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小説『思い煩いは何もかも文学に任せて』

最終更新日:2008年11月9日
 会いたい、抱きしめたい、セックスしたいという気持ちと、それらの願いが叶えられない苦しみに耐えかねて、深みにはまっている恋愛関係の萌芽から手を引こうかと考えた。しかし、そんな簡単に手を引けるものでもなかった、一人で始めたことではないのだから。また彼女に会えば、喜びと苦しみが同時に私の生活を激昂させるだろう。
 私はベッドの上で、いつも抱きしめている毛布に唇をつけて、胎児の姿勢で、抱きしめてくれる相手がいない悲しみをこらえた。毎日私は毛布に口づけをしている。こんなに寂しく、誰かとともにいたいのに私はずっと一人で、休日に遊ぶ友もいなかった。
 遊び歩いている会社の同僚たちからすれば、私などは真面目すぎて、何を楽しみに生きているのかと奇妙がられるだろう。会社の同僚とは、仕事中や飲み会の時は仲良くしているが、休日にまで遊ぶ仲ではないし、学生時代の友人とも連絡を取り合うことはない。会社の友とも、卒業してすぐ学生時代の友人たちと交流をたったように、退職した途端に交わりを絶つことだろう。クールでドライなつき合いと言われればそうかもしれないが、私の友と呼べる存在は、本の著者たちだった。
 同時代に生きている友と語り合うより、私は本の著者とのつきあいに喜びを感じている。偉大な思索を重ねる、周囲では得難い大作家たち。本にたてこもるのでなく、現実の友と外で遊ぶ機会を増やした方がいいかとも思うのだが、敬愛する作家の一人が、読書と執筆以外私は何もしていないとエッセイの中で謙虚に書いているのを読んで、今の私の生活が友である作家と等しいものであることに喜びを感じ、この道で間違っていないという自信を得た。
 せめて私と同じような書物をこよなく愛する人たちと交流を深めればいいだろうに、私は大学時代の知的な友を敬遠して、教養溢れる環境とはかけ離れた、肉体を扱う会社に就職した。会社勤めを始めてから、小説や思想について語り合う友人を持ちたいと何度も思ったが、私は文学サークルに所属することもなく、一人で本を読み続けた。小説の好きな人との肉体的なつながりを積極的に求めても、結局その交友関係は、大学時代の不毛な関係とかわらないだろうと思えたのだった。私と現実世界との関わりはインターネットによっていた。私は同僚には語りえない学問的な事柄をネット上に書き綴っていた。ただ書くだけで、ネット上で知的な友人と対話するということもなかったし、そんなものを求めてもいなかった。絶えざる読書と執筆の繰り返し。文章を発表しても、それによって友を増やそうと私は考えていないようだと今気づいた。私の友は、愛する本を残した歴史上の作家たちだった。私が最も愛するプルーストも、芸術作品を一番知っているかのように見えるサロンのスノッブたちこそ、芸術について何も知らないと書いていた。私はプルーストと同じように、真摯に書く人、書いてしまった人を対象に魂の交流を重ねつつ、周囲の人との他愛ない交流をできるだけ避けて、愛する作家たちと同じように、長時間書くことに集中しようとしていた。
 されど、書物は肉体を持ち得ない。私は毛布に口をつける。この葛藤を解消するために、私は想像力をはたらかせた。どうしようもない苦しみを救ってくれるのは、想像力である。私はマグダラのマリアが、寂しい寂しいと女性の愛を求める私のもとに舞い降りてくる様子を想像した。私の頭上に、長い絹のローブをまとった長髪のユダヤ人女性が現れ、私の全身を抱きしめてくれた。いつでも想像力を働かせれば、私は愛してくれる女性を出現させることができる。私の苦しみはマリアの慈愛によって、一時の解消を得たのだった。
 私は現実の女性が、マグダラのマリアと同じように、私と体を重ねてくれることを願った。マリア様は私がどんな惨めな状況にあっても、何も批判することなく抱きしめてくれる。私は拒絶のない彼女の優しさによって目頭をあつくしつつ、自分の体の中にも彼女と同じ慈愛の感情が息づいていることに気づいた。私の顔、私の腕、湿疹の残る指先の細胞ひとつひとつにも、マリア様と同じ慈愛の心が宿っていると思うと、私は大嫌いだった、やせ細った自分の体に誇りを持つことができた。
 同時に私は、現実の女性一人一人の体にも、マグダラのマリアが宿っていることを想像した。何もかもがマリア様だとアミニズムの世界を想像したら、寂しさがきれいに消え、心と頭に大きな安楽が訪れた。自然に笑みが漏れた。胎児の姿勢を四肢をきれいに伸ばした大人の姿勢にかえた。毛布はただの毛布として、私の腹の上にかかっている。その毛布を私はずっと、女性だと想像して抱きしめていたのだが、今は私の周りの空気も、毛布も、私の細胞ひとつひとつも、マリア様の慈愛の顕現なのだった。部屋の中の全ての存在が愛になった結果、以前は心をいらつかせた日曜日の雨の音も、隣の家から聞こえる雑音も、神の愛の表現に聞こえた。
 恋に燃え上がっていた頃の私はよく自慰をしていた。このようにいつでも愛が世界に溢れているなら、自慰をする必要などなくなったのだが、私はそれでも習慣として射精してしまいたい気持ちにかられた。毛布を抱きしめても、勃起しなかった。寂しさがなくなると、性欲まで消滅するのだろうか。私は心を強くするために駆使した想像力を、卑猥な目的に使用することにした。想像でありありと女性を空気中に存在させることができるならば、想像で射精することも可能だろうと思えた。
 セックスをしたいという気持ちの高ぶりは、射精とともに終わる。何度も連続して射精する男もいるが、私は一回射精すると簡単に満足した。射精の翌日すぐまたセックスしたくなるのだが、もしも射精が私にとって性欲の最終目的なら、射精する場面を想像すれば、私は大満足できるのではないかと思えた。私はペニスの先端から、勢いよく精子が溢れ出る様子を想像した。下着を履いているのだが、私は女性の膣の中に勢いよく精子を注ぎこんでいると想像した。現実なら、数回の射出によって精子の放出は終わるのだが、仮想現実の世界では、私は尿を出すように、長時間スペルマをマリア様の膣内に流し続けることができた。
 想像の射精を一時中断すると、本当に射精し終わった後かのような心地よい疲れを感じることができた。自慰をしていると、途中あまりの気持ちよさに我慢できず一回出して、すぐまたもう一回やろうとよく思うのだが、たいてい一回射精してしまうと、私の性欲は消えてしまっていた。ただ今回は、想像の射精なので、一回終わっても、すぐに射精を再開することができた。私は飽きるまで、永遠にマグダラのマリアの膣内に精液を注ぎこみ続けることができた。今や彼女の膣の中には、私の白濁液が溢れ返っていることだろう。
 想像の射精だけでは満足できず、現実にも射精しようと、私はボクサーブリーフをおろしてペニスを露わにした。下着の中ではちきれんばかりに勃起していたペニスは外に出て、開放感を味わっていた。指で彼に優しく触れると、ペニスから神経が脳内に飛んで快感がわきおこったが、彼をさすってみても、想像の射精の後なので、気持ちよさはいつもより小さかった。
 私は裸の下半身を空気中にさらして、あおむけのまま、想像の射精を続けた。精子はつきることなく流れ続けた。私は自分が性的に強靭になったかのように感じ、同時に、いつでもどこでも誰にも気づかれず、迷惑がられず射精できるこの技法の発見を喜んだ。
 他人の歌声を聴いているだけで、脳は自分で歌ったかのように錯覚し、体と喉に疲れが生じると大学時代の友人が言っていたが、私の体は本当に射精しおわった後のように疲労を蓄積していた。本来なら疲労感とともに性欲はおさまるのだが、今回はいつまでたっても射精し続けることができた。
 いつも通りの肉体的な摩擦を彼にくわえることで、私は現実においても射精しようと考えたが、想像の射精の方が気持ちよいように感じられたので、摩擦に踏み切れなかった。私は体を右に倒して、しばし射精後の体に拡散する疲れの余波を味わった。ペニスの硬さを確認すると、本当に射精し終わったかのようにしぼんでいた。いつもならティッシュやコンドームの中に精子は放たれ、すぐに捨てられる運命にあるのだが、今回の精子は女性の膣の中にきれいに注ぎこまれている。彼女の体の中に痙攣しながら精子を放出することは、生命として何より嬉しいことだ。私は精子を子宮に注ぎこみ、次の命を育んだという、生きることの充足感を満喫していた。
 それでも私は習慣から、義務として、現実の射精をしてからベッドを離れようと思った。外では夕立ちが降っている。自転車に乗って出かけ、食事と、コインランドリーでの洗濯と、近所の温泉入浴を一挙にすませたかったのだが、降りやまない雨が出発のきっかけをそらせ続けていた。想像で食事をし、洗濯をし、温泉に入ることもできるのだが、現実にそれらの活動を手がけるためには、やはり現実において射精するというきっかけが必要な気がした。
 私はいつも通りDVDの映像を見ながら彼の摩擦を始めた。美しい二人の女性が、ローションまみれになりながら、お互いの性器をこすり合わせている。二人の甲高い喘ぎ声を聞きながら、私はペニスを摩擦した。いつもなら映画特有の激しい喘ぎ声のせいで、すぐに射精してしまうのだが、摩擦の最中、あまりの気持ちよさで射精を我慢できなくなる度に、想像の射精をすると、気持ちの高ぶりがひき、自慰を続けることができるのだった。これも予測されたことだが嬉しい発見だった。映像は続いて、二人の女性が、床に並んで正常位している場面に移った。いつもなら、男優のセックスは長時間すぎて、見ている自分は途中で射精してしまうのだが、今回は途中何回も想像の射精をしているので、男優のペースに完全に合わせることができると思えた。
 一人の男優が精液を女性の顔に放出した。彼女はペニスに手を当ててむしゃぶりつき、最後の一滴まで精液を搾り取ろうとするかのようだった。この場面の劇的な刺激の強さにより、いつものか弱い私なら射精してしまうのだが、私はこの時点においても想像の射精を一回するだけで、あいかわらず現実の射精を回避することができた。セックスが終わってほろけている女性の横で、もう一組はまだ激しいセックスを続けていた。男優は射精を耐えつつ、射精を迎え入れるように、激しく女性の体をつきまくっていた。女性は体を震わせて大声をあげていた。私もレイプ同然の激しい二人の動きと一緒になってペニスを高速で摩擦しつつ、想像の射精を、尿を長時間だらだらと放出するように続けていた。男優が動きをとめて、女性の顔の上に微量の精液を垂らすと同時に、私も今日初めて、現実の射精を実行することにした。それは我慢できずあまりの気持ち良さに溢れ出てしまうというより、想像の射精では永遠にセックスできそうだから、区切りをつけるために、意識的に現実の射精を行うといった風だった。冷静なコントロールの結果射精したのだが、それでも快感は想像以上のもので、精液が出る瞬間「あっ」というあげたくもない声を出してしまった。その「あっ」という漏れた声が、想像の射精よりも現実の射精の方がやはり気もちいいのではないかという疑念を私に与えたのだが、こんなにも気持ちよさを感じられたのは、想像の射精を長時間続けたおかげであり、もしもいつも通りすぐに射精していたら、ここまでの快感は味わえなかっただろうと、想像と現実の、二つの射精の相乗効果を確認したのだった。
 私はいつもより長く時間のかかった自慰を終えると、すぐに文庫本を鞄に入れて、ひげを剃り、洗濯物の入った袋と洗剤を持って外に出た。雨は想像していたほどの大降りでもなく、ぽつぽつと、申し訳ない程度に舞い降りているだけだった。私は一週間分の洗濯物が入った大きなビニール袋と、洗剤の入った紙袋を自転車のかごに入れて、まずコインランドリーに向けて出発した。黒い傘を右手に持って、ライトもつけずに、夕方すでに暗くなった道路を自転車で進みながら、私は現実の射精をせずに外出すればよかったかと反省した、あれほどおそれていた雨が全然苦にならないのである。しかし、部屋の中にいた時は、こんなに雨が降っていては、精子を出して勢いづけない限り外に出られないと、かたくなに思っていたのだった。
 コインランドリーに行って二百円払った後、私は駅前のレストランに行ってハンバーグを頼んだ。連続して射精した疲れが空腹感をさらに増していたはずが、雨がやむのを待ち過ぎて長時間食事をとっていなかったからか、食はすすまなかった。私はいかにも腹が減ったかのようにハンバーグを獰猛に食べず、ゆっくりと、老人が食するように箸をすすめた。
 鉄板の上で煮え立っているハンバーグを見つめていると、この肉を宿していた牛は人間に征服されたのだなと思えた。性欲が高まってしょうがないのに射精できない時、肉を食べると不思議と射精欲求まで解消する時があるが、レストランに提供されている肉は、人間に食べられるためにだけ飼われた家畜の肉であると思うと、供物としてのハンバーグを食べることは、セックスに等しい強烈な、サディスティックな快感を私に与えた。どこの国で育った牛の肉かもわからぬが、鉄板の上で、あまりに激しいピストンのせいで膣から泡が溢れ出るかのごとく、熱によって体中から小さな泡をたたせているこの牛の肉は、射精し終わったばかりの脆弱な私の栄養となるために犠牲になった牛の命そのものだった。溢れ続ける肉汁の泡は、牛の生命力をあらわしているかのようであり、このハンバーグを食べれば、私はまた射精し、牛を家畜化するような子孫を残す仕事に貢献できるように思えた。そのくせ私は、自分は牛を殺す力を持っていないと思った。牛一匹も殺せないひ弱な自分が、経済社会システムによって、始めから殺されることを目的に飼育された牛の肉を食べていることは、実に不合理なことに思えた。
 私は性的魅力を発揮し続けている、泡立つ焦げ肉の上に半熟卵をかけた。白味の下に透けて見える黄味の部分を私はスプーンで割いて、肉の上全体に半熟の卵黄が広がるエロティックな情景を楽しんだ。鶏の受精卵に全身を濡らした燃えたつ牛の肉は、いっそう憐れで、食欲をさそう姿になった。ひ弱な私の手によってなすすべもなく蹂躙される牛の肉と鶏の卵を見ていると、私は人間の地球に対する残虐極まりない勝利の歴史を、自分の口と胃腸に背負いこんでいる気がした。
 口の中に受精卵と肉汁がまざってどろついたハンバーグを入れ、歯で噛み締めると、肉は非常に柔らかく、舌の上に美味の液体が溢れ返り、私は歓喜した。それでも胃腸は肉をどん欲に求めなかったので、私はゆっくりと、義務として、提供された牛と鶏の捧げものを処理していったのだった。当然のように捧げものの横には外国米かもしれぬご飯と、インスタントらしいみそ汁と、生野菜がついていた。これらの料理を何の苦労もなく、当然のように食せる私は、地球の生命に対して古代の王にも等しい権力を持っているはずが、現実は、想像の射精を編み出したくらいで歓喜している変態にすぎなかった。
 食事の後、私は商店街の脇道にある、現代的な、マンションの一部となっている温泉に入った。いくら日曜でも突然の雨のせいで混んでいないだろうと考えていたのだが、いざ浴場に入ると、平日よりも男たちで混みあっていた。私は備えつきの石鹸で軽く体を洗った後、ジェットバスに少しだけ入ったのだが、湯に浸かっていても寒さがひかなかったので、すぐにサウナに向かった。
 私はサウナで彼女との恋愛について考えた。以前はサウナに入っていると、鼻の穴や口の中にまで迫りこんでくる圧倒的な熱のせいで、文学や思想について難しく考えることはできなくなると思っていたのだが、今やサウナは、最も集中して思考をめぐらすことができる、私にとって神聖な場所となっていた。
 私はとりあえずカトリーナの膣の中に精子をぶちまけたかった。カトリーナとのセックスが恋愛の最終目的となっており、その実現に一喜一憂していたから、些細なことで毎日苦しんできたことを反省した。サウナに入って、目の前に座っている裸の男の陰毛と、しおれた太いペニスを見ながら汗をたらしていると、何故かカトリーナの膣内に精子を注入した後の、その後の未来までが見え始めてきた。受精の結果、妊娠、出産となるかもしれない。結婚、妊娠の後でも続く毎日続くセックス、出産、育児、子どもが眠っている間のセックス、二人目の出産と、二人の性生活はつらなっていくかもしれない。私は今まで恋愛の到達点として、純粋にセックスを想定していたため、過剰に性欲に苦しめられていたことに気づいた。今まではただ目の前のスクリーン全面に、ズームアップでセックスの場面が映されているだけだったのだが、セックスによって必然的に生じざるを得ない未来の物語が脳内のスクリーンに映像化された途端、今この年齢で恋愛することは、実にめんどくさいことだと思えるようになった。
 精液は、ほんの少しのきっかけさえあれば今すぐにでも出してしまいたかったが、子どもができた後、子と妻と三人で生活を築いていくことに果たして耐えられるかと、私はエゴイスティックなめんどくささを感じてしまった。セックスは、子どもの出産および育成という次の段階に連なる、人生の過程の一つにすぎないという、よく考えればあたり前の事実を、私は自分の将来にも起こりうるリアルなこととして、今初めて実感的に想像した。私はすぐに、今この歳の恋愛は控えよう、三十歳を過ぎて、同い年の、二十代は恋愛にあぶれた惨めな女性に求愛されてから初めて、セックスを毎日する結婚をしても遅くはあるまいと考えた。
 何もみなそこまで未来を熟慮してから、恋愛するわけではないかもしれない。げんに私も、恋愛に混乱している最中の想像の限界点はセックスだったのであり、そこから先は想像できなかったのだから。結婚を考えない恋愛とは、遊びの恋であろう。ただ私は、恋人と遊び歩くつもりなど全くなかった。外で遊ぶことなど私は習慣として持っておらず、読書と執筆と射精さえできれば生活は事足りていた。ただ単に会ってセックスして、お互いを想い尊重しあっていることをベッドの上で伝える関係があれば、私は事足りるのだった。それは私の側の要望にすぎず、女性の側からすれば、外で一緒に遊び、買い物をする彼氏が欲しいのかもしれないが、私は暇さえあれば読書と創作に没頭したいのだから、セックス以外で、時間を煩わせることは避けたかった。
 こんな私の要望は傲慢すぎる、恋愛の相手を人間と思っていない、単に性欲の的にしか思っていないとフェミニストに反論されるなら、私は行きずりの、一晩限りの関係をのみ求めればいいのかもしれないが、私はそうした関係さえ、いざ始まってしまえば、結婚につながる親密なものに発展してしまうのではないかとおそれた。パートナーの女性と、取り組んでいる文学や思想について語り合うことは素敵ではないか、それこそ性欲を超えた人間的連帯ではないかとも思ったが、どうも私は、文学や思想について読んだり書いたりすることは好きなのだが、生きている人と意見を交換することを深層では求めていないらしいという、人間としては冷酷すぎる友人観に先ほど気づいた。今日からはさらに想像で何度も、いつでもどこでも射精できるのだし、私は女性と会話することさえ求めていないのだから、恋人を持つ必要など全くないのではないかという結論に達しそうだった。恋人を持つことは、私にとってただ煩わしいことのように感じられた。読書と創作に捧ぐべき時間を日常の些細な雑事に取られそうだし、恋愛感情に伴う嫉妬と喜びにこれ以上脳神経を痛めつけられたくもなかった。
 しいて必要なものと言えば、精子を注ぎ込む膣と、私を愛し、尊重してくれる温かい思いやりだけだった。女性の方からすれば、膣に快感を与えてくれるペニスと、愛に溢れた言葉をたくさん差し出す男を求めているのかもしれない。私はそういう男になりうるのだが、女性とのつきあいによって、嫉妬や雑用や遊びに煩わされることを考えると、セックスの結果としての子どもを望んでいないのだし、想像のマグダラのマリアの膣と、想像の温かいマリア様の言葉がけによって、私は恋愛願望を止揚することができそうな気がしてきた。想像の産物は現実で得られないものの代補にすぎないと考えるなら、私は永遠に空しさを感じるのだろうが、もし膣の中で射精したという実感と、温かい言葉をかけてもらったという喜びの感情だけを味わいたいなら、膣と言葉が想像のものでも、現実のものでも、差異はない気がした。自慰でむなしさを感じるのは、自慰が体験できないセックスの代用品にすぎないと思いこむからで、もしも、ただひたすら射精の快感だけ味わいたいのであれば、自慰もセックスも差異はないのである。女性の膣の中に精液を出すことが快感だという男がいるなら、想像の膣の中に射精すれば、その野望もまた自慰で事足りる。むしろ想像の方が、セックスに付随する必要ない対人関係で煩わされることがないから、気楽で心地よいかもしれない。さらに私は、現実の射精よりも、想像の射精の方に快感を見出しているのだから、もう自慰もセックスも必要なく、ただ想像の射精をところかまわず好きな時にやっていけばいいと思うようにさえなっていた。
 もう恋愛に惑わされないようにしようと、私はサウナの中で想像の精液を垂れ流しながら決意した、決めたことをすぐに、感覚刺激によってくつがえすことがよくあるので、この決意も明日にはくつがえるかもしれないと思いながら。
 いつもなら、サウナに入るとすぐに熱さに嫌気がさし、三分と経たずに外に出てしまうのだが、今日は何故か五分を過ぎても体が温まらず、常温の室内にいるような寒さを感じていた。恋愛について熟考しすぎていたせいか、食後すぐで消化中にサウナに入ったせいか、精子をたらし続けているせいか、足は冷えたままだった。この蒸し暑い、化け物のようなグロテスクなペニスをさらけ出している裸の男だらけの室内で射精し続けていると、さすがに精を出すのがもったいない気がしてきた。自分の体の中に貯えられていたエネルギーが、外にずっと流出し続けていたら、そのうち自分はエネルギーが枯渇して、骨と皮だけになってしまうのではないかと思えた。精を漏らさずに、むしろ周囲の精力を吸収する想像を抱いた方がいいのではないか、そうした方が自分の心身ともに回復するのではないかとも思えたが、射精は永遠にできるのに、エネルギーを取りこむイメージは、何故か実感をもって施行できないのだった。
 それほど食べたわけでもないのに、腹をすかせた後の食事のせいか、湯舟に浸かっている間も胃腸がせわしなく働いているのを感じた。お湯の中に精子を放出するイメージにも飽きてきたし、いい加減精子を出しすぎて、もう射精することにも飽きてきたので、私は浴場から出ることにした。
 衣服を着て休憩場に行くと、大画面の液晶テレビには、総選挙速報の特番が放送されており、それでようやく今日が選挙の日だったことに気づいた。私は最初から選挙に行く気がなかった。今まで一度も投票に行ったことがなかったが、今回もまた票の入った封筒は開けずにおいたままだった。さすがに今回だけは投票に向かった方がいいのではとも思っていたが、野党が勝って政権が覆るみこみなどまるで感じられなかったので、結局行かなかった。私一人が一票を投じたところで、一億以上の人口なのだから、何の変革の力にもならないという無力感が始終あった。それでも今回は野党に投票して、アジア諸国に攻撃的な政権に、反対意見を表明した方がいいかもしれないとも思った。選挙とは、投票者が国政の最高権力者を選べるというような、独裁的で傲慢な制度でなく、自分は誰を、どんな政策を支持しているのか、諸外国も含めた他者に示すためのささやかな意志表明の行動だと考えれば、私は今日投票に行った方がよかった。与党の歴史的勝利という字幕を見て、私は射精を続けていたことを反省した。
 この国の政治がどうなろうとも私生活において何も関係ない、だから投票に行かないというのは、ある意味国家の運営が健全な証拠だ。どの党に任せても、治安生活が脅かされない、どの党もある程度は生活の安全を保障してくれるということは、政治主導の体制から消費経済主導に移行した、よくも悪くも先進国の証である。私は朝からずっと射精と嫉妬について考えていたわけではなく、午後はずっと図書館で戦中、戦後のプロレタリア文学を読んでいた。小説を発表することで逮捕され、獄死する青年、思想の転向を国家から迫られる文学者の極限状況を読んだ後からすると、今のこの国はひどく平和で自由な気がした。しかし、今回の与党の大勝は、ファシズムの再起を私に連想させたのだった。強力なリーダーシップのもと、ナショナリズムが高揚し、かつてこの国によって侵略された近隣諸国の国民感情を逆撫でするような行動をする政治家が続出するようでは、この国はもう一度、文学者が作品を発表できず、司法当局から転向を迫られる時代に戻りそうな予感もした。国内はどんなに不況たろうとも、貧困にあえぐ地球の状況から見れば、実に豊かな、命の保証された社会なのであるが、近隣諸国から、この国がどう動いていくのか意思表示を求められたら、私は相当の批判を浴びるような政権が誕生するのを黙認しているのだった。
 選挙に行くことが最高権力執行機関を選ぶための行動ではなく、自分はどの政党のどんな政策を支持しているのかの意思表明の行動だとすれば、私は選挙に行った方がよかった。たとえどんなに野党が非力に見えても、私は日本以外の諸外国の良識ある人々に対して、自分の意思を伝えるために投票した方がよかったかもしれない。自己というものが他者との関係からしか確定的に浮かび上がってこないとすれば、国というものもそうに違いなかった。そんなものを考えずに平和に、享楽的に暮らせる時代ならよかったかもしれないが、この国はアメリカの庇護を離れて、一つの国として、近隣諸国に自分の立場を話していく時期が来ているように感じた。投票しても何も変わらないという無力感は圧倒的与党の強さと、野党の力なさから生じていた。私の一票が政権交代につながるとはとても確信できなかった。政権を任せることのできる政党がなくても、今あるこの国の姿に対して、反対の意志を表明することは、これから永遠に必要である気がしてきた。
 私はもうほとんど降っていない雨の中を自転車で走って借り家に帰った。洗い終わった洋服と下着を干しながらテレビをつけると、どこも選挙特番を組んでいた。与党の、政策一本に絞って、国民にわかりやすくした広告手法が大勝の原因と、どの局の識者も解説していた。野党の大敗をくらった者たちは誰もが、問題はそんな単純ではない、靖国問題、北朝鮮やアメリカとの関係、自衛隊派遣、年金、福祉、消費税、憲法改正など、問題はたくさんあるのに、それらの問題について国民はちゃんと考えた上で投票しているのかと、恨み節で語っていた、その調子はまるで美しい女にふられた男が文句を言っているようで、その言葉には極めて納得できる理はあるのだが、完全に脱力して敗北を味わっている彼らが、国民の賛同を得る可能性はまるで感じられなかった。画面から伝わるその頼りなさが私に一層の恐怖を与えた。この流れに勝つ者など誰もでないのではないか、与党が改革派の上着を着て人気を独占してしまっては、真の改革派は諦めるしかないのではないか。テレビの解説者たちの多くは報道記者の良心に基づいて、体制を批判してくれるが、体制である与党そのものが娯楽化してわかりやすくした改革という政治コマーシャルを流してしまっては、学問的に精密に批判していく知的作業は無に帰されるのではないかと思えた。
 現代の知識人は、遊びを知らない何の面白みもないやつとして馬鹿にされて、その中傷に対して真摯に答えてみても、彼らは恨みのこもった批判ばかりで政策の実行力などないし、国民に訴える魅力もわかりやすさもないと、人気に敏感な若い解説者に切り捨てられるのではないか、そう、まるでさっぱりもてないインテリのように、性的魅力に乏しいやつとして、誰の性欲も喚起しない、無視の対象となるのではないか。
 私は選挙報道を見ながら、ベッドに横たわり、新約聖書を開いた。サウナで三十歳になるまでは恋愛しない、想像の射精ですますと心に決めたのだが、いざ部屋に帰ってみると、細長い部屋に一人でいる寂しさ、野党の大敗に耐えきれなくなって、恋愛について戒めてくれる聖書の言葉を読みたくなったのだった。結局何故ここまで恋する度に苦しむかと言えば、私の愛し方が、苦しみを必ず伴わせるような形をしているからである。聖書で記されているような、苦しみからはほど遠い純粋な愛を実践できれば、私は女性を愛することが許される気がした、ただ、聖書は私の大好きな射精を、子どもを作るという目的に限定しようとするのだが。
 確か「コリント人への第一の手紙」の中で、パウロが結婚について説教していることを思い出し、私は該当する章を探してみた。私は人生の歩む先に戸惑った時、クリスチャンでもないのにたまに聖書を開いた。継続的に読んでいると、次第に聖書の中の批判すべき点が気になって、聖書に取り組む気がうせるのだが、迷い戸惑った時たまに開く書物として、新約聖書こそ知恵に溢れた書物はなかった。これほど聖書の知恵を愛しているのに、何故私がクリスチャンにならないかと言えば、キリスト教国がさんざん残虐行為を行ってきた歴史を知っているからであった。残虐行為を行ったのは、宗教を政治に利用した者たちで、中には心清らかな信仰に生きる者もいると聞いても、私のまわりにいるクリスチャンたちはみな普通の人間と何らかわらない享楽的な生活を送っていたから、クリスチャンの団体に入る魅力を私は感じなかった。私にとって聖書の作者たちの言葉の偉大さを前にすると、現実の人間たちの通俗さばかりが目にとまるのだった。クリスチャンは聖書で語られた知恵の通り生きていない、そもそも一人も聖書に従って生きてきた人間などいないのではないかと、純粋無垢な、汚れを嫌う若者を気取って考えもしたが、そうやって不真面目な生きる人間を嫌悪する潔癖症の私が実は、一番汚れていて愚かで、書物の教えに反した生き方を送っているのかもしれなかった。
 私は古本屋で五百円で購入した分厚い聖書を開いた、ちなみに私はコーランも同じ古本屋で購入していたのだった。コリント人への手紙の冒頭に、愚かさについて書かれた言葉を読んで、私は心を慰めた。
「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。すなわち、聖書に『わたしは知者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしいものにする』と書いてある。知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである」
 私は知的であろうとしていた自分をこの言葉によって戒められた気がした。私は神をもキリストの復活をも信じていないが、聖書の倫理的な教えは尊重していた。そもそも、神とキリストを信じていない者が、聖書の倫理的説教部分だけ切り取って尊重することなど不可能な企てである気がしたが、この書物の中に、人類で最も敬虔な知恵が詰まっていることは否定できなかったので、私は神と教会のことについては判断せずに、聖書を読むことを習慣としていた。
 知識と教養がないと思う周囲の人々を絶えず馬鹿にして、孤独に生きる自分は、実はものすごく愚かではなかったかと反省した。同時に与党のわかりやすいやり方を批判する知識溢れる弁論家の野党は、聖書で批判される知者だと気づいたのだが、翻ってすぐ、しかし民の愚かさに寄り添ってわかりやすい言葉を語る与党の宣伝手法は、新約聖書の宣教手法とよく似ているが、その大衆迎合路線は、同意しないものを虐殺する狂信的暴力へとつながるのではないかという危惧も覚えた。何しろ当時の知識人たちに相手にされなかったキリスト教は、わかりやすい言葉で圧政にあえぐ大衆のうちに広まっていったのだが、世界でこれほど自分たち以外の神を信じる宗教を敵視し、異宗教の神を悪魔におとしめて徹底的に弾圧した宗教は他にないのだから。他宗教に対して不寛容な教会の歴史を考えると、聖書の中でのキリストの愛ある言葉は、一体どう受容されてきたたのだろうと疑問に思った。「汝自身を愛するように汝の隣人を愛しなさい」、「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」という、人類史上最も高尚な山上の垂訓を聖書に記録しながら、何故キリスト教は徹底的に異教徒を虐殺し、征服したのか。その崇高すぎる教えによって、誰もが私は罪人だと思わざるを得ないキリスト教成功のトリックを私は感じたのだった。
 私は手紙を飛ばし読みをしながら、パウロが恋愛と結婚について語っている箇所を探した。
「わたしは前の手紙で、不品行な者たちと交際してはいけないと書いたが、それは、この世の不品行な者、貪欲な者、略奪をする者、偶像礼拝をする者などと全然交際してはいけないと、言ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世から出て行かねばならないことになる。しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった」
 パウロは潔癖になりすぎるかもしれない信徒たちに、兄弟のうちだけではせめて交際をよく考えろと諭している。私の兄弟たちとは誰だろうか。文学の同士だろうか。会社の同僚も、大学のエリートたちも、クリスチャンも、みな不品行で消費社会に溺れた振る舞いをするからこそ、私はどこにも交わらず、崇高な事柄が書かれた本の世界に浸っていたかったのだが、しかし、そんな私こそ一番汚れていて、愚かで不品行かもしれなかった。女遊びはしないのだが、想像で射精したり、恋した女性たちを精神的に追いつめ傷つける方が、よっぽど質が悪い気もしてきた。私が注視すべきは、自分自身の不品行な気がした。
「さて、あなたがたが書いてよこした事について答えると、男子は婦人にふれないがよい。しかし、不品行に陷ることのないために、男子はそれぞれ自分の妻を持ち、婦人もそれぞれ自分の夫を持つがよい」
 想像の射精やセックスが不品行にあたるなら、私はやはり早々に結婚した方がよいと思った。何故なら想像の世界はどこまでも邪悪に、犯罪的に暴虐的になっていくからである。過度の妄想は、欲求が達成されない不満から生じるとすれば、私は自分の想像力の過剰をおさえて、つまらないものとするために、結婚した方がいいと思った。
「次に、未婚者たちとやもめたちとに言うが、わたしのように、ひとりでおれば、それがいちばんよい。しかし、もし自制することができないなら、結婚するがよい。情の燃えるよりは、結婚する方が、よいからである」
 パウロは情欲を自制することができないなら結婚する方がよい、情欲に心を支配される方がはるかに罪深いことだからと述べている。ならば、私は罪深さのどん底にあるのではないだろうか。パートナーもおらず、結婚する気もなく、想像の情欲に身を任せるだけとは、罪のどん底にいる気がした。
「おとめのことについては、わたしは主の命令は受けてはいないが、主のあわれみにより信任を受けている者として、意見を述べよう。わたしはこう考える。現在迫っている危機のゆえに、人は現状にとどまっているがよい。もし妻に結ばれているなら、解こうとするな。妻に結ばれていないなら、妻を迎えようとするな。しかし、たとい結婚しても、罪を犯すのではない。…わたしはあなたがたが、思い煩わないようにしていてほしい。未婚の男子は主のことに心をくばって、どうかして主を喜ばせようとするが、結婚している男子はこの世のことに心をくばって、どうかして妻を喜ばせようとして、その心が分れるのである。未婚の婦人とおとめとは、主のことに心をくばって、どうかして夫を喜ばせようとする。わたしがこう言うのは、あなたがたの利益になると思うからであって、あなたがたを束縛するためではない。そうではなく、正しい生活を送って、余念なく主に奉仕させたいからである。」
 フェミニストにしたら、問題だらけの文章のようだ。だいたいにして、パウロは女性蔑視の教会像を作り出した帳本人でもある。それでもパウロの言葉に真摯に耳を方むけると、パウロは結婚相手に気をつかいすぎて、主に心が行かなくなる状態を憂いている。主を文学と読み替えると、私の結婚に対するおそれとパウロのそれとは等しくなる。パウロは「わたしはあなたがたが、思い煩わないようにして欲しい」と書いている。彼の願いの核心はこれである。一人でいることに耐えられず情欲に思い煩わされるなら妻を持て、しかし、妻を持つと心が文学から離れてしまう、将来起こる煩いを考えるなら、妻が文学に理解あろうとも全くなかろうとも、一人でいた方が煩いが少ないぞとパウロは述べている。パウロの教えを現実化するには、私は人恋しさに溺れないで、文学を書き続ける強い意志を示す必要がある。
「もしある人が、相手の乙女に対して、情熱をいだくようになった場合、それは適当ではないと思いつつも、やむを得なければ、望みどおりにしてもよい。それは罪を犯すことではない。ふたりは結婚するがよい。しかし、彼が心の内で堅く決心していて、無理をしないで自分の思いを制することができ、その上で、相手のおとめをそのままにしておこうと、心の中で決めたなら、そうしてもよい。だから、相手のおとめと結婚することはさしつかえないが、結婚しない方がもっとよい」
 パウロが何故こうも執拗に、何回も結婚しない方がいいと書いているのか、この問題は当時の小さなキリスト教の共同体にあっても、切実で、厄介で、指導者を悩ます問題であったのだろう、限に二千年先に生きている私もおおいに悩んでいる。自分の思いを制する強い意志が持てたなら、私は恋愛に悩まされずにすんだだろう。それ以前に強い心があったなら、私はすでに作家になっていただろうし、確定的な恋人と嫉妬のない恋愛関係を結んでいたことだろう。文学と恋愛に対する迷いの全ては、私の心のうつろいやすさから来ているようだった。
 私はカトリーナに対する想いを制することにするのか、彼女に告白して恋の結果を導くことにするのか、結局決断できずに月曜日の朝を迎えた。理論的考察によって決定したことを貫き通せるなら、人生に迷いはなくなるのだが、私は感情によって意見を簡単に変えていた。今回も一度は決定したのにもかかわらず、結局は決定不能状態のまま、私はまた彼女に好意を送り続けていた。
 もとからこの関係を、私は不安に怯えながら始めていた。文学に興味のない彼女とよりは、もっと芸術家肌の女性と交際した方が安心できるだろうに、私は始まってしまった淡い恋の感情を制御することができなかった。しかし、文学とは何も知的なものではなく、愚かしく見えるものが真の小説だとすれば、私はカトリーナでも楽しめる小説を書き、そのような小説について考える人間になった方がよいのかもしれなかった。愚かな小説とは決して商業受けを狙った娯楽小説ではなく、きっと惨めでだらしない生き様を記した小説なのだろう。歴史の恥部をえぐるような愚かな小説でよいなら、私は無限に書きつぐことができる気がした、キリスト教の歴史は聖書からどんどん離れて残虐化していくようであるし、パウロが結婚しない方がいいと何度さとしても、ごく初期の信徒でさえ結婚したのだから。
 尊敬する作家たちが紡ぎ出してきた文学の歴史に連なる者になろうとするなら、文学や思想に通じた教養溢れる女性と、知的会話の楽しめる夫婦生活を送るべきだと、私は優等生のように真面目に判断していた。カトリーナとの恋はその判断基準に見合うものではなかった。若い時のあやまちとして、軽く恋にふみこめばいいものの、何故か私は一度恋人を作ったら結婚する覚悟でつきあう必要がある、結婚しなければならないと古風に、道徳的に考えていた。そう理性的に判断をくだしていても、恋愛感情は決定をくつがえすかのようにふらふらと頼りなく始まってしまうもので、今回もまた、彼女とは交際を絶つべしという私の結論を、私自身の感情が半年以上何度もひっくり返していたのだった。
 恋を全て断ち切って、作家としてひたすら創作に向かうべきだというプルースト的信念は、ごくありきたりの結婚している作家もたくさんいるという現実に何度も挑戦を受けていた。よく調べれば、私が作家の理想として想像しているような、高度に知的な結婚など非常に希有なもので、そこそこの芸術的教養ある異性と、深淵な思想を生み出す大作家たちは、平気で結婚していたのだった。プルーストもジョイスも、ヘーゲルもデリダも知らないような女性と交際することなど不可能だと思っていたが、同時に、そのような女性なんてきっと風変わりでとっつきにくい人に違いないから、つきあうのは面倒だろうとも思っていた。どこまでも思想的に突き進む知性の巨人たる作家たちが、その作家自身と同じ知性を持つような、とてつもない女性と結婚していないことを知って、結婚相手と思想的業績は相関関係にないと思えたし、私も信念を曲げて普通の交際をしても問題ないと思えるのだった。げんに私自身、今は思想的な友人づきあいがまるでないのに、孤独な読書と創作によって、大学時代よりどんどん思想を深めているので、友人づきあいと思想的営為の無関係さを自分自身で証明しているようなものだった。
 しかし、友人や仕事のつきあいはごく平凡なものですませて平気なのに、何故恋人との交際にはそこまで潔癖に思想的知性を求めていたのだろうかとも気になった。おそらく私は恋人にだけは他のどんな友人にも語らない、書いているのと同じ程度の知的会話を求めていたのだろう。恋人の女性は単なるセックスの対象ではいけなかったのだ。友人知人に対して高度な知的環境を求めていなかったのにも関わらず、恋人にのみ本の中と同様の知的理解を求めたのだから、恋が常に破綻して当然だった。恋人や結婚相手と作家の偉業は別物であるという結論が妥当なものなら、私はどんなに趣味の違う女性とも、恋愛関係に陷ることができるはずだった。されど、読む小説、聞く音楽、知っている哲学者の違いによって、二人の間に疎外関係が生じるなら、私は所属する文化が異なる相手との恋を避けたかった。互いの趣味を理解するよう努力しあえば、その問題は解決するはずなのだが、私は彼女に自分が愛する作品の素晴らしさを説明する気になれなかった。というより、友人の誰にも、プルーストやジョイスがすごいとか、デリダは読むべきだと言えないからこそ、私は人間関係の全てにおいてつまずいているのだった。知的なことを人に言うと、インテリと見られて馬鹿にされるのではないかという怯えを抱かざるを得ない状況というのは、実に哀しい事態である。戦後すぐの作家なら異性に対して、自分は小説を書いている、これからこういう小説を書いていくと声高に夢と理論を情熱的に語ることもできただろうが、私は小説について話すことで難しすぎる、理解できないと嫌われることを極度におそれ、話題にすることを避けていたのだった。
 大学時代の一部の友達なら、そんなことを語り合うことができた。しかし私はその会話のスノッブ的閉鎖性が嫌になって、社会に飛び出したのである。言わば私は現在のどん詰まり状況を自分で選択したのである。新人賞をとれば、この状況から抜け出し、自分にふさわしい世界に行けると思っていたのに、私は賞を九回も逃し続けていた。
 朝の時間、私はずっとパソコンを前にしてこのような反省を行っていた。私にとって仕事の時間は、プロレタリア文学者の独房生活に等しかった。彼らは監禁の間にカントなどを読み、新しい文学的地平を開いていったのだから、私もあながちこの監禁状態を忌み嫌う必要などないのかもしれなかった。
 私は文学だ思想だと息巻いているが、自分自身何の思想も文学も提示できていなかった。ただ自分の尊敬する大作家の名前を文章中に出して、その名をわからない者を馬鹿にしているだけで、自分自身では思想と呼べるような文章など一つも書いたことがなかった。すなわち私は、かつて軽蔑したスノッブと等しく、尊敬する思想家の思想を語るだけで、自分はただの卑小な追従者にすぎなかった。知的環境に残った彼らは、今や研究者や芸術家として自分の人生と社会とのパイプを設計しているかもしれないのに、私はなんら自分の思想と社会とのつながりを築けず、企業内で監禁生活を過ごしているのだった。他人の思想を上滑りしていただけだということに、自身の失敗の要因を見出した私は、すぐにでも自分の思想を世界に向けて打ち立てたい、意志表明をしたいという想いにかられたのだが、今まで何も表現したいものがなかったのだから、そんなすぐに巨大な思想が生まれてくるわけもなかった。
 ろくに仕事もせず、自分の知的怠慢について考えた結果、昼休みの時間がやってきた。時間はいつでも容赦なく過ぎ去る。私は携帯音楽機に入れておいた聖書の朗読を聞きながら、会社近くのコーヒーショップでベーグルサンドを食べた。食べている間、私は自身の知的ふがいなさと、あいかわらずカトリーナとの決定不能な恋について悩んでいた。新約聖書の「ヤコブの手紙」を恋に悩む頭で上滑りに聞いていたのだが、その中に、急にはっきりと聞こえてきた、ヤコブからの私への呼びかけがあった。二千年の昔から、ヤコブが今の私を救うかのように、その呼びかけを与えてくれたかのようだった。
「あなたがたの中で、知恵があり分別があるのは誰か。その人は、知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。しかし、あなたがたは、内心ねたみ深く利己的であるなら、自慢したり、真理に逆らってうそをついたりしてはなりません」
 冷たい中年女性の朗読によるこの言葉が、天啓のように私の脳内に鳴り響いた。
 大学で知識を持ち過ぎたため、私は日本の社会一般の楽しみ全てを否定したいような気持ちにかられていた。しかし、それは所詮知識から出た振る舞いであり、知恵のある者にふさわしい柔和な行いでも、立派な生き方でもなかった。自分は皮肉な言葉遣いで絶えず周囲を馬鹿にしていたが、内心は非常にねたみ深い、射精したいだけのエゴの塊だった。声高に与党を批判しても、政権を得る希望のかけらも見えない野党のあり方と、与党の宣伝手法をいくら報道記者が批判しても国民は与党を支持している現実を見て、反抗的知識人はこの国でもう力を失ったかのように感じていたのだが、聖書の昔から知識人というものは頼りない存在であり、力を発揮できるのは知恵ある人だということに気づいた。
 知恵とは、社会に波及していく知識のあり方である。私は大学のスノッブになりたくなかった。スノッブとは、高等な知識を渉猟するばかりで、知識を知恵として社会に拡大していく努力をしない者たちのことをさしているのだと気づいた。私はスノッブが嫌いで社会に出たが、結局していたのはスノッブ的な、エゴイスティックな知の遊戯で、自分の持っている知識を社会変革に役立てようとまるでしていなかったことにも気づいた。することと言えば、高踏な文学を読みあさりつつ、嫉妬と理解されない寂しさに身を浸しつつ、射精を繰り返すことだけだった。
 どうやって社会に自分の存在を知らしめていくか、愛する知的文学作品に溺れるスノッブでいることをやめて、自らの作品をどううちたてていくか、昼休みの時間が終わり、私は独房たる会社で考えることにした。私は席についてすぐ、自分のブログを開いてみた。私は新人賞では敗北し続けたので、インターネット上の文章発表で、職業作家としての活路は開けないかと模索した。難しすぎる文学では駄目かと思い、自己啓発や精神世界の言葉もネット上に書き連ねてみたが、そう簡単に道は開けず、私はまた呪われたように文学に舞い戻るのだった。
 全然更新していないブログに、読者からのコメントがついていた。それはアメリカの、現代で最も知的と言われるポストモダンの作家について言及した私の記事に対してのコメントだった。その作家についての記事を探している途中、このサイトにたどりついたという彼は、「構造のコピー」という私の記事内の言葉に賛同の意を示していた。インターネットの情報は断片的だから、専門的な内容については書物に当たった方がいいという通説どおり、私は彼が情報を欲していたその作家の作品そのものについては詳しく語らず、自分の小説に対する考え方をその作家に託して書いていたのだった。九か月ぶりに自分の文章を読んでみると、私は知的作風のその作家を支持し、彼の優れた小説の構造をコピーしたいと書いていた。当時私は、サブカルチャーの喜び溢れる日本の都会生活を描いて、世界的にも人気を博しているある作家の長編を時代順に読んでいて、文章そのものが、その小説を読まない者にも人気の彼の文体によく似てしまっていた。人気作家の文体をコピーしてしまっては、平凡な人間として終わるのではないかとその時私はすでに気づいており、批評家やコアな文学好き、いわゆるスノッブ達にはすこぶる評価されているが、一般には読まれていないそのアメリカ作家の小説の「構造」をコピーしたいと私は宣言していた。
「日本の作家にしても、外国の作家にしても、作風をコピーすることは所詮コピーにすぎないんだから、どっちも本来ならやめた方がいい。自分オリジナルの作風を確立すべきだと偉い人なら言うだろう。だが、オリジナルなんてありえない。かといってコピーしても、それは無様なコピーになるだけだ。作風をそのままパクってはいけないんだろう。憧れの作家の、作風ではなく、構造をコピーすべきなのだろう。そう、構造。文体じゃなくて、構造。物語の作り方、問題の見つけ方、問題を小説内で敷衍させる方法、そういった要素要素をフィクションの中に配置する方法、すなわち構造を初心者は憧れの作家からコピーするべきなんだろう」
 私は自分自身が過去に書いた幼い感じの文章に励まされた。この文章を私の前に呼び出してくれた、九か月も前の記事を発見してコメントを寄せてくれた読者に感謝の言葉を書いて、私はプルーストや、ノーベル賞作家のOの小説構造をコピーしたいと思うようになった。
 大勢に支持されている小説の構造をコピーすることは、よほど批判的意図がない限り、亜流と見なされるから避けるべきだろう。私は体制にたてつく、私的には嫌悪している知的スノッブたちにのみ評価されている小説の構造をコピーすることになりそうだった。一般では知られていないが、広く知らしめるべき優れた作品の構造をコピーして、知的営為を社会に広める手助けをすることが、私の天職であると思えてきた。
 私が構造をコピーする対象は、広く売れている小説ではなく、どうしてもスノッブの好きな文学であった。作家の構造をコピーすると、書いて行く上での態度、物語の運び方の大枠ができるが、物語内容は構造のコピーもととは大きく異なる、自分だけの個人的な体験が述べられるはずだった。構造のコピーという考えは、レヴィ=ストロースの構造人類学の考えに近かった。世界各地の神話がある一つの数式に還元されるように、私は尊敬する作家が示した数式に即して、特殊な自分の体験を小説として記述することができるのだった。
 私は小説の中で南北問題、環境問題、高度大衆消費社会の後に地球がどう進んで行くか、これからの世界に確立が要請される新しい倫理について考えた。それらの問題は小説のテーマになりうるものだが、別にそうした現代社会を覆う問題について触れなくても十分一般受けする小説は書けるのだった。ただ私は、尊敬する大作家たちにならって、小説の中で社会問題についても端的に触れたかった。利益の拡大を狙っている企業内で働くことは、利益よりも倫理を重視する道を選んだ私にとってひどく無意味に思えた。私はNGOに転職しようかとも考えたが、その考えは小説を書くことに対する無意識的逃げであるようだから、ひたすら小説を書く作業に没頭し、職業作家として一刻も早く身を立てることに決めた。
 ひきこもりのように誰とも話さず、退社した。昨日は仕事中射精し続けようと企んでいたのだが、会社に向かう通勤電車の中でさえ、もう射精するのがひどくつまらないことに思えたのだった。
 会社から飛び出すと、自由と解放感を味わえるのだが、小説を書かずに疲れですぐ朝まで眠ってしまうことも多々あった。最近の温泉通いがさらに私を創作から遠ざけていた。以前は毎日小説を書いていたが、今は新人賞の締め切り前以外は、読書に集中するだけで、小説を書かずともいいとさえ思っていた。
 私は帰りの電車でフォークナーを読んだ。吊り革につかまって、フォークナーの執念深い世界に入っていくと、私は今すぐにでもフォークナーの構造に従って小説を書く必要があると思えるのだった、フォークナーが世界文学の中で巨大な作家になったのは、フォークナーの作品が、読む作家たちに、彼にならって小説を書く必要があるという切迫感、創作に対する熱情を強く喚起したせいかもしれなかった。登場人物たちの終わる事を知らないドストエフスキー的独白を読んでいると、フォークナーのように、饒舌に、かつ情念的に語り尽くす必要があると思えてしまうのだった。
 私はフォークナーの中に小説の、小説という構造だけが持つ壮絶な力を見た。小説を強く意識した結果、私はそれに付随して、当面の問題ではないがずっと考えていた結婚についても喚起させられた。フォークナーの創作物には熱がこもっており、その芸術的営為は、私に画家や音楽家の創作に対する熱情を連想させた。
 思えば、画家は妻が美術史に詳しくなくとも、何の葛藤もないように考えられる。これは小説家からする偏見で、実際画家は画家であることによって、結婚に対して大きな葛藤を抱いているのかもしれないが、画家の妻が、彼の絵に対して理解をそれほど示さなくても、愛を要求することは、言葉を扱う小説家の場合よりは簡単に思えるのだった。しかしよくよく考えると、音楽家でも映画作家でも演劇家でも、創作に携わる者なら結婚に対して企業人たちとは異なる障害を持っていることだろうが、私が小説家を目指しているせいか、小説家の結婚は特別に困難なことである気がした。何故かというと、小説こそは、あらゆることの侵入を許すからである。
 現代アメリカのポストモダン作家は、理系の知が専門的になりすぎた現代において、小説だけが全体的な知を扱える可能性を持っているから、自分は文系に転じたと告白していたが、どこまでも知的に深化できるからこそ、小説家は結婚において苦悩するのではないかと思えた。そうならば哲学者のように思索にふけり、自分と等しい思索的な女性と結婚すればいいではないかとフェミニストから意見されそうだが、小説は行こうと思えばどこまでも愚かに、グロテスクにもなれるのであって、その百面相的な容貌をとれる自由さが、固定的な結婚という制度を拒否するかのようだった。
 あらゆる職業の人には、その職業の者しかわからない、職業に伴う苦悩が存在するのだろう。私はそう大人びて結論づけそうになりながらも、画家と小説家との結婚に対する違いの比較を続けた。
 何故私が対人関係において苦悩しているかというと、私は小説をおそろしく知的な技術だと思っているからで、もしも小説が風景や人物の描写だけだとすれば、私は誰とでも恋愛し、結婚できる気がした。しかしこれはリアリズムの考え方であり、現代美術はどんどん難解な政治的パフォーマンスと化しているので、現代文学と結婚にまつわる苦悩の状況はたいして変わらないかもしれなかった。どうも結婚は私にとって、社会常識とどう折り合いをつけるかの象徴的課題であるようだった。結婚するためにわかりやすい文学を書くのか、結婚しないで独創的な世界の構築に励むのか、日本の文化になじんだ女性と結婚するのか、芸術家肌の女性と結婚するのか、選択肢は無限にあるが、私はそれらの問題をひとまず止揚して、フォークナーのように書きまくることにした。フォークナーに比べれば、私は文学に対する情熱、生きることに対する情熱が足りない気がした。南部の歴史に取り憑かれたように書きまくれば、何も他に思い煩わずとも、仕事の問題も恋愛の問題も周縁で解決しそうな気がした。
 フォークナーはモダニズムの作家よろしく、作家は作品でのみ評価されるべきものと考え、作家個人の経歴が広く知られることをよしとしなかったということを思い出した。彼は自分のプライバシーが公表されることに対して激しく憤慨した。プライバシーに対して敏感なフォークナーは、芸術作品の中でも知人のプライバシーを侵害するような書き方はしていないと自認していたことだろう。実際は手厳しく書かれたと憤慨した知人の読者もいたかもしれないが、小説の中に現実は書かない、自分の想像により独自の世界を一から完璧に作り上げるというフォークナーの創作に対する信念は、尊敬すべき態度であり、煩わしい現実に対する想像の勝利を表していた。しかしこの思想的態度決定は、本当に煩わしい現実を情け容赦なく描写するためにとられた態度であり、虚構にしなければ、書くことが許されないような残酷なことを、フォークナーは憑かれたように書き続けたのだった。
 私は創作とプライバシーの問題に日本の作家よろしくずっと悩んでいた。小説を書こうとすれば、必ず人のプライバシーを侵害する危険を冒してしまう。社会的に有意義な文化作品の創作という大義名分があれば許されるとか、悪意ある誹謗中傷でなければ許されるとか様々な弁護の余地はあるが、私は決定的に、プライバシーの保護に対して自分の創作、思想表現の自由が保証される理論を持ちたかった。そこで見出したのが架空の街の、暗黒の歴史を書き続けたフォークナーの頑固たる態度、小説の構造だった。
 私はこれからフォークナーの提示した構造(そこにはドストエフスキーの独白もバルザックの人物最登場も含まれている)に、自分個人の特殊な体験を注ぎこんでいくことにした。田舎の辺境にある自分の故郷について書くことが、果たして価値あることかとずっと悩んでいたのだが、極めて特殊な地方について語ることで、地球規模で進展する破壊の問題について考えることも可能だという確信を、私はフォークナーの構造から得たのだった。もちろん世界中ですでに無数の作家が、フォークナーにならって独自の世界を築いているのだが、それらの知的営為は一般には知られず、スノッブたちにのみ支持されているのだった。私は過去の自分自身も含める愛しいスノッブたちのために、フォークナーの構造に自分の個人的な体験を流していくことにした。そうして、たえず進行する地球の破壊に対して、ささやかながら反対の意見表明をすることが、想像の射精にかわる、私の趣味になりうるはずだった。
 私は電車を降りた後、駅前で、昨日と同じレストランに入った。今回は、今日から販売開始となったタルタルソースつきのハンバーグを頼むことにした。私はまた肉汁溢れる肉体が現れることを期待したのだが、熱さを保持する鉄板ではなく大皿に盛られていたし、食事が出てからもしばらく私は憑かれたかのようにフォークナーを読んでいたので、ハンバーグは半熟卵より性的魅力の乏しいタルタルソースの下で冷めきっていた。夕方ドリップコーヒーを飲みながら胡麻入りのクッキーを食べた結果、今回もまた私は腹を空かせていなかったが、義務として犠牲のハンバーグを食したのだった。食べながら、私は今度取り組む作品を新人賞に応募しようか、応募前にインターネット上に発表してしまおうか悩んだ。
 新人賞に発表しても一次選考でいつも落とされていた私は、ネット上に発表した方がいいのではないかと以前思って、書いた原稿をすぐ自分のホームページで公表したりしていた。大手出版社の新人賞はたいてい未発表原稿のみを求めており、ネット上での公表作品も認める新人賞は、スノッブの私さえ知らない出版社だったので、私は悲愴な決意を持って、それこそ戦争中のプロレタリア作家か、共産主義体制下の東欧の作家のように、社会に受け入れられない原稿をネット上に寂しく公開していたのだった。ホームページ上で、落選原稿の群れに並んで発表された最新作も、無名作家の、独自性も政治的メッセージも何もない作風では、何の注目も浴びず存在を無視されていた。私はネット発表にしても新人賞応募にしても、どん詰まり状況に陥ってしまったと思っていたが、新人賞から職業作家としてのスタートを切るよりは、インターネットから漸進的に知名度を挙げていく方が、フォークナー的だと冷たい肉体を前歯で噛み砕きながら思ったのだった。様々な仕事をしながら、詩と小説を書き、出版社に持ちこみ、売れない状況に悔やんでいる無名時代のフォークナーの構造は、現在の私の生活構造に同型のものだった。フォークナーの時代では、出版以外に文章を公共の場に賭ける方法はなかったが、現代はインターネットを介して誰でも公共に自分を賭けることができる。文学が利益を目指すものではなく、人間の歴史の倫理を賭けるものならば、ネット上のゲリラ活動で十分だった。さらに傑作である「響きと怒り」が書かれる前のエピソードが私を刺激したのだった。フォークナーは出版社に持ちこみ原稿を断られ、さんざん罵倒されてから、もう出版を意図せず好きなように書こうと決意した時、とたんに創作意欲が燃え上がり、「響きと怒り」ができたというのである。そう聞くと、「響きと怒り」という題名が、自分に苦難を与える出版状況に対する、創作熱の響きと怒りであるようにも感じられた。新人賞に応募しようとすると、与党の宣伝方法のようにわかりやすく、テーマを一つに絞って、他の重大なテーマはないものにするかのように書かねばならないから、私はフォークナーの構造にならって、インターネット上で、好きなように作品を書き、発表することで、注目を集めていくことにした。
 文学に対する、社会問題に関する博識を誇ることはスノッブのすることで、創作家のすることは、スノッブが好む作家の示した小説の構造をコピーして、その構造の中に自分の特殊的体験を流しこむことだとすれば、私はスノッブと、自分自身の中のスノッブ性とも和解したのだった。私はまた社会評論家でもなく、哲学者でもなく、宗教家でも、救済者でも、倫理家でも、ゴシップ作家でもなく、それら全てを包括する小説の創作家になることを決定的に確信したのだった。
 義務としての食事を終えた後、私は温泉に向かわず、アパートに向かった。歩いている人々一人一人にフォークナーが示したのと同じような地と血の歴史があるとすれば、この世界には書いても書いても終わらない特殊な体験が渦巻いているのだった。憑かれたように書くこと、実に簡単だ、寂しさを自らの手による想像力で慰めることは、ずっと得意としたことだったから。
 帰路、聞いていた朗読はペトロの手紙であった。私はペトロが言う神を全て文学に置き換えて、聞いていた。何も文学を神格化、絶対化するつもりはなかったのだが、信仰の道に入ることを避けるためには、こうするしかなかった。
「同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。神を畏れるあなたがたの純真な生活を見るからです」
 私が無言で小説を書き続けたら、妻は小説に共感してくれるだろうか。勤勉すぎで、想像以外に遊ぶ手段を知らない私とともにいることを、妻となる女性は喜んでくれるだろうか。
「あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです」
 私は今まで女性の外面的な美しさ、瞳の大きさなどを第一の決定的要因として恋していたことを恥じた。若いうちは、誰かにその空しさを教えられないうちは当然の行為かもしれないが、自分は外面も内面も彼女たちよりはるかに醜いのに、いや醜いからこそ、心の中で美しいはずの彼女たちを罵倒していたことを恥じた。柔和な内面に恋するようにすれば、そもそもこんなに苦しむことはないはずだった、私は恋する女性たちより醜い自分を恥じつつ、自分より醜い外面の女性には恋することができないと傲慢に考えていた。相手の内面を深く愛するようにすれば、自分の限界を知らない心の醜さを呪うこともなくなるだろうと思えた。
「同じように、夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません」
 私は恋の対象を自分より強い存在と感じていた。恋愛に陥ると私は常に弱く、彼女たちの機嫌を伺い一喜一憂する男となった。かといって、私は彼女たちの人間性を尊敬するわけではなく、心の中では激しく罵倒していたのである。
「もし、善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。しかし、義のために苦しみを受けるのであれば、幸いです。人々を恐れたり、心を乱してはいけません」
 文学をやることで、苦しんでいる今は幸いなのだろうか。文学をやっていることを人に知られることを怖れるのは、間違った考えなのだろうか。結局私は文学をしている現在を、正しい人生だと認めることができないのだった。もし正しければ、とうの昔に社会的に評価されているはずなのだったから、今の私の人生は、文学ともども間違っているはずだった。
「愛する人たち、あなたがたを試みるために身にふりかかる火のような試練を、何か思いがけないことが生じたかのように、驚き怪んではなりません。むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びに満ちあふれるためです」
 文学が社会に通じない苦しみを嘆いていては、私の作品に光が当たった時でさえ、今と同じように嘆き苦しみ、恥ずかしがることになるのだろうか。この苦しい状態を、未来の倫理的成功を期待しながら喜びつつしのんでいけば、私の文学はいついかなる時も幸せの種になるのだろうか。
「あなたがたのうちだれも、人殺し、泥棒、悪者、あるいは、他人に干渉する者として、苦しみを受けることがないようにしなさい。しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません」
 小説を書くことで他人に干渉する者として苦しみを受けることがないようにしながらも、文学を書くことそれ自体で苦しみを受けるなら、決して恥じないこと。インテリだと思われることを恥だと思わないこと。
「皆互いに謙遜を身に着けなさい。なぜなら、『神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる』からです。だから、神の力強い御手の下で、自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます」
 真面目な文学の未来を信じつつも、私は文学を愛する自分をスノッブ的に誇らないことにした。実生活では謙虚に、ひたすら作品を書き続けること。煩わしさによって移ろいやすい作家の実人生と、煩わしささえ構造化した文学作品を決定的に切り離すこと。
「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです」
 この言葉が、また私の心に響いてきた。神を文学に置き換えれば、思い煩いの全てを文学に任せればよいのだった。「思い煩いは、何もかも文学にお任せしなさい。作家たちが、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです」過去の作家が私のことを心にかけ、事前に私の人生について書いていてくれたのだから、私もまた数々の思い煩いを小説に託して、読者の手もとに届ければよいのだった。
「思い煩いは何もかも文学にお任せしなさい」文学は世界の煩いごとを全て引き受ける度量を持っている。個人的なことから、歴史、人類、地球の問題まで、一人で書く文学が、全てを引き受けてくれるのだから、こんなにも力強い文学を、書かずに、読まずに済ませるわけにはいかなかった。私は帰るとすぐにパソコンを開き、小説の構造に自分を流しこむことにしたのだった。
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