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小説『働く細雪』

最終更新日:2008年2月20日



 今年は花粉の量が少ないですと言っていたのに、気づけば去年の何倍も苦しい。まあ異常気象続きだからしょうがないんだろう。それでも、目がはれて、鼻水が出続けるのは苦しい。苦しみはとりわけ午前中ひどかった。雪子はキーボードを叩きながら、三分に一回くらいの割合で、鼻をかみ続けた。
 どんなに鼻をかんでも、ずるずると鼻水葉出続ける。体中の水分が鼻水になる気がした。
 ヨーグルトドリンクを飲んだり、緑茶を飲んだり、肉食を減らしたり、いろいろ努力してみたが、鼻水は出続ける。目の周りも赤くはれて、化粧ののりも悪い。最悪だ。生きているだけで苦しい。
 花粉症は毎年毎年ずっと続くという。杉花粉のない地域で暮らせばいいのだが、何故か東京に暮らしてしまう。引っ越すつもりもなかった。
 深呼吸もした。ヨガもした。瞑想もしてみた。心は一瞬落ち着いても、花粉症は治らない。かといって医師に行くほど生活に困るわけでもない。いらいらがつのるだけだった。
 土曜日、雪子は近所のドラッグストアに行ってマスクを購入した。密着型のやつだ。最近回りでマスクをする人が増えたので、自分もしてみようと思い立った。いつもはつけない眼鏡をかけて、マスクもつける。眼鏡にマスクじゃかっこ悪いと思っていたが、鼻の辛さがすぐなくなった。呼吸が楽だ。目もかゆくない。
 こんななら、もっと早くからマスクをつけておけばよかった。雪子は後悔した。
 マスクをつけていると、自分自身の心も守られている気がした。心の襞に一枚バリアを貼り付けた感じだ。アイポッドを耳につけている時も、外部のわずらわしさを遮断した気分になれるが、マスクをしている時も同じような安堵を得た。
 それでも、眼鏡にマスクはさすがにやばいなと思い、月曜会社に行く時はマスクのみにした。行きと帰りにマスクするだけで、ビルについたら、マスクを取るのだが、仕事中の苦しみは八割減少した。マスク様々だ。
 仕事中もマスクをしていればもっと楽だろうが、それはなんだか恥ずかしかったので、マスクをつけていることを誰にも言わずにいた。帰る前、マスクをつけるのも恥ずかしかったが、マスクをつけた姿を見られても、誰も何も言ってこなかった。
 自意識過剰じゃん。マスクつけている人たくさんいるし。そんな恥ずかしいことじゃないのに。
 雪子はちょっと照れながら、ビルを出たのだった。





 雪子は会社の規定で年一回の健康診断に行った。前の会社の健康診断では採血があり、この歳ともなると結構な量の血液を抜かれるから、雪子は健康診断なんて行きたくないなと思っていたけれど、行ってみたら採血はなかった。
 ぶっとい注射針を刺されなければ、仕事をさぼれるから実に気楽なものだ。雪子は昼休み明けの午後十二時半、上司に一言断ってオフィスを出た。掲示板には「十五時帰社予定」と書いてきたけれど、今までの経験からして一時間もあれば終わるだろうと計算していた。浮いた時間はカフェにでも寄って休憩しようと思っていた。
 地下鉄に乗って会社契約の診療所まで移動する。前の会社では、みんなで一斉に、同じ診療所に通ったから、ばっくれる隙間がなかったけれど、今日は自分ひとりだけ。待合室でみんなとわいわいやるのもいいけれど、早く終わったらさぼろうと思いながら、一人でいるのもまた楽しい。
 尿検査、レントゲン撮影、聴力検査、視力検査、脈拍測定、体重身長測定、胸の触診と続く。順番を待っている間も、ずっと肩が痛くて、雪子は腕をマッサージしたり肩を揉んだりしていた。月曜日だから眠くて疲れもひどい。体中がOAストレスでこちこちな気がする。それでも健康診断では異常なしで進んでいく。
「問診票には背中が痛いとか、腕にしびれがあるとか、お医者様には行かれましたか」
「いえ」
「日常生活に支障をきたすほどではないですね」
「はい」
「現在何かの病気で通院されていますか」
「いえ」
「では異常なしとしておきますね」
 医師なのか、看護婦なのか、脈拍測定担当の女性が、陽気に断定してくれた。雪子自身は、もう今日は仕事なんてしないですぐにも家に帰って眠りたいと思っているけれど、異常なしとされてしまった。
 もしここで、「肩の痛みも腕のしびれも我慢して働いてますけど、本当は辛くてしょうがないんです」と告白したら、心療内科でも紹介されるのだろうか。それも嫌だなと思って雪子は「異常なし」に同意した。
 検診の最後、三十代の肥満気味女性医師に胸の触診を受けた。胸に器具を当てられている間も、雪子の背中は緊張でこちこちしていた。命に関係ある異常が見つかったらどうしよう、会社休めるかなと思いながら、心臓をバクバクさせていたら、
「はい、鼓動も正常ですよお。診察終わりです。お疲れ様でした。」
と言われてしまった。
 雪子本人は完全に病人のつもりなのに、健康診断では正常で通ってしまう。「私、今肩がとっても辛いんですけど」とこの場で訴えるより、早く外に出てカフェラテでも飲みたいという気持ちが強かったので、雪子はお礼まで述べて診察室を出た。
 待合室の時計を見たら午後二時二十分だった。電車の移動時間だけでも会社まで三十分くらいかかる。今から店に入ったら帰社時間は十五時半くらいになるな、申告より三十分遅れるし、健康診断に三時間もかかったらおかしいかなと雪子は思った。
 けれど結局、近くのモスバーガーに入った。こんなふうに真面目ぶって、規則守ってっから疲れるんだよとぼやきながら、雪子はアイス・カフェラテを飲んだ。
 くつろいでいる間も肩が痛いし、眠たくてしょうがない。ああ、会社に帰りたくない。とにかく眠りたい。土曜に休日出勤しない月曜は、どうしてこんなに眠いんだろう。
モスバーガーの店内で休めるのはぎりぎり十五分だ。雪子は十五時半に帰ろうと思ったら、律儀に帰る性格だった。
 束の間のルール破りを終えて、雪子は地下鉄に降りていった。
 駅のホームで電車を持っている間も眠気と疲れが襲ってくる。午後の電車は空いており、余裕で座れたけれど、座っているだけで疲れてくる。これで本当に健康だと言えるのだろうか。あの健康診断は私の体の何を見たのだろう。
 雪子はアイポッドを耳にかけて目を閉じ、朗読入りのヒーリングミュージックを聴くことにした。リラックスを促す優しい言葉がけに合わせて深呼吸していると、少し疲れが取れた気になる。
 目を瞑って、息をふうっと大きく吐き出したら、雪子の頭の中に小さな鬼がたくさん現れた。お菓子のおまけのフィギュアくらいの大きさの鬼が、真っ暗闇を高速で移動している。小さすぎて、細部はよく見えないけれど、おそらく鬼か守護霊か神様の軍団だろう。
 大量の鬼は雪子の頭からぶわあっと溢れ出し、まっすぐな光の線を作って、闇の果てに向けて駆け抜けていった。
 鬼たちが飛んでいる爆音が、頭の中で響いている。
 これは私の肩にとりついていた重さの化身だろうかと雪子は思った。鬼たちが作り出す光の束を見ていたら、体が軽くなった。自分自身にものすごい力が詰まっていたように感じた。
 なんだかよくわからないけれど、疲れが一気にとれて、自信が湧いた。これで一気に仕事をやれるぞ。絶好調だ。
 そんな喜びも、会社に戻って仕事を始めたら、三十分で消え失せた。いつもの疲労感が舞い戻ってくる。これじゃあ健康診断の病院に入院した方がよかったんじゃないか。まあ、周りも疲労で苦しそうだ。雪子は、いつものごとく肩や耳を揉んで、疲れをごまかそうとした。
そうだ、手のひらのつぼだ。
 雪子は中指の付け根にある、指と指の間のひれを強くつまんでみた。肩こりによくきくと言われているつぼだ。押すと痛いし、しびれが広がる。思わず顔をしかめてしまう。
 右手を終えたら、左手も押してみる。不思議と肩の疲れがとれた。またもや一時の気休めかもしれないが、全身の疲労感も取れた気がした。
 つぼを押したくらいで治る病気なら、健康診断で異常なしと言われてもしょうがないか。雪子は背筋を伸ばしてキーボードに指を走らせた。
 二十三時、マンションにたどり着いた。結局今日も悶絶したけど、明日も仕事だ。マンションの目の前にあるコンビニで買った、ヒアルロン酸とビタミンC入りのドリンクを飲み、三十分風呂に浸かった。ドリンクが効いたのか、あれだけ疲れていたのに眠たくない。それでも時間が遅いので、雪子はベッドに入った。
 一時間くらい眠ると目が覚めてしまった。最近はベッドに寝ている間も背中が痛い。背骨のあたりがざわざわするので、雪子はベッドの上で軽くヨガをした。
 正座してから体を前に倒し、腕も伸ばしきる。腿がぴきぴきするし、腰の付け根から肩まで神経痛が走る。これだけ痛いのはよっぽど疲労がたまっている証拠だ。雪子は悪いものを全部吐き出すように深呼吸した。





 火曜日は月曜日よりも調子がいい。休日でも昼過ぎまで爆睡しなければ、月曜日も調子がいいのだろうが、月曜はどうしても体内リズムが狂っているせいでもん疲れしてしまう。まあ火曜日楽になったと言っても、疲れることに変わりはない。
 今日からははりきって仕事するぞ、いや、別にはりきりたくないけど、疲れるのはやだなと思いながら、夕子は定時に仕事をスタートした。
 キーボードを打っていると、腕と肩が疲れるし、マウスを動かしすぎると、右腕が指先からしびれてくる。腱鞘炎かもしれないと思うけれど、病院に行く気にはなれかった。それっぽい症状の人が周りにたくさんいるし、みんな痛い痛い言いながら働いてるし。
 いつも雪子はソフトタッチでキーを叩くのだが、今日は気分を変えて、強打してみた。空手家がレンガを割る時の気合でキーボードを叩いてみる。思わずブルース・リーみたいに叫びたくもなったが、高ぶる気持ちを抑えて指に力を入れた。
 いつもは指の付け根から上だけの力でキーを叩いていたが、今はひじから腕全体を動かしてリズミカルにキーを叩く。
 なんか体がのってきた。気分もよい。ゲームをやってるような快適さだ。いつもはパソコンにやられてると感じていたが、今はパソコンをめちゃくちゃにしている感じがする。集中力もすごい。仕事そのものは相変わらず全然面白くないけれど、キーを叩くことが単純に面白い。
 だれることなく作業を続けていたら、
「雪子ちゃんまたすごい顔で集中してるね」
と先輩に言われた。
 彼女はどちらかと言うと、雪子の集中力、仕事への取り組みを誉めていた。雪子自身はそんな真面目に働いているつもりはないのだけれど、他の人に比べたら真面目な部類に入るらしい。目が悪いから、体を前のめりにして、パソコンをいつもにらみつけているのだが、そんな姿が他人の目には真剣だと映るらしかった。
 そんな雪子が今日はさらにのりのりで作業に集中している。周りでたらたらキーボード打ってる人たちは、だらしないなと思いながら、雪子は高速連打ゲームを楽しんだ。
 そんな快調も、昼休みすぎにはだれてくる。いつも通り午後は眠くてだるかった。朝の調子もどこかに消え去り、雪子は肩をすっぽり覆う重い疲れを感じ始めた。
 美容室のマッサージタイムでは「すごいこってますね」といつも言われてしまう。自分で揉んでも筋肉が骨みたいに硬くて笑ってしまう。
 直属の上司が急遽外出することになった。同行する新入社員の男の子は緊張の面持ちで慌ててついていったけど、残された者たちは途端にお気楽ムードとなった。雪子も談笑に加わり、力を抜いた。
 今日はこのまま仕事してるふりして休んじゃおっかなと悪魔の雪子が考え始める。
 仕事は五分の休憩も惜しいほどたまりまくっているのだが、休んじゃいけないという強迫観念がまた、自分の肩こりを進めてるんじゃないかと思い、雪子はオフをとることにした、もちろん仕事の振りをしながら。
 今まで目の前にある液晶画面しか見つめてこなかったが、ふと目をあげると、みんな背伸びをしたり、コーヒーを飲んだり、ストレッチをしたり、好き勝手にやっている。
 本当に仕事しているかどうかもあやしいもんだ。自分も働くふりをしながら休もうと思うと、雪子の意識はすぐ、いかに人の目を欺くかという作戦構築に向かった。
 午前中は、だらだらしていてやることがないから疲れるんだと思っていたけれど、午後は、やるべきことが頭の中に溢れているから疲労するんだと思った。常套句だけれど、日本人は働きすぎなのだ。労働時間も長いし、仕事している間の真面目濃度も高すぎる。もっと気楽に、人生を楽しむ過程の一部として働けたらどんなにいいだろう。雪子はちょっと微笑みながらパソコン画面を見つめることにした。楽しいことがなくても、笑っていると心が浮ついてくる。働く最中、こんな楽しい気持ちを味わうのは実に久しぶりのことだった。
 そんな喜びも、十八時過ぎには疲労感で失せてしまう。この疲労感は二十二時過ぎまで続き、仕事帰りの電車の中まで引きづられる。マンションにたどりついて、風呂に入れば肩こりは治るのだが、ソファに座って液晶テレビを眺めていると、腰の痛みがもたげてくる。かといってヨガや腹筋をするわけでなく、雪子はベッドに寝っ転がって背中のつぼを撫でた。
 翌日、雪子の体は途端に軽くなった。今までの体の疲れは、仕事内容が原因だったのだ。一ヶ月間準備してきた重たい仕事を無事終えることができた。終わった瞬間に、雪子は肩から鉛の固まりがこぼれた気がした。夜になっても疲労が体を支配することはなかった。束の間の開放ではない。完全な開放だ。一ヶ月も悩んできた仕事が無事終了したのだ。また次の大きな仕事が始まったら、終了するまで疲労感に悩み続けるかもしれないが、とりあえず今日は、生きている喜びを感じてもいいだろうと雪子は思った。





 金曜日、今日で一週間の仕事も終わりだ。疲労気味の雪子にとって、土日の連休が唯一の救いだった。土日ゆっくり休めば、慢性疲労感も和らぐかもしれない。今週は異常だった。連休は体によいことをしよう。雪子は今日で最後だと言う気持ちで、気楽に仕事を始めた。
 気分はもう土日にとらわれていた。仕事をする気になれない。適当にキーを打って、仕事をするふりをする。時間を無為に過ごしてたら、こまごととした仕事が思い出されてきた。たまった雑用を片付けて、時間が過ぎるのだけを待つ。特に忙しいわけでもないのに、何故だかまた頭と肩が痛くなってきた。
 何故だろう。食品添加物の取りすぎだろうか。肉を食いすぎたのだろうか。気を使って緑茶を飲んだり、味噌汁を飲んで体をあっためたりしているが、頭からつま先まで体のふしぶしが痛かった。
 定時に帰りたいところだが、今日も残業だ。労働時間が長すぎるのもいけないのだろうか。あるいは、根本的に仕事を楽しんでいないせいかも? 思い当たる節はたくさんあるが、どれも疲労の決定的原因とは呼べなかった。生活をがらっと変えたら、この慢性的苦悩から脱することができるのかもしれないが、仕事を変えるのもめんどくさい。雪子は時間が過ぎるのだけを期待しながら、パソコンの画面を見つめていた。
 定時を過ぎると、ぱらぱら帰る人も出てくる。金曜日は人の帰りが早くなる。恋人が待っている人もいるだろう。雪子はこんなに疲れているのだから、さっさと帰ればいいのに、いつも通り残って仕事を続けた。やろうと思えばいくらでもできる。仕事に終わりはない。自分でやめると思ったとき、仕事が終わるだけだった。
 いつも通り、二十二時過ぎに会社を出た。いつもよりも遅めだったし、夕食をとっていないので、腹も減っていた。糖分不足であまたもぼおっとしている。電車に乗る前に、職場近くで食事しようかとも思ったが、同僚に見つかるのも嫌なので、マンションのある駅まで我慢することにした。
 電車は満員だった。今まで雪子と同じように残業していた人もいるだろうし、飲み会帰りの人もいるだろう。雪子はドア近くに立って、アイポッドでラウドロックを聞きながら、文庫本を読んでいた。
 もうすぐで新中野に着くと思ったら、雪子の近くにカップルが二組立っていることに気づいた。どちらも二十代後半から三十代前半にかけて風のビジネスパーソン、雪子と同じ世代だ。両方のカップルとも体を密着させている。片方は男が女の腰に手を回している。もう一方は女が男の腰に体を密着させている。
「これから部屋に入って土曜の朝まで楽しむつもり? お熱いね」と思いながら、雪子は電車を降りた。別に彼女たち二組が悪いわけじゃないけれど、むしゃくしゃした気分になった。
 ホームを早足で歩こうとしたら、よたよたと歩いているサラリーマンが前にいて、つっかえた。前の男は明らかに酔っ払っている。鞄も持たず、安そうな生地のスーツを着て、ふらついている。
 ああ、いいなこういう変な男がいて。
 これからセックスかハグでもするカップルがいる。けれどそんなハッピーな人たちばかりじゃなく、足元ふらふらで一人家に帰る男もいる。雪子は寂しさが少し救われた気がした。





 土曜日の朝、会社がないといつも昼過ぎまで寝てしまうので、雪子は休日出勤しようかと思っていたのだが、結局午後二時過ぎまで寝てしまった。腹が空きすぎたから、ベッドから起き上がることにした。
 最近は土曜や日曜も朝から鼻水が出続けて、ろくな気分になれなかったのだが、マスクをつけるようになったせいか、杉花粉のピークが終わったせいか、今日は鼻の調子がよかった。それでもいつも片方の鼻だけぐじゅぐじゅして、息苦しい。
 今日はどこにも行かず、部屋でゆっくりしていようと思ったけれど、トイレの電球が切れたので、新宿に買いに行くことにした。
 電車に乗り、すぐ新宿に着く。紀伊国屋書店地下の蕎麦屋で天ぷらそばを食べた。新刊の面白そうな本を買い、ツタヤにもよった。
 トイレの照明はポイントカードに溜まったポイントで支払った。
 このまま新宿東口をぶらついていたら、たくさん買い物をしそうだったが、すでに今月はお金を使いすぎている。普段働いているせいか、休日はついついお金を使ってしまう。転職前は金がたまらず困っていたが、今では貯金が増えるようになった。休日お金を使いすぎても、貯金額が減るだけで、借金が増えることはない。
 自分で決めた月間予算は当にオーバーしているから、雪子は大人しく電車に乗って中野に帰った。
 戻ってすぐ家には帰らず、ブックオフによって文庫本の漫画を買った。そして隣の喫茶店によって、コーヒーフロートを注文した。
 以前なら喫茶店でアイスコーヒーを頼むだけでも、金銭的にきつかったが、今はコーヒーフロートを頼むことができるし、気が向けばケーキやアイスを頼むこともできる。ちっぽけな贅沢だが、雪子はお金を自由にできることを嬉しく思った。
 甘口のコーヒーフロートを飲みながら、大ヒットした少女マンガを読んでいると、至福の感覚に包まれてきた。これが休日なんだ。ちっぽけな幸福感。これを感じるために生まれてきた気もする。
 店内が老人で溢れかえってきたので、雪子は店を出てマンションに帰った。部屋についてから、そういえば読み返そうと思っていたマンガがあったなと思い出した。
 本棚の奥から大学の頃買ったマンガ本を取り出し、雪子はベッドに寝ながら読んだ。
 数年前ブームになったセックスシーンの多い漫画だ。読んでいると、だんだん恋をしたくなってきた。最近仕事ばかりで疲れきっていたので、学生同士の恋愛を読んでいると、無償に自分の境遇が寂しく思えてきた。





 日曜日は一度朝九時ごろ目が覚めたが、結局十一時まで寝てしまった。体全体をおおっていた気だるさは取れたけれど、やっぱり鼻は若干つまっている。
 雪子は駅前のカフェによって、トーストを食べた。
 日曜日は休日のはずなのに、何故か月曜日の到来が怖くてしょうがなかった。
 こんなに働くことが嫌なら、専業主婦にもでもなって会社勤めから離れた方がいいのだが、状況が許してくれない。
 雪子は仕方なく洗濯機を回し、ソファに横になってテレビを見た。
 洗濯が終わったら、花粉が怖いので部屋の中に洗濯物を干した。
 本を読んだり、テレビを見たり、音楽を聴いたりしていたら、あっという間に時間が過ぎた。
 二連休はいつも必ず土曜日の方が面白い。心に余裕もある。明日も休みだという安堵感がいつもたまらない。日曜は憂鬱だ。次の土曜が早く来ればいいのにと思ってしまう。
 夕方少し眠った後、夜はずっとテレビを見続けた。日曜の夜は番組が充実していると思う。
 テレビを見ているだけでも、頭痛がしてきた。最近本当に調子がおかしい。雪子は本棚にある、銀座で買った新約聖書を手に取り、ペトロの手紙を読んでみた。そしたらちょっと痛みがおさまった。
 明日からの仕事はかなり憂鬱だが、よくよく考えれば来週は水曜祝日だ。休日出勤するかもしれないが、疲れが一番たまる週中が休みだと心が晴れる。
 まあ月曜日は最悪になるかもしれないけれど、せいぜい適当に働いて疲れをためこまないよう注意しようと思った。
 明らかに働きすぎなのだ。働く喜びさえ得ることができずにいる。振り返ると、雪子は働いていて面白いと感じたことなどなかった。働くことが楽しいなどと言う人の神経が信じられないと常に思っていた。けれど、神経が病んでいるのは自分の方なのは明らかだから、来週はいつもより笑顔を増やして、ちょっとすっぽ抜けるくらい浮つきながら働けたら、生きることができたらいいなと思った。
 今日は掃除もしよう、ヨガもしようと考えていたのに、結局だらだらテレビを見て一日が終わった。夜眠る前、せめてもの救いとして雪子は新約聖書を開き、ヤコブの手紙を読んだ。なんか自分隠れキリシタンみたい。雪子は背中の痛みに震えつつ、目を閉じ、家族の平和を願った。





 月曜日、朝から六〇年代スピリチュアルの本を読み、今日こそ疲れないで帰るぞという決意を抱く。月曜はいっつも疲労困憊になるけど、今日は絶好調で終わらせる。雪子は朝から働き過ぎないように注意した。ついつい、一生懸命働きすぎてしまうのだ。自分自身ではわからないけれど、周りの人は途中休憩しながら働いているのかもしれない。だいたい、小学校の頃は五〇分に一回休憩時間があったけれど、社会人はやろうと思えば十時間くらいぶっ続けで仕事をすることができる。逆に言うと、仕事中十時間ぶっ続けでさぼることもできるわけで、本人の心がけ次第である。
 雪子はそんな働きたくもないのに、他の人より緊張しながら仕事をしていた。手の抜き方というか、力の分配加減がよくわからなかった。
 と言っても、雪子ばかりがへばっているわけではない。みんな忙しさと仕事量にやられて疲労困憊している。しかし、中にはどんなに周りが疲れていても、元気に一日を終える人がいるはずだと想像し、雪子は現状から脱しようと努力した。
 昼休みが来る。大丈夫だ、そんな疲れていない。夕食時間が来る。大丈夫だ、腹は減ったが、肩はまだまだ疲れない(ちょっと痛いけど)。
 夜、帰り間際、くしくも雪子は目が痛くて仕方なかった。頭痛もする。まゆげのあたりや、頭を指でマッサージしても、鋭い痛みはとれない。肩の下のあたりにも、針がささっているような鋭い痛みがある。
 早く帰って風呂に入ろう、風呂に入れば痛みが和らぐさ。雪子は帰りの電車で小説に熱中しながらマンションに帰った。
 風呂に入っても目の痛みはとれなかった。足のつぼを押したり、肩のストレッチをしたりするが、いっこうに痛みはとれない。
 時刻は午前零時過ぎ。早く寝た方がいいのかもしれない。いっつも寝るのは午前一時近くだ。起きるのは午前七時前。帰宅は十一時過ぎ。これで仕事が心底好きならハッピーな人生だろうが、雪子は仕事が嫌いというか、毎日見ているパソコンのことを健康の敵としか思っていないので性質が悪い。疲れて当然なのだ。
 まあそれでも今週はラッキーだ。水曜休みだし、金曜も有給をとった。三連休。にんまりする。どうせ働くけれど。

(2007年3月頃連作)

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