サイフェ『宇宙を復号する』
最終更新日:2008年1月20日
量子情報理論を元に宇宙の物理現象を解読するポピュラーサイエンスの良書。
情報理論は20世紀に生まれた学問である。二つの世界大戦中の暗号作成・解読作業を通じて、情報に関する様々な法則が発見された。情報理論を構築したのはシャノンという科学者である。情報理論によれば、どんな言葉も、最終的にはイエスとノー、真と偽、1と0という符合の連なりで表すことができる。イエス・ノー・クエスチョンをして、得られる回答は1か0、これが1ビットである。1か0の数値が8個連続すれば、8ビット、すなわち1バイトとなる。言葉、すなわち情報はビットで表現することができるのだが、ビットであらわすことができるのは言葉だけではない、画像、音声、映像、生化学現象、分子、原子、素粒子、惑星、宇宙全てがビットで表現できるのである。
1と0の羅列となった情報は、エントロピーという概念で分析できる。エントロピーとは、情報の乱雑さを示す尺度である。エントロピーが高ければ、情報の予測不可能性が高くなり(文字の並びがランダムになる)、ビット1個あたりが持っている情報量も大きくなる。エントロピーが低い状態、すなわち記号がランダムに並んでいない文字列(予測可能な文字列)では、文字1個あたりの情報量が少なくなる。
情報の乱雑さを示すエントロピーの法則は、熱力学で定義された、エントロピー増大の法則と密接に関係している。情報はほおっておけば勝手にエントロピーが増大し、環境内に散逸し、乱雑になり、意味のないものになっていく。物質とエネルギー、人間活動は情報の法則に支配されているが、人間は、脳と遺伝子に情報を蓄え、次世代に継承しようとする。遺伝子で伝えきれずほおっておけば散逸する情報は、書物に残したり、絵にしたりすることで、後続世代に伝えようとしてきた。エントロピー増大の法則に従えば全ての情報は散逸していくが、意識的行為によって、乱雑さの増大を食い止めることができる。
情報の散逸に抵抗することは、エントロピー増大の法則を破壊する行為のように見えるが、実はそれでも、エントロピー増大の法則は守られている。なぜなら、自然に逆らって意味有る情報を保存しようとする行為によっても、環境内のエントロピーは増大するからだ。人間が何もしなければ、エントロピーは増大しないが、何か行為をすると、行為によって環境内の乱雑さが膨れ上がる。情報は散逸せず保存されたが、保存するという行為によっても、エントロピーは増大するわけだ。
こうした情報理論的思考によって、熱力学にとって長年のパラドックスだった「マクスウェルの悪魔」の問題も解決させることができると著者はいう。とある悪魔が熱力学の法則を破るような操作を環境に対して行っているとする。この悪魔の存在が認められる限り、熱力学の法則は完全ではないと考えられてきた。しかし、その悪魔自身も環境を操作する行為をすることによって、情報、エネルギーを生み出しているのだと考えてみよう。環境を自然法則に逆らうよう操作しようとする悪魔の行為が、別種の情報を生み出しているが故に、悪魔を含んだ環境全体の熱力学法則を維持されることになる。
情報理論は、「シュレーディンガーの猫」という物理学上有名なパラドックスにも有益な解決を与えるという。原子よりも小さな量子の世界では、一つの電子は右にあるか、左にあるかわからない状態にある。情報理論的にいうと、0でもあるし1でもある状態、すなわち0&1となる。こうした0でもあり1でもある量子の情報を研究する学問を量子情報理論という。
観察者が観測すると、電子は右か左に位置を固定させる、すなわち0か1かがはっきりする。測定という行為によって、電子のゆらぎがおさまり、位置が定まる。ただし、量子力学は素粒子の世界にしか当てはまらず、猫には当てはまらない。猫が自分から見て左にいるか右にいるかは、見なくともはっきりしている。猫は0か1のどちらかに必ず固定されている。
シュレーディンガーは以下の思考実験を行った。1つの電子をビームスプリッターに当ててみる。1つの電子は左と右の道両方に進む可能性を持っている。左の道には何もないが、右の道には検出器がある。検出器が電子を察知すると、子猫が入っている箱の中に仕組まれた毒入り小瓶が割られ、子猫が即死するとする。
電子は左右どちらの道にも進みうる、両方に同時に進むわけではない。どちらかに進むだけだ。左右どちらに進んだかは観測すればはっきりするが、観測しなければわからない。さて、毒入り瓶が割れて猫が死んだのか、それとも生きているかもまた、箱を開けて、観測しなければわからなくなる。すなわち、観測者が猫の入っている箱を開けるまでは、猫が死んでいるか生きているかは、電子のゆらぎ同様定まらないのだ。
これは箱の中に隠れたマジシャンに剣が差し込まれて、マジシャンは生きているのか、死んでいるのか、箱を開けてみるまではわからない、という問題とはわけが違う。猫が死んでいるか生きているか、物理法則として確定不能となるのだ。同時にまた、誰かが箱を開けた瞬間、猫が生きている家死んでいるかはっきりすることになる。箱を開けるタイミングはランダムに選べる。こんな不確定な実験があるだろうか。シュレーディンガーはこの思考実験をすることで、量子力学の不確定性原理のあやしさを突きつけた。素粒子の世界では成り立つが、目に見える物理の世界では成り立たないとされる量子力学。しかし、猫をこのような状態におくと、古典的物体である猫にまで量子力学が成立することになるが、猫が量子的状態におかれることは、物理法則から考えておかしい。
シュレーディンガーの猫がかかえるパラドックスも、情報理論を使うと簡単に解決するというのが著者の主張であり、この本の一番興味深いところでもある。
「情報は、だれかがそれを引き出したり操作したりしていなくても存在する。粒子が量子状態を持つのに、粒子の量子状態を測定する人間は要らないのだ。情報は宇宙にある物体の本質的な性質であり、ハイゼンベルクの不確定性原理は情報への制約である。したがってハイゼンベルクの不確定性原理は実は、単なる量子状態の測定についての法則ではなく、宇宙にある量子状態についての法則なのだ。
おおかたの通俗科学書は、ハイゼンベルクの不確定性原理を紹介するとき、測定という行為そのものが測定される系を「乱してしまう」というような言い方をする。(…)しかし、そういう言い方はことの一面しか伝えていない。科学者が何かを測定していてもいなくても不確定性原理は成り立つからだ。この原理はだれかが何らかの情報を集めているかどうかにかかわらず、自然のあらゆる側面に当てはまる」(p253)
以下著者の主張を見てみよう。普段私たちが見ている猫はなぜ、0と1がはっきりしない状態ではなく、右にいるか左にいるか、生きているか死んでいるかがはっきりしているのだろう。それは量子が観測されているからである。飼い主によって猫が見られているため、猫の状態が固定されているわけではない。猫の体は、たえず光や空気に触れている。量子力学的に見ると猫の巨大な体に含まれている量子は、たえず他のなんらかの物体の干渉にあっている。なんらかの干渉があると、量子は不確定な動きをとめて、固定状態に移るのだ。物理学者は、真空状態の中に1つの電子だけをおいて、実験をすることができる。こうした状態では電子は観測されるまで、1&0という量子状態を保つことができるわけだが、現実の巨視的物体は量子状態を保てない。
対象が持っている情報が次第に環境に流れ込んでいくことはデコヒーレンスと呼ばれる。猫のような巨視的対象は、たえず空気やら光子やらいろいろなものと衝突している。猫と衝突した物質は、猫が持っている情報を環境に広める。同時に、猫と他の物質が衝突した瞬間、猫の量子的不確定状態は破壊され、確定される。
箱の中にある空気と猫が接触すること、デコヒーレンスの発生によって、猫は死んでいるか生きているか、すぐさま確定されるわけだ。猫は人間によって観察されずとも、空気中の物質によって、たえず計測されているのだ。
ここで量子情報理論は知的刺激に溢れた推論にたどりつく。宇宙は物質で満ちている。真空と呼ばれる状態にも、実はものすごく短い間に、量子が生まれては消えていく現象があるというから、宇宙には情報があふれかえっているし、物質同士による計測作業が絶えず行われていることになる。宇宙とは情報創出装置であるし、計測装置でもある。宇宙は生まれてからというもの膨大な情報を生み出し、計測し続けているとんでもない演算装置なのだ。宇宙の情報はほおっておけばエントロピー増大の法則にしたがって、環境中に拡散する。今人類は、宇宙に満ち溢れる膨大な情報を計測し、宇宙がなぜ情報を生み出し、計測し続けているのか、計測しようとしている。また、計測結果を文字に書きとめ、保存し、後続世代に伝えようともしている。
〜〜〜
この本が示している面白い推論を私なりに進めてみると、宇宙、すなわち神に人格があるか、意志があるか、目的があるかは関係ないという結論にいたる。観察者がいてもいなくても、量子情報は他の量子によって観察され続けているのだから、宇宙に意志がなくても、宇宙は観測行為を続けていることになる。そう、まさしくコンピュータは意志がなくても情報を創出し、計測しているように、宇宙もまた意志なく膨大な情報を操作し続けているのかもしれない。いや、意志や人格というものも終局的には0と1の記号の羅列によって表現される。人間や生命という意志行為者を生み出した宇宙が人格を持っていなくてもよい。人格よりもビットの方が、より本質的な概念だからだ。
情報理論は20世紀に生まれた学問である。二つの世界大戦中の暗号作成・解読作業を通じて、情報に関する様々な法則が発見された。情報理論を構築したのはシャノンという科学者である。情報理論によれば、どんな言葉も、最終的にはイエスとノー、真と偽、1と0という符合の連なりで表すことができる。イエス・ノー・クエスチョンをして、得られる回答は1か0、これが1ビットである。1か0の数値が8個連続すれば、8ビット、すなわち1バイトとなる。言葉、すなわち情報はビットで表現することができるのだが、ビットであらわすことができるのは言葉だけではない、画像、音声、映像、生化学現象、分子、原子、素粒子、惑星、宇宙全てがビットで表現できるのである。
1と0の羅列となった情報は、エントロピーという概念で分析できる。エントロピーとは、情報の乱雑さを示す尺度である。エントロピーが高ければ、情報の予測不可能性が高くなり(文字の並びがランダムになる)、ビット1個あたりが持っている情報量も大きくなる。エントロピーが低い状態、すなわち記号がランダムに並んでいない文字列(予測可能な文字列)では、文字1個あたりの情報量が少なくなる。
情報の乱雑さを示すエントロピーの法則は、熱力学で定義された、エントロピー増大の法則と密接に関係している。情報はほおっておけば勝手にエントロピーが増大し、環境内に散逸し、乱雑になり、意味のないものになっていく。物質とエネルギー、人間活動は情報の法則に支配されているが、人間は、脳と遺伝子に情報を蓄え、次世代に継承しようとする。遺伝子で伝えきれずほおっておけば散逸する情報は、書物に残したり、絵にしたりすることで、後続世代に伝えようとしてきた。エントロピー増大の法則に従えば全ての情報は散逸していくが、意識的行為によって、乱雑さの増大を食い止めることができる。
情報の散逸に抵抗することは、エントロピー増大の法則を破壊する行為のように見えるが、実はそれでも、エントロピー増大の法則は守られている。なぜなら、自然に逆らって意味有る情報を保存しようとする行為によっても、環境内のエントロピーは増大するからだ。人間が何もしなければ、エントロピーは増大しないが、何か行為をすると、行為によって環境内の乱雑さが膨れ上がる。情報は散逸せず保存されたが、保存するという行為によっても、エントロピーは増大するわけだ。
こうした情報理論的思考によって、熱力学にとって長年のパラドックスだった「マクスウェルの悪魔」の問題も解決させることができると著者はいう。とある悪魔が熱力学の法則を破るような操作を環境に対して行っているとする。この悪魔の存在が認められる限り、熱力学の法則は完全ではないと考えられてきた。しかし、その悪魔自身も環境を操作する行為をすることによって、情報、エネルギーを生み出しているのだと考えてみよう。環境を自然法則に逆らうよう操作しようとする悪魔の行為が、別種の情報を生み出しているが故に、悪魔を含んだ環境全体の熱力学法則を維持されることになる。
情報理論は、「シュレーディンガーの猫」という物理学上有名なパラドックスにも有益な解決を与えるという。原子よりも小さな量子の世界では、一つの電子は右にあるか、左にあるかわからない状態にある。情報理論的にいうと、0でもあるし1でもある状態、すなわち0&1となる。こうした0でもあり1でもある量子の情報を研究する学問を量子情報理論という。
観察者が観測すると、電子は右か左に位置を固定させる、すなわち0か1かがはっきりする。測定という行為によって、電子のゆらぎがおさまり、位置が定まる。ただし、量子力学は素粒子の世界にしか当てはまらず、猫には当てはまらない。猫が自分から見て左にいるか右にいるかは、見なくともはっきりしている。猫は0か1のどちらかに必ず固定されている。
シュレーディンガーは以下の思考実験を行った。1つの電子をビームスプリッターに当ててみる。1つの電子は左と右の道両方に進む可能性を持っている。左の道には何もないが、右の道には検出器がある。検出器が電子を察知すると、子猫が入っている箱の中に仕組まれた毒入り小瓶が割られ、子猫が即死するとする。
電子は左右どちらの道にも進みうる、両方に同時に進むわけではない。どちらかに進むだけだ。左右どちらに進んだかは観測すればはっきりするが、観測しなければわからない。さて、毒入り瓶が割れて猫が死んだのか、それとも生きているかもまた、箱を開けて、観測しなければわからなくなる。すなわち、観測者が猫の入っている箱を開けるまでは、猫が死んでいるか生きているかは、電子のゆらぎ同様定まらないのだ。
これは箱の中に隠れたマジシャンに剣が差し込まれて、マジシャンは生きているのか、死んでいるのか、箱を開けてみるまではわからない、という問題とはわけが違う。猫が死んでいるか生きているか、物理法則として確定不能となるのだ。同時にまた、誰かが箱を開けた瞬間、猫が生きている家死んでいるかはっきりすることになる。箱を開けるタイミングはランダムに選べる。こんな不確定な実験があるだろうか。シュレーディンガーはこの思考実験をすることで、量子力学の不確定性原理のあやしさを突きつけた。素粒子の世界では成り立つが、目に見える物理の世界では成り立たないとされる量子力学。しかし、猫をこのような状態におくと、古典的物体である猫にまで量子力学が成立することになるが、猫が量子的状態におかれることは、物理法則から考えておかしい。
シュレーディンガーの猫がかかえるパラドックスも、情報理論を使うと簡単に解決するというのが著者の主張であり、この本の一番興味深いところでもある。
「情報は、だれかがそれを引き出したり操作したりしていなくても存在する。粒子が量子状態を持つのに、粒子の量子状態を測定する人間は要らないのだ。情報は宇宙にある物体の本質的な性質であり、ハイゼンベルクの不確定性原理は情報への制約である。したがってハイゼンベルクの不確定性原理は実は、単なる量子状態の測定についての法則ではなく、宇宙にある量子状態についての法則なのだ。
おおかたの通俗科学書は、ハイゼンベルクの不確定性原理を紹介するとき、測定という行為そのものが測定される系を「乱してしまう」というような言い方をする。(…)しかし、そういう言い方はことの一面しか伝えていない。科学者が何かを測定していてもいなくても不確定性原理は成り立つからだ。この原理はだれかが何らかの情報を集めているかどうかにかかわらず、自然のあらゆる側面に当てはまる」(p253)
以下著者の主張を見てみよう。普段私たちが見ている猫はなぜ、0と1がはっきりしない状態ではなく、右にいるか左にいるか、生きているか死んでいるかがはっきりしているのだろう。それは量子が観測されているからである。飼い主によって猫が見られているため、猫の状態が固定されているわけではない。猫の体は、たえず光や空気に触れている。量子力学的に見ると猫の巨大な体に含まれている量子は、たえず他のなんらかの物体の干渉にあっている。なんらかの干渉があると、量子は不確定な動きをとめて、固定状態に移るのだ。物理学者は、真空状態の中に1つの電子だけをおいて、実験をすることができる。こうした状態では電子は観測されるまで、1&0という量子状態を保つことができるわけだが、現実の巨視的物体は量子状態を保てない。
対象が持っている情報が次第に環境に流れ込んでいくことはデコヒーレンスと呼ばれる。猫のような巨視的対象は、たえず空気やら光子やらいろいろなものと衝突している。猫と衝突した物質は、猫が持っている情報を環境に広める。同時に、猫と他の物質が衝突した瞬間、猫の量子的不確定状態は破壊され、確定される。
箱の中にある空気と猫が接触すること、デコヒーレンスの発生によって、猫は死んでいるか生きているか、すぐさま確定されるわけだ。猫は人間によって観察されずとも、空気中の物質によって、たえず計測されているのだ。
ここで量子情報理論は知的刺激に溢れた推論にたどりつく。宇宙は物質で満ちている。真空と呼ばれる状態にも、実はものすごく短い間に、量子が生まれては消えていく現象があるというから、宇宙には情報があふれかえっているし、物質同士による計測作業が絶えず行われていることになる。宇宙とは情報創出装置であるし、計測装置でもある。宇宙は生まれてからというもの膨大な情報を生み出し、計測し続けているとんでもない演算装置なのだ。宇宙の情報はほおっておけばエントロピー増大の法則にしたがって、環境中に拡散する。今人類は、宇宙に満ち溢れる膨大な情報を計測し、宇宙がなぜ情報を生み出し、計測し続けているのか、計測しようとしている。また、計測結果を文字に書きとめ、保存し、後続世代に伝えようともしている。
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この本が示している面白い推論を私なりに進めてみると、宇宙、すなわち神に人格があるか、意志があるか、目的があるかは関係ないという結論にいたる。観察者がいてもいなくても、量子情報は他の量子によって観察され続けているのだから、宇宙に意志がなくても、宇宙は観測行為を続けていることになる。そう、まさしくコンピュータは意志がなくても情報を創出し、計測しているように、宇宙もまた意志なく膨大な情報を操作し続けているのかもしれない。いや、意志や人格というものも終局的には0と1の記号の羅列によって表現される。人間や生命という意志行為者を生み出した宇宙が人格を持っていなくてもよい。人格よりもビットの方が、より本質的な概念だからだ。
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