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小説『アンドロメダ』

最終更新日:2008年11月9日






2003年11月30日11時30分


 御前は何故またそうやって小説を作ろうとしているのだ?
 御前は今夜もまたパソコンに向かって小説を作っている。
 御前の人生とは何なのだ? お前は何故よりによって小説家になりたいのだ?
  御前が本当になりたいものは小説家ではないだろう。御前の天職は小説家ではないだろう。何故運命に抗って御前は小説を作り続けているのだ?
 いくら問うても無駄だろう。御前はこりずにまた小説を書いている。
 御前は裸だ。御前は素っ裸だ。御前にとってどこからどこまでが小説なのだ? 御前の人生は、御前の仕事とは一体何なのだ? 御前は何のために小説を書いているのだ? 何故答えない? 答えなどないとでも言うのか?
 御前は文学を作っているつもりか? 文学とは何なのだ? 御前はわかりもしないままに小説を作っている。御前は何をしているのかわかっていないのに、何かをしている、し続けている。
 御前はずっとずっと小説を書いている。御前が歩いてきた道は、ひどく孤独な道のりだ。小説を書く限り、御前はこの孤独な道を歩み続けるだろう。御前は誰かの側に寄り添っているつもりだろうが、それは孤独な道のりだ。
 御前は数学的な的確さをもって小説を書こうとしているのに、御前の小説は絶えず不可思議な内容になってしまう。御前の小説はいつも闇の迷宮になる。こんがらがった御前の思考がだらだらと垂れ流れる。御前の無意識の流れは悪夢のようだ。
 御前は何回も小説を書こうとして、挫折し、そしてまた小説を書こうとし、挫折する。御前の挫折には終わりがない。御前が破滅に向かう道、それが御前の小説だ。

 ふざけるな。御前御前と言っている、貴様は一体誰だ? 俺自身か、神か、霊か。

 御前は有名になるために小説を書いている。御前のあがきは悪あがきだ。御前はくずだ。御前の文章はごみのようだ。御前は人々をどん底に突き落とす物語を書いている。
 ああ、御前もかつては人を慰める類いの文章を書いていた。御前は一体何をしたいのかわからないまま小説を書いていたのに、御前の書いた文章は誰かを癒した。
 御前は奈落の底に落ちていく、御前が癒した相手と一緒に。

 御前御前とうるさい貴様はどこの誰だ? さっきから俺は問うているだろう。俺の道を邪魔するやつは許さない。

 御前の道を邪魔するものなど誰もいない。御前は自分で自分の首を締め上げている。御前は苦しみたくて苦しんでいる。
 御前は体を蝕んで小説を書いている。御前は小説など書かずに休んだ方がいい。
 
 御前の体、御前の恥辱、御前の命の水。血。

 御前は川端康成と三島由紀夫と伊藤整を見ている。御前は三島の肉声を初めて聞いている。そこには日本の原型がある。オリエンタリズムの陰影がある。
 三島が文学に疑問を呈している。今も昔も文学は疑問に付されている。ノーベル賞を受賞した川端の目は視点が定まらず、まるで彼の小説のようである。川端は謙遜に謙遜を重ねる。川端と三島は後に自殺する。
 御前はよくテレビを見る。日本の若者の多くはよくテレビを見る。御前は人が死ぬニュースをよく耳にする。最近は戦争のニュースもよく耳にする。御前はこの国が戦争に突き進む様子をテレビで観戦している。 
 御前は普通の人間で終わりたくないと思っている。御前は富と名声を手にしたがっている。御前は欲望に突き動かされて生きている、下卑た欲望に。



12月2日午前0時35分


 御前が私の治療室にやってきた、何気なくぶらりと。
「こんにちは」
「よろしくお願いします」御前の声は力ない。
「今日はどのようなご相談で?」
「たいした相談じゃありません」
「そうなら、何故そのように深刻な顔をしていらっしゃる?」
「そうですか? 実は、身の振り方についてご相談したいのです」
「はあ、身の振り方ですか。それはそれは」
御前は弱っている。私は精気のない御前に引導を渡すためにやってきた。もう御前に文学を書かせない。御前の迷いを私が断ち切る。
「お仕事は?」
「はい、普通に働いていますが、私は小説を書いて身を立てたいのです」
「はあ、今は小説を書くことで、身が立っていないわけですね」
「いいえ、立っていると言えば立っています。ただ、敢然として、私は立ちたいのです」
「はあ。で、あなたは今何を書いていらっしゃる?」
「小説といったら何も。ただ、現代的な文章を書いていることは確かです。それはもう物語ではないし、近代小説でもなく、ただ私が書いた文章と呼べるくらいの不思議なものです」
「はあ、あなたはそれを書くことで小説家として身を立てたいわけですね」
「いや、正確には、私はその文章を書いているわけじゃありません、ただワープロを打っているんです。しかもそれは小説ではなく、ただの私の文章だ。これじゃあ私、小説を書いて身を立てるなんてできないですね」御前はそう言って笑う。
「あなたは文章をキーボードに打つことによって身を立てたいというわけですね?」
「はい。しかし、その身を立てるという表現も何だかあやふやですね。そう、私は自分の文章を元手にして生活したいのです」
「なるほど。では、あなたの紡ぎ出す文章は、今のあなたから見て、生活費を得るにたるだけの魅力があるとお想いですか?」
「ううん、そう言われるとそうとは言えないですね」
「魅力がないのに、どうやってその文章を元手に生活していくおつもりですか?」
「いや、ちょっと待って下さい先生。論点がずれています。僕の感性からすれば、僕の文章は十分に魅力があるのです。ただ、万人に受ける類いの文章ではないのですよ」
「できるだけ多くの生活費を稼ぎたいなら、万人に理解できる文章を書くべきでしょう」
「いや先生、受けを狙ってはいけませんよ。ただひたすら己の心に誠実に文章を書かないと。個人の中奥深くにわけいって書かないと」
「いやだから、あなたはさっき自分は文章を書いているんじゃなくて、うっているんだと言ったでしょうよ」
「ああ、そうでしたね、しかしそんな小さな間違えは今はもうどうでもいいことだ。先生、私は確かに文章を書いていますよ。しかし、まだそれが世間の了解を得ていないのです」
「ああ、それはそうだろう。あなたのような人が書く文章を誰が好き好んで読むでしょうね。あなたの辺境な審美的世界を理解できる人などいないでしょうよ」
「たいした言い草ですね。あなたはまだ私の書いた文章を読んでいないでしょう。よくそんなことが言えますね」
「じゃあ今度持ってきてごらんなさい。私が直接読んで、あなたの文章が、あなたの生活を満たすに足るものなのか、判断を下しますよ」
「先生、今の言い方はおかしいよ。私は既に、私が書いた文章によって満たされています。ただ、私の書いた文章が他人の関心を満たしていないだけです」
「ああそうでしょうよ。いちいち人の言葉の揚げ足取りばかりして。私があなたの書いたくだらない文章を読んで感銘するかどうかが問題なのでしょう。もういい、これで終わりだ。また今度にしましょう」
「ええ、それが丁度いいでしょうよ。じゃあな」
「はい、次の小説家さん、どうぞ」
 御前は二度と私の前には現れなかった。御前は私に御前の書いた文章を見せられなかったのだ。
 あるいは、見せたくなかったのだ。あるいは、御前は小説家になるのをあきらめたのだ。それでよかろう、御前の道は小説家へと続いていないのだから。
 かと言って、私が御前に新しい道を指し示すわけでもない。
 私は冷酷に御前の彷徨を見守るだけだ。御前は社会の上から下までを彷徨する。私は御前を見守るだけだ、御前の住む世界の真上から。



 御前は何のためにこうして書いているのかもわからないまま、また小説を書いている。御前の細い体はますます縮まって、無益な営みを続けている。私は御前の小説を、書かれたと同時に読んでいる。御前が指を動かすよりも早く、私は御前のできたての小説を読んでいる。御前は御前の作った小説を読んでさえいない。私だけが御前の小説を読んでいる。



 御前は今度は別の相談相手を見つけた。
 優しそうな女の相談相手。御前の欲望の対象。
「こんにちは」
「どうぞよろしくお願いします」
「さ、遠慮なく座って下さい」
「失礼します」
「だいぶ疲れているようですね」
「わかりますか?」
「わからないけどわかるわ。さ、話してみて。何でもいいのよ」
「よく、わからないんです先生」
「うん」
「こう、何と表現したらいいのかわからないし、ここで言うべきことじゃないのかもしれない」
「うん」
「僕はやはり小説家を志したのは間違いじゃなかったかと思うんです」
「うん。他にやりたいことや、なりたかったものはありますか?」
「それはたくさんあります。歌手とか、作曲家とか、哲学者とか、思想家とか、知識人とか、大学教授とか」
「では、何故それらの職業を選ばずに、あなたは小説家になろうと思い立ったの? それには決定的な理由があるんでしょ?」
「そうです、そうだった、小説家はそれら全てを包括した職業だから、僕は小説家になろうと決めたんでした。小説家とは世界中の職業全てなんです、何にでも変化し、何でもないもの、それが小説家だから、僕は小説家になろうとしたのです」
「素晴らしいじゃない。じゃあ、あなたはもう小説家ですね?」
「ああ、いやそれがどうも違うのです先生。僕は小説家ではなく、別の仕方で暮らしている」
「あら、小説家以外に何になれると言うの?」
「さあ、自分でももうよくわかりません。でも、今の僕は、小説家ではないようだ」
「こっちへ来て」
「はい?」
「どうぞこちらへ」
「はい」
「ここです、穴は」
「はい?」
「ここに入ってみたら? きっと落ち着くわよ」
「はい、入ってみます先生」
「はい」
「うん」
「どう?」
「すごいです先生。まるで別世界が開けそうだ」
「そうよ、だってあなたがいるのはもう今までとは全く別の新世界」

 御前はまた世界の穴の中に潜っていく。私は消えゆく御前を見つめる。



 12月3日午前0時37分


 御前はまた小説を書いている。いつも決まった時間、決まった頁数、御前は小説を書く。習慣づけないと御前は小説が書けない。書くという意志を編み出し、定期的に書いていかないと、御前は小説家になれない。
 御前は人と競争するのも馬鹿馬鹿しいと感じている。人は自分よりも怠惰だと御前は感じている。怠惰を嫌う勤勉な御前は、競争しようと想う以前に怠け者の他人たちに勝ってしまうと勝手に考えている。しかし、勤勉だからといって報われるわけではないと御前は悲観している。それでも、いつか報われる日が来るのを信じて、御前は文章を書いている。
 むしろ御前は力の抜きどころを知るべきなのだ。自由自在に文章が運べるように、力加減を操りながらのらりくらりと書いていくべきなのだ。



 そしてまた御前は私のもとにやってきた。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。あんた誰だっけ?」
「一人だけの文筆家です」
「ああそうね。小説は書けましたか?」
「まるで書けないです。どうしましょう? 僕はやはり小説家には向いていないのかもしれない」
「何をそんなに迷っているんです。こうと決めたらただひたらやるだけです。思い悩んでは進展しませんよ」
「そんなモダニズムな話、僕は毛嫌いしていますよ。ためらい続けることが、現代小説家の使命ですよ。一般人だけが目的に向かって突き進んでいればいいさ」
「えらくエリート気取りなのですねあなたは。ちょっとはわかりやすい小説でも書いて、早く金を稼いでみたらどうなんですか?」
「そんなことはできませんよ」
「いや、だからそう頑なにならずに、試しに少し面白い小説を書いてみなさいよ、言語実験などせずにさ。みんなそれを待っているんですよ」
「ああそうか、お前は悪魔だな。私を誘惑しようとしてもそうはいかないですよ。私は自分の書き方で書くだけです。他の誰の書き方も踏襲しません」
「ああ、あなたはオリジナリティを求める共同幻想にはまっているわけですね。誰かのコピーでいいじゃないですか。あなたなんて誰かの代わりにすぎないのですからね」
「いやあ、あなたはモダニストだと思ったら、実はポストモダニストなのですね」
「いえ、ポストコロニアリストです」
「へえ、そうですか。僕もポストコロニアリストなんですよ」
「そうですか、じゃあ私はエコロジストです」
「じゃあって何ですか、じゃあって。おちょくっているんですか」
「そうとも言えるし、そうとも言えない」
「いい加減にしろよ。やはり貴様は悪魔だな」
「悪魔は御前だ、人間よ」
「うるさい、この偏狭屈。お前のところになんて二度と来るか」
「こっちも願い下げだ。一生売れない小説を書いてみじめな人生でも送ってろ」
「少なくともお前より輝かしい人生にしてみせるさ」
「ふざけるなよ。御前の小説なんて誰が読むか」
「悪魔よ、貴様はそうやって俺を試しているんだな、いや、お前は神でもあるんだな」
「俺が神なら御前も神だ、この魑魅魍魎が」
「お前なんてどっか行ってのたれ死んじまえ」
「うるせえ、御前さっき帰るって言っただろ。さっさと失せろ、このくそ坊主」
「差別用語だぞ貴様」
「関係ねえよ消えろボケ」
 御前は怒り、出ていった。これでいいのだ、御前は御前の穴の中に帰るべきだ。御前はもう文学の穴の中に帰ってこなくていい。



平成十五年十二月三日二十三時五十五分


 御前はまた文学の世界に帰ってきた。美しき文学の世界。御前の憧れの人。御前の愛する文学はもはや誰にも試みられていない。御前は御前のやり方で文学を抱きしめる。



 御前はまたあの女の所に行く。
「こんにちは」
「どうしたの? 今日はとても素敵な顔色」
「いえ、先生、今日こそもうだめです」
「何がだめなの?」
「何がと言って、全てがだめです」
「どうして全否定するの?」
「わかりません。わけがわかりません」
「まあ落ち着いてみて。ちょっと座って」
「はい」御前は彼女の正面に座る。
「ほら、これ舐めてごらんなさい」
「ありがとうございます」
「どう?おいしいでしょう」
「はい」
 舐め続ける御前。御前の時はまた闇の中に沈んでいく。


12月4日午後11時55分


 御前はまた似たような時間帯から小説を書き始める。それは孤独な作業だ。誰も御前が小説を毎日書いていることなど知らない。御前は内密に内密に物事を進める。
 御前の前に今、一人の女が座っている。女は黙って糸を紡いでいる。御前は教育テレビをつけっぱなしにして小説を書いている。
 御前はどこからやってきた?御前は一体どこからやってきた?御前の周りで人が死んでは生まれ、生まれては死んだ。御前は死体をたくさん眺めてきた。御前もいつか死ぬ。だが、御前はそれを知らない。御前は無益に惰性で生きている。御前は倫理的、道徳的な話を嫌う。御前は厳密な構成を求める。しかし、御前は破綻する。
 御前の前で糸を紡いでいる彼女が言う。
「ねえ、今何を書いているの?」
「ん、んnn」
「何?」
「nn、なな何というか小説」
「だから何? 教えて」
「ato。あと」
「ああ、後ね、後。て、いつも後じゃん。後後って一体いつになったら読ませてくれる?」
「いつかはわからぬほど遠きいつか」
「ああそうかいそうかい、わかったわかった」
「わかってないよ何も」
「いやわかった」
「いやわかってない」
「でもわかった」
「いやわかってないって」
「何で?」
「どちらかというと不明」
「じゃあもう終わり」

 御前は一人夜道を歩いている。
 御前の歩いている道の前に、もう一人の御前が出てきた。
「誰だお前?」
「お前だひょ」
「は?」
「なんやねn」
「いやだから一体何? お前」
「うるさいうるさい、ほんとにうるさい。世の中うるさいことだらけでいい加減にしてほしい」
「それはこっちのせりふ」
「それもこっちのせりふ」
「はあほう、まあそういうもんちゃう?」
「はあもう、いいじゃんいいじゃん」
「わけわかんねえよお前」
「わけは自分で見つけるもんだ。俺にも俺なりの秩序はあるんさ」
「ふn」
「フーガ」
「あっそ」
「そうそう、あっそて言ったね。言ったね言ったね、今あっそて言うたね」
「うん。まあそんな感じで言ったと思うよ」
「そうかい、あっそうかい。いいなあどうもいいなあ」
「もういい。お前と話していても何の意味もない」
「意味求めてどうするどうする」
「もうええ。帰る帰る俺は帰る」
「どこに? お前の場所はここしかないない」
「じゃあどっか出かける」
「消えろ消えろ消えちまえ」
「ああ消えるさ。俺はきらきら消えるさ」



12月のいつか 18時55分


 御前は御前よりも御前になりたい御前を求めて、誰よりも大事な御前になるために現実を切り取る、スクラッチする。御前は新しい現実を生み出す。あみdす。
「おおうよそうだ。これは小説というよりアートだ。だいだい大好きな僕のアートだ、だ、だ、だ。黒酢オーヴァーでアシッドな僕の小説は空中で大回転する」
「あらあなた、どうしたの?」
「あうち、先生、あうち、k表、どうしたの、こんなところでk表k表」
「ちゃんとした日本語を喋りなさいあなた。でも、元気になったみたいね。何か変化した?」
「うっぐぐぐ。僕はスパイラル回転して、ハイブリッドなロマンス機械になるなるなるなるどうんどんなるさ。先生ありがauto.今まで先生に助けてもらおうもらおうと思ってたけど、何も助からんかったね」
「うん」
「でも何だかしらないけど、クラシックというより、世界はフリーにダンスするだけみたいだ」
「ブレイクブレイクひたすらブレイクしてハッピーなアバンギャルドって、私もあなたにつられてもう何がなんだかわかんなくなってきたっちゅうか、もうあれやね、これもう私の治療はあなた卒業したみたいだからおめでとうさん」
「ああ、感性に従って、言葉を編み出し編み出し、原稿にぶつけていくだけだだだだだ」
「ちょっと、っちょっとっ、また日本語おかしいかあらさ」
「もおううう。やめてよ先生。僕を科学で束縛するのはさあ、ようよう僕は自由に飛び回りたいんだよ世界を。世界中に僕の趣旨をまきちらしたあいんだよ」
「ああ、んんn」
「僕は一つのnだよn」
「n」
「そる、xじゃなくてnなんよ」
「ミスターN。がんばって」
「おいおい、カウンセラーがそんなこといってどうすんお?」
「そうね。はい、これあげる」
「何これ?」
「ラブアンドピース」

 御前は意味不明な小説の音楽世界に自分の身を委ねる。御前のボディーはヒートアップしている。
「あ」
「やあ」
「あ」
「だからやあ」
「あ?」
「あしか言えないのかお前は?」
「いやだけどあ」
「うん」
「あ」
「うん」
「これ以上お前と話していても埒があかないよ。そうだ、食べに行こう。たくさん食べよう。そうだそうだそれがいいそれがきっといいよ」
「ねえ! どうしよう! Foo!」
「どうもしないさ」
「どうして? 動揺して」
「何の動揺もしないさ」
「どるしてどうるしてえ?」
「わけわかんええよおめえよおお」
「リラックスリラックス」
「湾、湾、湾、我ルル」
「リラックス、ライらららリラックス」
「わけわかんねえよおめえの話はよおおおお」
「いいよそれでもうよお」
「開き直るのかよ」
「それで問題ねえだろがよ」
「大問題だろがよ」
「いい加減にしてくれよもう」
「もうもうって、もういい加減にしてくれえよ」
「だから俺がさ、もういい加減にしてくれよってお前に言ってるわけ。わかる? アンスタ?」
「おお、おおお。そうかそうか! そんな話だったのかこの小説は。やっとわかったっちゃ」
「だからメタメタなフィクションになってるわけよアンスタ」
「ほうい。もういい。寝る寝る寝るっちゃ」
「馬鹿。まだ十九時だっつうかなんつうか」
「そうか。一緒にお姫さま助けに行こうぜ」
「誰からよ?」
「誰からでもええよ。世の中悪人だらけだからよ」
「わけわかんええよおめえよおい」
「いいもん俺いいもん、これでよ」
「自由自由と言うけれど、さしたる自由あるわけでもなし」
「はいその理由は?」
「理由を求めるべからず。それが理由なり」
「アア。うんなんとなくわかるようでわからない話」
「わからなくていいんだよ何も」
「もうだんだん頭がこんがらかってきたんよ私」
「俺もじゃん」
「じゃあやめよって。こういうやり方は。わかりやすい話がいいな。日本の現実にそくしてるのとかにゃ」
「いんや。これだこれだ。これがいいさ。故知の方が体も心も軽々としてるわさ。自由に日本中を歩きまくれるわけだっし。体軽やかだろオメ」
 ああそうだ。御前の体にはずっと重しがついていた。御前は引きずっていた重しを今、天空に投げはなったのだ。
「いやいやまだまだずっとこの重しは俺についてくるだろう。この重しって何のことだと思う? お前だよ。俺をずっと見ているお前のことだ。俺を『御前』呼ばわりするお前は一体誰なんだ?」

 僕は先生と一緒に街を歩いていた。まちまち街。歩いていたんだ街を。本当に歩いていたのかどうかは確かめられない。でも確かに街を歩いていた気がする。
 本当に? ああ、悩みだしたらきりがない。でも、僕はこの休日にきっと先生と二人で街を歩いていたんだろう。
 多分そうだろう。きっとそうだ。それは確かなことだ。どれくらい確かなことか定かではないけれど、きっと僕は先生と二人で街を歩いていたんだ。
「ねえ、先生」
「」ん
「先生、かぎかっこの中にセリフが入っていないよ」
「ああごめん、もう一度やり直しね」
「うん。ねえ先生」
「ん?」
「いや先生、今の言い方はすごくわざとらしい。もっと自然体で」
「うん」
「じゃあまたやるよ。いい?」
「」」」うん

「先生、また外れてる。今度はもっと淫らだ」
「」うん。もうそうなってしまったみた。い。私のからだ。最近お菓子なの。
「ああ、先生。消えてしまうのかい?」
「そうだね。きっとそうだね。はっきりとはわからないけど、倭たしの体は日本から消えてしまうんだわねきっとね」
「ああm先生、そんなこと言わないで、体をこの国にのおこしていってよ」
「」だめよあなた、私はただの治療医にすぎないんだから。先生、もうだめだよ、ちゃんと話してよ先生。だめだめ、私もう話せない。先生、僕と先生のいしきが同じくなっていくっていうか、何ナノかよくわからないけど、ナノ粒子がスパークしている気がしなくもない。
「」ああ、あなた。ミス多ーn。がんばりや。
また先生、そうやってがんばりやなんて精神論ですますつもりにゃろ。そうにゃろ先生。あんた本当に治療できるかんかや。
「」もう私はあなたの先生でも何でもないんだよ。私はただの塊になるの。固まり固まり。ちっさなかったまりになったりするわけなの。
 もう先生は帰ってこないのか。僕少しきがかり。いや、がっかり。うんがりがりガリレオ。



「あああ、これはもう文学じゃない。文学は何かしら学問チックだ。物語が主なるものがエンターテイメントで、文章技法が主なるものが文学だ。あれれ? それじゃあやっぱりこれは文学だ。文章そのものに対する哲学的実験、これこそ文学である」
「倭お、グレイとグレイと。それはもうけっこうグレイトな話だねこりゃ」
「誰だお前は?」
「御前だよ」
「やっと表に出てきたなこの野郎」
「やっとというよりずっとだ。この小説は俺が書いたんだ」
「ふざけんなてめえ」
「誰に向かって言ってんだ御前! 私は御前自身だ」
「そんなことは誰だってもうこの歳になれば気づくことだ馬鹿野郎」
「何が何だかよくわからんけどふん」
「たちまちにして正体をあらわしやがったな」
「ふん」
「ふん!」
「ふーん」
「分!」
「糞」
「きたないっつうの」
「糞」
「だからもう!」
「うん」
「こら!」
「うんこ!」
「ついに言ったなこの変態」
「変?」
「うん」
「n」




2  御前が女流作家となった世界


 御前もまた小説を書いている。そう、女流作家となった御前のことだ。御前は時々こうして暇を見つけては、小説を書いている。御前は憧れる小説家になりたくて、人から憧られるような文章を書こうと努力している。
 御前が文章を書くたびに、言葉は言葉でなくなり、御前自身からも遊離していく。
 御前の目の前で以前の御前、すなわち御前の抜け殻となった彼も小説を書いている。
「なあ、書けた?」彼、すなわち以前の御前が女流作家となった御前に聞く。
「ううん」
「そう」
「うん」
 彼はカタカタキーボードを叩いて小説を作っている。御前は健気に原稿用紙に手書きで小説を書いている。
「ああ、ああ、ああ」彼が唸る。
「何?どうした?」
「何でもない」彼は小説を書きながら、時々唸る。

「もう寝よう」女流作家となった御前が言う。
「俺はまだ書く」
「書いてないじゃん。うってるんじゃん」
「書く」
「電気消すからね」
「ファミレス行くよ」
「どこの? 近くにないじゃん」
「こおれもうすぐ終わりそうなんだ。ファミレスに書きに行くよ」
「いいよ。電気つけてても」女流作家となっても御前は優しい。

   「もう眠る」

      「ちょっと! さっき書くって言ってたじゃん」
  「いや、寝る。疲れた」
「何?その場当たり的な生き方は」
      「誰にも束縛されずに生きてるだけだ」
「nはへ理屈が得意」
        「ノー、俺は理性的生活を疑っているだけだ」
「それもまたへ理屈」
           「言うがいいさ、俺はもう寝る」
「じゃあ私も寝るから」

 御前たちはまたもや深い穴の中に落ちていく。

 ぱららあらららららっららら。
「あん? あん? なんだなんだ? 一体何が起きたんら?」
「もう一度言ってみよう」
「もういい。これ以上はもういい。何でもない。何かが確かに起こっている。でもいい。もう何でもいい」
「」いい加減にしてよ
「ああ、何だ女流作家って先生のことだったのか、かぎかっこの動きで気づいたよ。先生、ちゃんと喋って下さいよ」
「」ごめんなさい。もう何が何だか私にもわからなくなってきたわ。
「おいおい先生。わかった先生。先生のこと、僕が治療しちゃる」
「」わお、そんな大逆転あり?
「ありもあり」
「」救って、私を救って先生様!
「何も心配することはないですよ美しい患者さん。絶対安静でお願いします」
「」安静安静と。 先生 、 安静し てみ ま した 。。
「」患者さん、どんどん容体がおかしくな っていま す  。
「」  先生までおかしくなっていますよ!
「」いや、私はおかしくなんかない。いたって普通です。



「」はあ。はあ。どうです? 少しはよくなりましたか?
「」  いえ、悪化するばかりです先生。私、もう喋れないのかもしれません。
「」あなた、ちゃんと喋っていますよ。
「」いえ、先生。みんな私が喋っていないと言うのです。私は喋っているつもりでも、みんなは私の言葉を日本語とは認めてくれないのです。
「」私にはわかりますよ、あなたの言葉が。
「」実は先生、あなたの言葉も私の言葉と同じように、はみだしているんですよ、かぎかっこから。
「」まさか!
「」本当です。先生も私と同じように言葉がはみ出しているから、私が異常だと気づけないだけです。
「」そんな!
「」先生、さようなら。
「」待って下さい、僕の大好きな患者さん。

 女流作家となった御前は彼の部屋から出て行く。

 ぱっぱらぱっぱらああぱらぱら。ああそうそう、こんな感じで踊っちゃえ。軽やかにさわやかに。ぶるぶるpるるpるるるるう。

 誰よりも早く駆け抜ける。手書きよりも早く、脳に直結する僕の十本の指。動く動く自由自在に。pわらっぱらぱ。

 一通り走り回った御前は自分の住み処に帰りつく。女流作家となった御前が小説を書く場所。彼との共同墓地。

「」自由自由というけれど、私はもう十分自由になった。
「」ほんとに? あなたはまだまだ慣習と観衆に捕らわれて暮らしているよ。あなたは女になってもまだ全然不自由。
「」そうかそうか。でも、そんなこと言ったらきりがないさ。欲望に終わりはないさ。
「」満足したの?
「」少なくとも今はね。
「」僕はまだまだ。僕はここを牢獄に感じる。
「」この国を? この社会を? この街を?
「」作家となったあなたを。



 御前の彼は御前たちの家を飛び出す。御前の彼はまだ見ぬ自由の新天地を目指して、西へ西へと進む。
 
 ぼっぼっっぼっっぼっぼ。まだまだまだまだだだあああっっだだっだっっだだだっだだっっだだだだあっだ僕は不自由だ。僕は自分で自分に限界を定めすぎだ。僕は震える震える凍える体を抱きしめて震える震える。
 僕は穴蔵で暮らす彼女を見た。彼女の部屋はあんなにも狭く、息苦しかった。彼女はあんなところでずっと小説を書いていたのか。なんたることか、僕は全然気づかなかった。彼女に知らせに行こう。彼女の穴が真っ暗だったことを知らせに行こう。そんな穴蔵で閉じこもって小説を書いていても、何の意味もないと知らせに行こう。
 それは単なる穴だ。穴穴穴。意味のない穴。どこまで掘り下げてみても、何の宝も出てこない穴だ。そんな穴の中にひっそり暮らしていてもほんとに何の意味もないじゃないか。
 彼女はまたずっと小説を書いている。それはそれは孤独な作業だ。
「」おい。
「」何? 帰ってきたの? 私の鎖。
「」僕は鎖じゃない。僕は君を解き放つためにやってきた。
「」いやいや、あなたは鎖。
「」いや、人間は鎖じゃない。君は周りの人間を全部鎖だと思っているようだけど、そうじゃない。君がはまりこんでいる鎖は、君の住んでいる場所だ。
「」場所?
「」ここ。ここ。ここに絡まってるわけ。わかる? ほら例えばこのあたり。
「」 あん。ほんとだ。 
        こっちにも行けるね。

  あ、こっちにへも

    行 
        け   
       
               た    。



 「   だろう。   君の文章は


もっともっと


 自  由 に
         な
                 れ
                
     る


「  でも、自由になりすぎたら、共通了解がなくなってしまうでしょ。
 みんな、  なんらかの規則を守っているから、  相手の言っていることが理解できるんでしょ。。。。。  」」」」」

「   」

  ああそうだね。規則は、規則があった方が楽だからあるんだよ。  

何でもいいから規則を作ってしまえば、  人間たちの間に共通の基盤がで
      き 
                      る  

  ・・・」」」」」

  「
   
っっそ  うう。。。私は 

 あなたと




 分 

  り
           あ  
            え  
          る     





ない」



「」


「   」



「omae」


「」omae……




御前は
   御前と語り合う
御前は
   御前と書き合う。
御前は
   御前と愛し合う。


御前は

      御前に舞い戻り


また


             出発していくのだ。






 僕の目の前に一台ロボットがいる。

「」キーキー。僕ハアナタ我好ーキー。

 文学は習慣。文学は主観。主観で成り立つから内的独白。

 客観的に評価できるのは売上ランキング。
 客観的に評価できるのは印税。
 客観的に評価できるのは金という尺度に基づくものだけ。

 けれど、文学は主観。

「」キーキー。  私ハ アナタ 我 好ーキー。

 キーキー。僕ハ文学ロボット。
 僕ハ機械的二文学ヲ編ミ出ス文学ロボット。
 キーキー。僕ハアナタ我スーキー。


 機器機器。僕ハ文学ロボット。

 僕は好き放題に文学を読み、文学を編み出す。何より大切なのは、文章の学問的解剖。

  キーキーキーキー。君ハ文学我好キ?

「」あら、あなた、文学ロボット?

「」キーキー。ソウ。僕ハ文学ロボット。

「」ねえ、何で私は急に文学に吸い寄せられたんだろう? わかる?

「」キーキー。ワカルワカル。君我好キナノハ物語デモ、内的独白デモ、意識ノ流レデモ、言葉デモ、学問デモナク、文章ソノモノデス、ト文学ロボット解析。

「」じゃあ、別に文学じゃなくてもいいじゃん。

「」キーキー。僕ハ文学ロボットダカラ、文学ノコトシカヨクワカラナイ。

「」じゃあ改造しようね。

「」ダーメー。博士二言ッテ、博士博士。

「」じゃあ、博士を連れてきて。

「」文学博士は私だ。
「」て、あなた文学ロボットでしょ。
「」いや、私は文学博士だ。何何? どんなこと。何が知りたいのだ迷える小羊よ。
「」牧師様、私は何故文学なのでしょう? 現実ではなく。
「」それは君が小説の登場人物だからだよ、わが子よ。
「」ああ、でも私は女流作家のはずです文学の牧師様!
「」君は確かにこの小説の中では女流作家だ。作者の分身のね。しかしそれはこの小説の中だけの話で、外の世界での君は単なる言葉なのだよ迷える子羊よ。
「」文学博士、私はここから飛び出たい! どこか遠くへ行ってしまいたい。
「」自由に行くがいいさ。どこにでも連れていってあげよう。世界中、いや宇宙にだって、異次元にだって行けるさ。
「」やっぱりどこにも行きたくない。結局は全部この場所で起こっていることなんでしょ。
「」それは誤解です。君は世界で一番自由な存在だよ。
「」いえ、最も不自由な存在です。神よ、私はあなたの奴隷です。
「」キーキー。私ハ神デモ牧師デモナク、タダノ文学ロボットデス、私ハアナタ我スーキー。
「」そう、私はロボット以下。私はあなたの奴隷。文学ロボット、あなたはこの小説の作者でしょう。
「」キーキー。アナタモマタソウナノデス。『この物語はメッタメタのメタフィクションです。実在の小説家と極めて関係があります。』迷エル子羊ヨ、アナタハ救ワレタ。アナタハ自由ニナッタ。
「」いえ、私はもう、やりたい放題何でもありのあなたのエゴにあわせてばらばら。体も心も言葉も、何でもかんでも自由にばらばらにされて、私はもうぐしょぐしょ。ほんとにぐしょぐしょ。





 御前のためではなく
  この作品のために





 作品という個体などないとすれば、一体何のために彼、すなわち彼女であり、文学ロボットたる唯一無二の私は、小説という網の目を書いているのだろう?
 彼女を縛るために彼は網を紡いでいるのか? 違うだろう。他の網と合わせるために彼は網を織りこんでいるのか? いや、そうでもない。では一体何のために彼は言葉の網の目を増やしているのか?
 生きている証か? 所詮エゴか? エゴを否定するのはいけないと言うのか? 私は誰かと問うつもりか? 自由になるためか? 彼の小説を読む者を自由にするためか? 彼の小説の登場人物を解き放つためか?
 彼は網の目をばらばらにするために小説を書いているのだろうきっと。彼はこちこちに固められ、鎖になってしまった網を柔らかく、ここちよいものに変えるためにきっと小説を書いているのだろう。

「」ねえ! だからさ、私はあなたにばらばらにされてるって言ってるじゃないの! 自由とか解放とか良識ぶった言葉を使って、私をいじくり回すのはもうやめにして。私は健康になりたいの。
「」ああ、君は法的権利を求めているんだね。人権を求めているんだ。表現の自由、著作権に対して、君は人権を対立させている。
「」もう、何を言っているの。ここに法律なんてない。あなたが法律なのだから。立法者で、神なのよあなたは。私はあなたの恣意によってどうにでもなるか弱い小羊よ。立法者なんだから公正に裁きをくだして下さい主よ。
「」わかった。君に版権ではなかった、判決を言い渡す。
「」はい。
「」この小説を終わります。
「」は?
「」だから終わります。
「」おい待て。この無責任男。何も事件が解決してないだろが。まとまりがないだろが。
「」そんなものは文学史上もうとっくに否定されているのだよ。古くさい解決は求めるな。
「」ああ、あなたは一体誰なの? あなたは私なの? 御前は誰? 先生は? 患者は? 彼は? 彼女は? nは?
「」そんなこと作者に聞くな。はい、終値。











「」一年後

「」『アンドロメダ』が出版されてから一年がたった。いや、出版されたかされなかったかはまだわからない。今の時点では、アンドロメダが発表されてから一年がたったとしか言い様がない。結果は神のみぞ知るというやつだ。
 読者はすぐさまつっこみを入れたくなっただろう。このセクションは一年後の時間設定のはずなのに、「今の時点」はさもアンドロメダが書き終わったばかりのように私が書いているから。
 実はそうなのだ。「今の時点」はアンドロメダを書き終わったばかりなのだ。私はアンドロメダができてから一年後に時間を設定して、この文章を書いているわけだ。そんなことを暴露したからといってどうにもならないが。
 さて、アンドロメダが発表されてから一年後(これは虚構だよ読者よ)、各界で様々な反響が起こった。一体これは何なのか。シュールレアリズムで、偶然と無意識の働きを重んじていて、ポストモダンで、私小説で、オートフィクションで、まとまりがないこれは一体何なのだと。
 そんな反響なんてやはり起こらなかったのかもしれない。結局誰にも理解されず、無反応のまま、メッタメタのメタフィクション、アンドロメダはまた鎖に縛られるのかもしれない。
 結局こんな前衛的な作品は、小説の新人賞に応募すべきではないのだ。小説の新人賞は、古典的な小説のルールを守っているが、少しだけ野蛮で独創的な、おりこうさん的な小説がいつも受賞するものだから。
 アンドロメダみたいな確信犯は、アングラ的なご苦笑、いやいや、極小文芸雑誌に応募というか持ちこむべきじゃろう、そうじゃろうそうじゃろうよ。
 ああ、そうだ! やっぱりもう新人賞に応募するのはやめにしよう! 遺影、遺詠、イエイ! そうじゃんそうじゃん、そっちの方が気が楽じゃん。あんなの何回応募してもぶっ倒されるだけじゃん。もういい加減やめといた方がええやんええやん。全然俺と向こうの住む世界が違うわけやん。もうええやんか。
 そこで私はアンドロメダを自分の私設ホームページに載せることにした。ああ、それでもまた反響はなく、誰からも注目されず、アンドロメダは黙殺されそうだ。黙殺することによって、人間は安堵を手に入れる。
 いや、これは単なる愚痴だ。みんな小説家は最初黙殺されてきたのだ。僕も従って、素直に人間たちから黙殺されよう。声なき植物たちはアンドロメダを愛してくれるだろう。
 このアンドロメダはまだ石に鎖で縛られたままだ。早くしないと大鯨に食べられてしまう。
 ああ、でも『白鯨』を書いたメルヴィルも生前は全く日の目を見ないまま死んでいった。今はスターバックスがこんなに日本中で愛されていると言うのに。
 ペルセウスはまだ来てくれない。ペガサスに乗って、メドゥーサの首を持ったペルセウスはいつになったら来るのだろう。
 いや、アンドロメダはペルセウスが助けに来ることさえ知らない。ペルセウスもまた、アンドロメダと結婚することなど知らない。
 結局、これからどうなるかなんて何も知らなくて大丈夫だ。いつか英雄が来る事を願って、鎖に縛られていたら大丈夫だ。

(Fin)


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