現代文化、社会について領域横断的に思索するホームページ

小説

未完成草稿


ホーム > 小説・詩 > 未完成草稿 >

未完成草稿『再体験子宮』

最終更新日:2008年11月9日

 朝、目覚めると彼の重みが私の上にのしかかっていた。重い。重たい。動けない。苦しい。押し潰されている。私は彼に押し潰されている。ひどい圧迫感を感じる。重い。重い。重たい。呪われているのか。苦しい。重くて苦しい。こんなの嫌だ。早く帰りたい。帰ってしまいたい。家に帰って眠りたい。ああ眠りたい。ぐっすり眠りたい。疲れた。早く帰りたい。来なければよかったこんなところ。

 ここは畳の部屋だ。畳がびっしり敷き詰められていて、彼が私の上にのっかっている。重たい。苦しい。これ以上見ることができない。視野が狭まっている。見えない。見たくないあんなもの。おぞましい。とてもおぞましくて口に出せない。はっきりと言葉にすることができない。堅くて大きいもの。ぐらぐらしている。いやらしい。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。
 決してこんなはずじゃなかった。もうまわりがぐらぐらぐらついている。揺れている。電灯が揺れているのが見える。ぐらぐら。私の入っている体も揺れている。私は堅いもののにぐんぐん圧迫されている。苦しい。呼吸できない。息を吸えない。彼女ははあはあ喘いでいる。死にそうだ。ああ死にそうだ。むしろ死んでしまいたい。電灯は揺れている。
 夜だ。よく考えてみれば夜だ。思い出した、これは夜の話だ。ぐらぐら電灯が揺れている。窓は閉めてある。寒い。熱い。よくわからない。体がとてもほてっている。熱がすごい。熱い熱い。彼のものもとても熱い。押し潰されそうだ。こんなはずじゃなかった。
 痛い。痛い。体中が痛い。彼の手が彼女の体中を締めつける。痛い痛い。やめてほしい。もうやめてほしい。早くぐっすり眠りたい。痛い痛い。
 亡骸が見える。仏壇か祭壇かはよくわからない。本当か嘘かもよくわからないけど、はっきり見える。大きな畳の部屋に仏壇。
 ああ早く帰りたい。家に戻って眠りたい。苦しい。圧迫されている。
 のどかな光景に憧れていた。これはとてもそんな光景じゃなかった。恐い。男が恐い。女がいい。女だけでいい。苦しい。苦しい。とても苦しい。痛む。体中が痛む。ほてる。ホテル?
 そうだ。ホテルでも同じようなことがあった。グロテスクなもの。正視できないもの。そこから精子が私の目の前に溢れてきたのだ。私は彼の精子をまた浴びた。嫌だ。もう嫌だ。苦しい。これは私じゃない。こんなのは私じゃない。今の私は望んでいた私じゃない。もっと違う。こんなのじゃない。これを選んだわけじゃないのに、これがいつもやってくる。どうしてだろう?

「たまにはこっちに来いよ」

「そうだ、そうだ、もっと、もっと」
「だめ。聞こえる」
「いやだ」
 もう嫌だ。本当に嫌だ。早くうちに帰って眠りたい。永遠に眠ってしまいたい。永久の眠り。死。
死にたくはない。生きていたい。でも眠ってしまいたい。ぐっすりと。
 体中が痛い。重たい。重たい。圧迫されている。のっかっている大きな体。彼の皮膚の色。濃い体毛。太くて、長くて、見るのも嫌な体毛。
「ほら、もっとこっちに来い」
 彼の声が私の細胞の中にまで響いてくる。嫌だ、行きたくない。彼女の想いも私の細胞の中に響いてくる。

 彼女を蝕む彼の愛情。彼の愛情。彼の愛。恋愛の結果、私が生まれた。私は彼と彼女の愛の結果だ。ああ、私はどんどんまるまる。まるまっていく。くるくるくるくる。私は小さく小さくまとまる。見えなくなるまで丸まってしまいたい。ぐるぐるに。ぐるぐるに。
 小さな小さな体の奥底で、私もまたどんどん小さくまるまる。
 小さい。小さい。大きくはなりたくない。ぐっと小さくなってまとまってしまいたい。永遠に小さくなってぐるぐるぐる。ああ、魔法が使えたらいいのに。ぐるぐるに固まる魔法。ずっとこの場所にいれたらいいのに。外に出て行きたくはない。この場所に肩まって、肩まって。肩が痛い。ぐるぐるぐるぐ筋肉が収縮している。肩がまるまって、まるまって。お腹と背中がまるまって。小さくなっていく。何度も何度も小さくさせられた。大きくなるなと言われた。なのに、私は大きい。どうしてだろう。私は大きい。わからない。
 体の重み。ぐんぐん押される。ぐんぐんぐんぐん。鉄の棒が挿入される。何度も何度も。鋼鉄の棒。血が出ている。痛い痛い。
 彼女は風呂場で、水色のホースを股間に当てている。想いっきり勢いよく水が溢れ出る。鋭い。鋭い水が私を襲う。私は水の勢いに流されてしまいそうだ。過酷な流れに流されてしまいそうだ。彼女は泣いている。ホースからは水が流れている。
 何度も何度も冷たい水が勢いよく私の体を洗う。冷たい冷たい水だ。
 その水は冷たくはかない。寒い。苦しい。息苦しい。呼吸できない。寂しい。誰かに会いたい。誰かに包まれていたい。私は包まれているのに、包まれていない。包まれていたい。温かいものに。温かい部屋で過ごしたい。寒い。
 いろいろ寒い場所で私は何度も寒い力におし流されてきた。寒い寒い。
 いつも寒いから脚が冷える。掌が冷たい。顔が冷たい。暗い部屋。寒い。電気をつけてほしい。寒い寒い。

 私はいつも寒かった。今日も寒い。いつも寒い。私の心は寒々として冷たい。私の心臓は寒々として冷たい。私の末端神経は寒々として冷たい。
 私は苦しい。痛い痛い。肩が痛い。いつも肩が痛い。どこからどこまでが肩なのかわかりません。ぼくの肩は一体どれくらいの大きさなのかわかりません。ぼくの肩はとても巨大化していて、いろいろなものを背負っています。ぼくはまるでぼくではなく、肩そのもののようです。
 痛い。肩が痛い。重い。体が重たい。押し潰されそうだ。またあいつに押し潰されそうだ。いつもぼくの上にのっかっている。ずうっと前からそうだ。ぼくは押し潰されそうだ。ぼくのために誰か水をとって。水が飲みたい。苦しい。喉が渇いた。ああ喉が渇いた。いろいろな飲み物が欲しい。ぼくはぼくだけではない。ぼくはおそろしく巨大だ、ぼくはみんなの肩なんだ。ぼくの周りに仕事が山積みなんっている。
 肩が重たい、足が冷たい。重たく苦しい。肩のまわりに天使が飛んでいるのが見える。ぼくは肩をひっぱってみる。肩は苦しむ苦しむ苦しむ。
 ああ、背中も誰かに押されているみたい。背中がはっています。ぴんとぴんとはっている。いつも誰かに背中を押されているみたい。誰かはわからない。けど誰でもある。ああ、押されている。前からは突かれて、後ろからは押されている。ぼくは二つの圧力の間で押し潰されそうだ。肩は痛いし、背中ははっている。ああ、ひどく眠たい。もう眠ってしまいたい。苦しい苦しい。もうどこか遠くの場所に行ってしまいたい。生まれてこなければ良かった。ああ、生まれてこなければ良かったと思った瞬間とても哀しい気持ちになった。胸がきゅんとなって、涙が出そうになった。誰かに胸をしぼられたような感じです。冷たい心臓があったまって、心臓からお湯がほとばしり出そうな感じです。
 ああ、ぼくは生まれてこなければよかった。この言葉を感じると、ぼくはとても哀しくなる。涙腺が潤う。ああ、生まれてきてほしい。早く生まれてきてほしい。そうだ、もっと強く強く。そうだもっと強く。
 苦しい。ああ苦しい。何回も突かれている。ぼくは疲れている。ぼくは突かれることと疲れることを近藤していたのだろうか。いや疲れることと突かれることを混同していたのだろう。そうだきっと。ぼくはもう疲れた。あるいはぼくは何者かに憑かれていたのかもしれない。それはわからない。わかりたくない。ああ、何もわかりたくない。
 ああわかった。ぼくは苦しい感情に出会うと、苦しい感情を表す言葉と一緒に、「ああ」とため息、あるいは喘ぎ声を漏らしてしまう。ああ、ああ、ああ、もっともっと喘いでいたい。ああ、ああ、ああ、ああ。
 ぼくの体はどうなってしまうのだろう。ばらばらになってしまうだろう。ああ、ああ、ああ。
 そうだ、そんなに疲れるのなら、もっと気を抜いてみてもいいだろう。焦る必要はない。たくさんのことを全部自分一人で抱えこむ必要もない。今体験していることを全部自分出抱えこまないで、多くの人と分かち合ってもいいではないか。みんなだいたい似たような体験をもっているのだから。自分一人だけが体験してきたわけではないのだから。自分一人だけが悩む問題ではないのだから。分かち合って、共有してもいいではないか。
 落ち着いたなら、もっとゆっくり体験してみよう。水のなかに私は浮いている。ぷかぷか。ふわふわ。私は水の中でくつろいでいる。
いろいろな音が聞こえている。ぷうぷういう音。グウとなる音。時々私の部屋は揺れる。ふわふわと。ゆったゆったと。私はくつろいで部屋の揺れに自分の体を委ねる。
 相当落ち着けた。これは私一人で抱えこむ種類の問題じゃないんだ。
 今、目の前に二重まぶたの大きな瞳が見えた。くっきりとした美形の瞳が私を観察している。私はその瞳のかたちの美しさに憧れの気持ちを抱く。そんなきれいなかたちの瞳を持っている人だったら、顔もよっぽど端正だろう。私はその人の整った顔立ちを想像する。 その瞳はじっと私を見つめている。私はどきどきする。彼か彼女に向かって話しかけてみたい。けれど、私はまだ話すことができない。私は若干怯えながら、つぶらな瞳を見つめ返している。
 随分長い間見つめあった。私は少し緊張を感じている。いや、そんな長い時間見つめあってはいないのかもしれないが、私は見つめあうことによって疲労した。精神的にこたえた。
 私はそんなくっきりとした二重の美しい瞳をもった知り合いが幼少の頃にいたことなど知らない、思い出せない。だが、確かに彼女か彼の瞳、おそらく女性の美しい瞳が私を見つめている。彼女は私が生まれる前、私を見つめていたのだろうか。私が生まれてから、私は彼女に会っていない。会ったとしても、私は忘れた、おそらく強引に忘れ去ろうとした。
 その瞳が私を見つめている。
「ねえ、男の子だろうねえ」
 ああ恐い。私はその人の言ったことについて書くのが恐い。何の当たり障りもない、何気ない言葉なのに、私はその人の言った言葉を書けない。
「どれだけ大きくなるんだろうねえ。楽しみだねえ」
 恐いけれど、思い起こして見た。やはりたいした言葉ではなかった。これからもきっと大丈夫だろう。もっと耳を澄ませて聞いてみよう。
 笑い声がする。部屋の中でみんな笑っている。何かについて話して笑っている。
 私もまた心地よい気分を体験している。落ち着いた気分だ。早く外に出てみたい。早くいろいろなことを体験してみたい。
 ぐおお、大きな音が聞こえる。けれど私はもうそんな物音を聞いても恐怖を感じなくなった。その物音が私を傷つけることはないだろう。ぐうおおぐうおお、物音が迫ってくる。何回も何回も。だが私はその轟音を冷静に聞いていられる。大きな瞳の人が話した言葉を聞けたからだ、再体験できたからだ。私が恐れているものは別に私を傷つけない。それらは私を温めるだけだ。
 私の右斜め前のあたりで、男の人が私について話している。活発に彼は自分の意見を述べている。私は会話を聞いている。彼が私を傷つけることはない。私は強さを手に入れたのだ。私は自分で自分の心身を温める。
 
 ああまた今日も疲れた。疲れきった。昨日手に入れた強さはどこにいってしまったのだろう。また私はこの慣れ親しんだ絶望の世界に戻ってきてしまったのだ。ああ疲れた。もうだめだ何もする気がおきない。私は死にそうだ。体中が痛い。特に腰が痛い。苦しい。痛い痛い腰が痛い。眼も痛い。そう痛い痛い。ぼくの痛みを聞いて。ぼくはこんなに腰が痛い。もう死にそうだ。ああ痛い苦しい。どうにかしてほしい。もう苦しくてしょうがない。ああ、ああ、もう苦しくてしょうがない。
 誰かがぼくを叩いている。僕の背中を叩いている女がいる。苦しい。何遍も何遍もぼくは背中を叩かれている。もうやめてくれ、そんなに強く、何回も背中を叩かないでくれ。もうわかった、わかったからこれ以上僕を叩くのをやめてくれ。ぼくは必死になってお願いする。それでもぼくは背中を叩かれている。
 ああ、これは子宮にいた時のぼくではない。今のぼくだ。今のぼくは、女に背中を叩かれながら生きているんだ。女に押し潰されないようにしよう。自分の力で、自分の背骨をまっすぐに保とう。そうだ、子宮の体験に戻ろう。
 
 ぼくの周りにたくさんの襞がある。襞はみな脈うっている。ぼくと同じように襞は生きている。ぼくは背中を大きく曲げて、自分のひざを抱え込んで何かに怯えいている。周りがひどくうるさい。うるさいうるさい。ああ嫌なことばかりだ。雑音ばかりだ。もうやめてくれ。そんな話を俺の前でするのはやめてくれ。いい加減にしろ。それはこっちの問題じゃねえ。おめえで勝手にしろ。
 ああ、ぼくは怯える。何故こんなに怯える必要があるんだろう。周りの声がうるさい。ぼくはもうここにいたくない。どこか遠くの場所に行きたい。ぼくはもうここにいたくない。
 ぼくはひどく傷ついている。しかし、ぼくは自分が傷ついていることを人に言う勇気がなかった。ああ、ぼくの背中に大きな傷がある。声を大にして言おう、ぼくは背中が痛い。
棒で毎日叩かれているようだ。ぼくは地面にへばりつくために生きているようだ。
 もう一度あの時間に戻ろう。また今に戻ってきてしまった。そんなに戻りたいのか。どうして戻りたいんだ? わからない。
 ああわからない。いろいろなことがわからない。寒いし苦しいし、わかりたくもない。分別がない。区別がつかない世界だここは。誰が誰なのかまるでわからない。ぼくはぼくではないみたいだ。ここは一体どこなんだろう。どこか遠くに行ってしまいたい。どこか本当に遠くに。
 
 ばっくりとわれた背中が見える。その背中は本当にばっくりと割れている。大きな切り傷が擦り傷がその人の背中にある。赤い。
 その人が男か女かまではわからない。もしかしたらそれはぼくなのかもしれない。よくわからない。とても痛そうな傷だ。見ているだけで哀しい気分になってくる。
 ああ、ぼくは彼の背中の傷に何故か口づけた。傷口はうるんでいて、とても温かい。液体がぼくの唇を満たす。ああ、哀しい。傷を背負ったこの人の苦しみ、哀しみがぼくに伝わる。彼は苦しかったのだ。
 ああ、また空想的な物語が生まれてしまった。あの時に戻ろう。何故あそこにいた時間からどんどん遠ざかってしまうのか。何故苦しみは苦しみのまま終わらずに、作り話を生み出してしまうのか。ああ、痛い。腰も痛い。腰が痛い。足も痛い。足がずっとぱんぱんにはっている。苦しい。みっともない。本当にみっともない。もう嫌だ。苦しみだけがぼくにはふさわしい。嫌だそんなのは嫌だ。でも足がぱんぱんにはれている。腰の神経はいつも麻痺している。
 
 ああ、恥ずかしい。いろいろなことを言うのが恥ずかしい。表現するのが恥ずかしい。人に自分の意見を伝えるのが恥ずかしい。本屋で自分が本当に買いたい本を買うのも恥ずかしい。本当にやりたいことを実現するのが恥ずかしい。ためらい。苦しみ。祈り。恥ずかしい。
 見られるのが恥ずかしい。何人もがぼくを見ている。ぼくはいろいろな人に愛され、見守られている。誰もぼくを傷つけはしないのに、ぼくは自分で自分の体を傷つけている。ああ、黒い。眠い。退屈だ。人生が退屈だ。倦怠感。ぼくは落ちくぼんだ場所にたどりつく。
 ああいう風になってみたい、生きてみたい。ああいう風に自由に、なんでもしたいことをして、自分が決めたことに恥ずかしさを感じないで生きてみたい。幸せ。幸せ。見つけた幸せ。はなした。話したたくさんのこと。いろんなことを話していた。何回も何回も。解き放たれた。話すことで幸せのイメージが解き放たれていった。
 私は苦しみの海に泳ぐことに疲れたから、くつろぎながら漂うことにした。ああ、溢れる力の鼓動を感じる。楽しい。楽しみ。命。命。命。命の鼓動。
 周りでたくさんの人が笑っている。暮らしている。私は世界を見上げている。

(草稿19ページまで掲載、20ページ目以降消失)


COPYRIGHT (C) 2003 HAL HILL. All RIGHTS RESERVED