、現代のウェブのような状態だといえる。エントロピーは多すぎると複雑で意味のないことが多くなるし、少なすぎてもわかりきったことばかりが起きるわけだから、人間にとってちょうどいい状態を探す必要がある、という結論になりそうだが、自然にほうっておくと、エントロピーはひたすら増大するから厄介なわけである。
さて、本の書評に戻ろう。
宇宙はエントロピーを増大させている。とすると、宇宙は情報を生み出していることにもなる。宇宙はコンピューターではないかという推論があがってきてもおかしくない。
現代のコンピューターはデジタルコンピューターである。コンピューターは0と1というビットの積み重ねで演算処理を行っているが、宇宙というコンピューターはもっと処理が複雑そうだし、デジタルコンピューターは宇宙を再現できそうもない。なぜ再現できないのか。宇宙はデジタルではないからだ。連続する事象であるアナログなのか。そうでもない。宇宙の基本構成要素は量子なのだ。
量子は0でもあるし1でもある、どちらとも決められない不確定の情報を保持している。こんな曖昧なビット状態は、デジタルコンピューターでは再現できない。しかし、最新物理学の技術を駆使すれば、量子コンピューターを作ることができる。宇宙が生み出しているあらゆる情報は、量子ビットとして表現することが可能である。量子ビットは0でもあるし1でもあることができるという。
「二つの異なるものを一つにする人は、神の国に入ることができます」と新約聖書には書かれているが、これは量子情報の隠喩なのだろうか。まさしく宇宙は、0でも1でもない量子情報で構成されている。量子ビットはデジタルの振る舞いとアナログの振る舞い両方を実現可能である。著者は量子コンピュータの仕組みを研究し、制作し、同時に宇宙に対する独創的な理解も深めている。もしも宇宙を再現できるほどの高性能な量子コンピューターを一つ作ることができたとすれば、それはもう一つの宇宙ができたということになる、という奇想天外な発想が面白かった。すなわち、宇宙と同等の機能まで持つことができた量子コンピューターが生み出す演算結果は、我々の宇宙とは異なる宇宙なのだ。
しかし、このような量子コンピュータを作り出すことは難しい。宇宙と等しい量子コンピュータは、「ラプラスの悪魔」に等しいだろう。科学者ラプラスが記した言葉を本書から孫引きになるが引用しよう。
「ある知性体がいて、自然を動かすすべての力と自然を構成するすべての存在の相互位置がどの瞬間においてもわかり、そのデータを分析できるほど巨大であり、そして、宇宙で最も大きい天体や最も軽い原子の運動をたった一つの方程式に還元できたとしよう。そのような知性体にとっては、不確かなことなど何もなく、未来も過去も同じく眼前に存在しているはずだ。」(pp126−127)
著者はこのような知性体を作るためには、宇宙全体と等しい計算パワー、空間、時間、エネルギーが必要だという。また、量子力学によって、物理現象は決定論的でなく、確率で起こることもあるとわかったため、ラプラスの悪魔でさえも予測できないカオスがあると著者は指摘している。
この見解から逆説的に、宇宙は巨大な知性体だと推論することができるが、その実、宇宙が持つ知性、すなわち思考、すなわち情報処理は、大部分原子の衝突、あるいは物質や光のかすかな運動にすぎない、と著者は最後に指摘している。
人間の思考に比べれば、宇宙の思考は素粒子単位の取るにたらないものなのだ。しかし、こうしたミクロの衝突や運動の集積によって、ビッグバンから超新星爆発から生命誕生から我々人間の思考能力までできあがっているのだから、あながち宇宙の情報処理能力を馬鹿にはできないのであった。
コンピュータの次なる形、量子コンピュータ研究の第一人者である著者による量子情報宇宙理論。
情報理論においては、エントロピーという概念の把握が重要となってくる。著者によると、エントロピーとは一つの系に含まれる情報の無秩序さの尺度である。エントロピーが増大すると、無秩序さも増大するし、ほおっておけばエントロピーは増大する。また、エントロピーは情報の有用度をあらわす量でもある。エントロピーが多ければ乱雑かつ無用な情報となるし、エントロピーが少量ならば、系に含まれる情報は有用になる。自然はほうっておけばエントロピーを増大させる、すなわち自然は無知を拡散、増大させていることになる。
さて、エントロピーの概念を理解することは難しい。試しに前の書評(『宇宙を復号する』)で私が書きあげたエントロピーの説明を振り返ってみよう。
「1と0の羅列となった情報は、エントロピーという概念で分析できる。エントロピーとは、情報の乱雑さを示す尺度である。エントロピーが高ければ、情報の予測不可能性が高くなり(文字の並びがランダムになる)、ビット1個あたりが持っている情報量も大きくなる。エントロピーが低い状態、すなわち記号がランダムに並んでいない文字列(予測可能な文字列)では、文字1個あたりの情報量が少なくなる。」
引用した文章は、先ほど下したエントロピーの定義とは矛盾しているように思われる。エントロピーが低いと情報は有用になるのか、それとも無用となるのか。
表現の違いに注目しよう。エントロピーが低いと「系に含まれる情報は有用になる」ことと「文字1個当たりの情報量が少なくなる」ことは矛盾しないのではないか。また、エントロピーが高いと「乱雑かつ無用な情報となる」ことと、「ビット1個あたりが持っている情報量が大きくなる」ことは矛盾しない。図式化しよう。
エントロピー高…予測不可能性増大(起こりにくくなる)、滅多に起きない、頻繁に発生、乱雑、無秩序、無用な情報の増大、1個あたりの情報量は多い。
エントロピー低…予測可能性増大(起こりやすくなる)、頻繁に起きる、繰り返し、整理、秩序、有用な情報の増大、1個当たりの情報量は少ない。
すなわち、エントロピーが増大すると、1個当たりの情報が発生する確率は減少する。滅多に起きないことがたくさん発生するランダムで刺激的な世界になるわけだ。1個あたりの情報量は大きくなるわけだが、情報量が大きいからといって、それが意味ある情報かどうかは別物だ。滅多に発生しない情報ばかりが起きるという事態を考えると、1個あたりの情報が持つ有用性は少なくなる確率が高いだろう。高エントロピーはあまり意味のない情報が大量におしよせてくる、現代のウェブのような状態だといえる。エントロピーは多すぎると複雑で意味のないことが多くなるし、少なすぎてもわかりきったことばかりが起きるわけだから、人間にとってちょうどいい状態を探す必要がある、という結論になりそうだが、自然にほうっておくと、エントロピーはひたすら増大するから厄介なわけである。
さて、本の書評に戻ろう。
宇宙はエントロピーを増大させている。とすると、宇宙は情報を生み出していることにもなる。宇宙はコンピューターではないかという推論があがってきてもおかしくない。
現代のコンピューターはデジタルコンピューターである。コンピューターは0と1というビットの積み重ねで演算処理を行っているが、宇宙というコンピューターはもっと処理が複雑そうだし、デジタルコンピューターは宇宙を再現できそうもない。なぜ再現できないのか。宇宙はデジタルではないからだ。連続する事象であるアナログなのか。そうでもない。宇宙の基本構成要素は量子なのだ。
量子は0でもあるし1でもある、どちらとも決められない不確定の情報を保持している。こんな曖昧なビット状態は、デジタルコンピューターでは再現できない。しかし、最新物理学の技術を駆使すれば、量子コンピューターを作ることができる。宇宙が生み出しているあらゆる情報は、量子ビットとして表現することが可能である。量子ビットは0でもあるし1でもあることができるという。
「二つの異なるものを一つにする人は、神の国に入ることができます」と新約聖書には書かれているが、これは量子情報の隠喩なのだろうか。まさしく宇宙は、0でも1でもない量子情報で構成されている。量子ビットはデジタルの振る舞いとアナログの振る舞い両方を実現可能である。著者は量子コンピュータの仕組みを研究し、制作し、同時に宇宙に対する独創的な理解も深めている。もしも宇宙を再現できるほどの高性能な量子コンピューターを一つ作ることができたとすれば、それはもう一つの宇宙ができたということになる、という奇想天外な発想が面白かった。すなわち、宇宙と同等の機能まで持つことができた量子コンピューターが生み出す演算結果は、我々の宇宙とは異なる宇宙なのだ。
しかし、このような量子コンピュータを作り出すことは難しい。宇宙と等しい量子コンピュータは、「ラプラスの悪魔」に等しいだろう。科学者ラプラスが記した言葉を本書から孫引きになるが引用しよう。
「ある知性体がいて、自然を動かすすべての力と自然を構成するすべての存在の相互位置がどの瞬間においてもわかり、そのデータを分析できるほど巨大であり、そして、宇宙で最も大きい天体や最も軽い原子の運動をたった一つの方程式に還元できたとしよう。そのような知性体にとっては、不確かなことなど何もなく、未来も過去も同じく眼前に存在しているはずだ。」(pp126−127)
著者はこのような知性体を作るためには、宇宙全体と等しい計算パワー、空間、時間、エネルギーが必要だという。また、量子力学によって、物理現象は決定論的でなく、確率で起こることもあるとわかったため、ラプラスの悪魔でさえも予測できないカオスがあると著者は指摘している。
この見解から逆説的に、宇宙は巨大な知性体だと推論することができるが、その実、宇宙が持つ知性、すなわち思考、すなわち情報処理は、大部分原子の衝突、あるいは物質や光のかすかな運動にすぎない、と著者は最後に指摘している。
人間の思考に比べれば、宇宙の思考は素粒子単位の取るにたらないものなのだ。しかし、こうしたミクロの衝突や運動の集積によって、ビッグバンから超新星爆発から生命誕生から我々人間の思考能力までできあがっているのだから、あながち宇宙の情報処理能力を馬鹿にはできないのであった。
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