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ウィルソン『人間の本性について』

最終更新日:2008年2月22日

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人間の本性について (ちくま学芸文庫)
エドワード・O ウィルソン Edward O. Wilson 岸 由二
筑摩書房 1997-05

知の挑戦―科学的知性と文化的知性の統合 生命の未来 ナチュラリスト (上) 社会生物学の勝利―批判者たちはどこで誤ったか ナチュラリスト〈下〉

by G-Tools , 2008/02/22



ピュリッツァー賞受賞の一般向け科学書籍です。著者は社会生物学者。アリ社会の研究で有名です。この本は社会生物学3部作の3作目。この本は著者が生物研究から得た自然科学の知識を元に、人間および人間社会を考察しようとした挑戦の書です。

著者は専門とするアリに関する研究書のほかに、こうした人間研究、人文科学と自然科学の統合を目指した本を発表しています。また最近では、人間の社会活動によって絶滅する種が余りに多いことを警鐘する、生命多様性擁護の著作活動も積極的に行っています。

ダーウィン流の進化論、遺伝子の考え方から人間を他の動物と同じように分析しようとする著者および『利己的な遺伝子』の著者ドーキンスの姿勢には、賞賛の声と同時に、人文系の知識人たちから拒否反応が多く寄せられました。自然科学的な説明には、一見して神秘的なところ、情愛的なところがなく、無味乾燥で殺伐とした印象が得られます。拒否反応はダーウィンが神による生命の創造を否定して、生命自身の自然選択による進化を主張した時も数多く寄せられました。

現代科学は、専門分野の狭い領域で新しい発見をすることが評価され、啓蒙主義などかつての時代にはあった学問全体を統合しようとする意志、仕事が見られなくなったというのが著者の意見です。

人間の本性の考察ということで、社会制度、家族、攻撃性、文化、性、宗教などについて、生物学的知見をもとに分析されていきます。なぜ男女は愛しあうのか。なぜ愛しあう過程にめくるめく快感がともなうのか。人間を特別視することなく、他の種と同様に考察するなら、子どもを作ること、生まれた子どもを長い年月をかけて育て上げることには、大きな労力がともないます。それでも子孫を作ることに意義を見出せるよう、愛しあう過程に快感が生じるようになったというのが著者の説です。この部分だけだとロマンティックな仕事には見えないですが、様々な知識を組み合わせて真実にせまっていく過程には、科学者の情熱が感じられます。

男はより多くの女性と関係を結ぶ方が、確実に子孫を多く残せる。プレイボーイになることが男のというか、男が持つ遺伝子の生存戦略にとっては重要です。一方、女性にとっては自分と子どものことを長い間愛してくれる男性と結ばれる方が、確実に子孫を残せます。男性の生存政略と女性の生存戦略は対立するのですが、逆に男性も女性も同じ生存戦略が最適だとすると、一度結ばれた男女はずっと関係を結ぶわけですから、なかなか相手を見つけることができない人が増えてきますし、生まれ故郷近縁で手っ取り早くパートナーが見つかるようになるため、生命の多様性も失われてきます。

こうした学説には、ダーウィン流進化論を支持する古生物学者のグールドからも反論が寄せられます。科学的言説を装っているけれど、実は社会通念を反映した偏見の助長に過ぎないのではないかというわけです。現代では男性の役割、女性の役割が流動化し、ユニセックスになってきています。ウィルソンも男女の固定的役割が変わることを評価しています。狩りや筋力を使う仕事が重要な時代では、男女の役割が分かれて固定されますが、力の誇示が不要になってくれば、役割期待はならされてきます。短距離走、重量あげ、マラソンなどの競技では、男性選手と女性選手の記録の間に差がみられますが、クレーン射撃など筋力が重要でなく、集中力や正確さが求められるスポーツでは、男女差が解消されます。将来的にはこうしたスポーツや文化活動が主流になってくることをウィルソンは期待しています。

(このレビューは2008年2月9日にブログに発表した文章を転記しています)
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