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ドナースマルク『善き人のためのソナタ』

最終更新日:2008年2月21日
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善き人のためのソナタ スタンダード・エディション
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アルバトロス 2007-08-03

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by G-Tools , 2008/02/21




ドイツ映画。アカデミー賞外国語映画賞受賞。東ドイツ監視社会の様子を描いた社会派作品と聞いて、硬く難しい内容をイメージしていたのだけれど、ストーリー運びが非常にうまい。権力の腐敗とか、大人の恋愛とかテーマは重くてインテリ向けなんだけれど、エンターテインメント・サスペンス風で、僕は半ば娯楽映画として楽しんだ。こんな面白い映画みていなかったなんて損だと思った。これが初監督作品だというのにも驚いた。

国家機密組織シュタージュの監視下に置かれている演劇作家ドライマンは、自作の主演女優と恋愛関係を結んでいる。彼女は東ドイツ有力政治家とも肉体関係を持っている。別に彼女が望んで関係を結んだわけではない。権力を利用して性を強要されただけだ。なぜ誘いを拒絶しなかったのか。拒絶すれば二度と舞台にたてなくなる恐怖があるからだ。共産主義社会は万人の平等と幸福を説くけれど、その実権力が一党独裁政府に集中した結果、政治機構の腐敗と反乱分子の粛清が始まった。

ドライマンは男のところに行くなという。彼女はあなただって国と寝ているようなものよと反論する。そこでドライマンは言葉を失う。ドライマンは他の芸術家たちよりも、政府要職者と良好な関係を結んでいた。自分の作品を公表するために政府を利用しているだけ? それは政府と寝ているのと同じことだと、彼女は反論する。

彼女のこの指摘には自分自身の人生まで否定されているようでどきりとした。お金が儲かるからといって会社で働くことは、会社と寝ていることになるのではないか。寝ている、と言う言葉には否定的な意味が多分に含まれている。働いている会社が好きなり、仕事が好きなら、労働者本人にとっても会社にとっても幸せだろう。しかし、会社と寝ていると呼ばれる状態では、会社と労働者両方が満足しているようでいて、その実働く本人にはなんとはない不満がたえずある。彼は会社や仕事が嫌いなのだ。けれど働いていればステータスも得られるし、収入もいいから、働くのだ。それは会社と寝ているのと同じことよ、鋭い指摘。

彼女は政治家とあうのをやめる。ドライマンは東ドイツ国家を批判する文章を公表することにする。

自分の心と行動に、他人と居る時と自分自身で居る時に、一本筋を通すこと。筋を通すとはそういうことだ。本心と人付き合いがずれていれば、心も背骨も容赦なくねじれていく。リハビリが必要だ。ベルリンの壁はくずれた。リハビリが必要だ。

こうしてネット上に言葉を書いている時の自分は、東ドイツ国家の自殺について公表しようとするドライマンと同じように、生きている気持ちを実感している。未来の子どもなり、未来の7代後の孫が、お父さん、お母さんをもっと愛してあげてよ、ちゃんと大切にしてよと僕にささやいているイメージを持ったら、関係が好転した。同じように、7代後の読者なり、未来の僕の読者たちが、ちゃんと書いてください、たくさん文章を残してくださいと僕に願っている姿を想像することにしよう。彼ら未来の読者が生まれるために書く責任が僕にはある。

(このレビューは2008年2月10日にブログに発表した文章を転記しています)
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