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エアーズ『その数学が戦略を決める』

最終更新日:2008年1月27日
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その数学が戦略を決める
イアン・エアーズ 山形 浩生
文藝春秋 2007-11-29

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」 亜玖夢博士の経済入門 効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法 戦争の経済学 お金は銀行に預けるな   金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)

by G-Tools , 2008/01/27

著者は統計、つまり大量の情報をデータベース化して、データベースの解析結果から意思決定した方が、個人の長年の経験、直感、判断から意思決定するよりも、確実でコストも低いという持論を展開します。

かつては大量の統計情報を利用するにはコストがかりましたが、コンピューターと情報ネットワーク技術が発達した現代では、すぐさま大量のデータベースを構築し、誰でも利用することができます。統計情報の活用が専門家の判断より優る、情報受益者側にとって成果が上がっているという事例が、ワイン、医療、野球のスカウト、ハリウッド、販売、教育等様々な分野の事例を通して検証されます。

医療の現場では、医師の判断によって処方するよりも、統計情報を利用した方が患者にとってプラスになる結果が出ているそうです。今まで医師は教育で得た知識と長年の経験に基づき処方してきましたが、当然誤診も出てきます。新型のウイルスなり、自分が知らない病気と向き合った時どういう行動を取ればベストなのかは、データベースを利用すればすぐわかることです。新種のインフルエンザが広まった時は、ネット上の医師同士の情報交換場にアクセスすれば、地方の病院に勤める医師でも、症例、対策を把握できます。

統計情報の利用は個人の判断より優れた成果をもたらすという学説に対しては、多くの専門家から反対意見が出ます。統計情報を利用するようになれば、専門家は不要になりますし、彼らの給料なり社会ステータスも下がります。著者は既得権益の保持を目的に反対意見が出るというより、人間は自分の判断が合っていると信じたいがために反対意見が出るのだろうと推測しています。しかし、個人の意思決定は個人が持つ偏見によって歪められます。例えば、自動車の販売では、顧客の人種、性別、身なりによって、営業員が提示する金額に偏りがあるという研究結果が記載されています。

統計情報に基づき情報提供する専門家は、個人の判断で意志決定していた専門家よりも、マニュアル化、ロボット化された人間という印象があります。個人の創造性、自主性が阻害されるのではないかという反論に対して著者は、統計に基づく情報提供の方が、ユーザー側の自主性、自由選択、創造性を活性化すると主張します。例えば、統計によってベストと見出されたダイレクト・ティーチングの技法を教師全員にマニュアルに基づいてやってもらうとします。教師は自分で考えた授業を進めた時より、創造性の余地が少ないですが、子どもたちの方は、基礎学力が向上します。基礎学力が身についた子どもは、基礎学力がない子どもより、自由に創造性を発揮していきます。つまり、統計利用は、専門家の自己満足より、ユーザーが得る成果を重視するのです。

統計情報を使う側が、エゴを満たすためにデータを悪用するのではないかという反対意見もよく耳にします。これに対して著者は、統計を使わない場合でも、専門家は権利を悪用していると反論します。統計を利用するしないに関わらず、情報提供者側には、倫理、道徳、責任が求められるのは当然です。

どの映画がすばらしいのか統計に基づき、ヒットする映画に必要な要素を見極めてから、映画制作を始めるとします。多くのハリウッド人はこの提案に商業主義的な匂いを感じ、ひどい嫌悪感を示したそうです。著者は、現在でも作家、俳優の創造性は商業主義、関連会社の利権によってがんじがらめになっているし、むしろ社長や幹部の偏見や個人的意見によって、たくさんの才能がだめになっていると反論しています。ここでも著者が一貫して主張しているのは、専門家、情報提供者側の偏見だらけの自己満足よりも、大量データに基づく客観的情報の方が、ユーザーにとって有益だし、成果があるということです。
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