ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』
最終更新日:2008年1月27日
(以下の書評は2007年12月にブログにて発表済です)
ピュリッツァー賞受賞の歴史書。なぜユーラシア大陸の人々が南北アメリカ、アフリカ、オーストラリア大陸の人々を征服できたのか。また、何故逆にネイティブ・アメリカンやアボリジニの人々がヨーロッパを征服する歴史にならなかったのか。その謎を様々な学問を利用して解く。
新大陸を征服したヨーロッパの人々は、鉄と、病原菌と、銃を持っていた。征服された側の人々は鉄器も銃も持ちえなかったし、ヨーロッパからもたらされた病原菌に感染して武器で殺される前に次々と死んでいった。これが理由なのだが、では何故ヨーロッパでは鉄と銃を生み出す技術と病原菌が発達したのかというのが大きな問題となる。
ユーラシア大陸での技術発達は、採集・移動生活から、牧畜・定住生活への変化による。定住した人々は社会制度を整え、国家を作りる。食物の余剰生産と人口増により、専門職が誕生し、技術が革新される。また、動物を狩るのでなく、家畜化することによって、動物が持つ病原菌が人に感染しやすくなる。都市での人口密度の増加は、病原菌の蔓延を進行させる。こうしてユーラシア大陸の人々は、発達した技術を持ちつつ、他の大陸よりも多くのウィルスを経験した。ヨーロッパ人が他の大陸に移ると、現地の人は、ヨーロッパ人には耐性ができている病原菌にやられて次々死んで行くことになる。
では、何故ユーラシアでだけこのような進化が発生したのか。著者は、ユーラシア大陸が東西に広く、平らで湿潤で有る点に着目する。他の大陸は南北に広く、熱帯、砂漠、乾燥地帯、高山なども多いため、文明なり動植物の生態系が広まりにくいのだ。
さらには、何故文明開始当初は立ち遅れていたヨーロッパの人々が、ルネサンス以降中東地域や中国を越えて世界の覇者に昇り詰めたのかも著者は説明してくれる。最初は肥沃だったチグリス・ユーフラテス付近の自然環境も、先を見ない放牧と森林伐採によって砂漠化が進んだ。対して北ヨーロッパは森林や牧草地に恵まれており、過度の伐採も進まなかった故に、次第にヨーロッパが中央アジアを追い越していったのである。
日本では批判的に見られている遺伝子組み換え食品を、アメリカ人は体にいいもの、便利なものとして積極的に取り入れているという。新技術は当然のように、人類に害をもたらすけれど、遺伝子組み換え食品がもたらす悪影響の後でも生き残ったアメリカ人たちには、遺伝子組み換え食品を毛嫌いした国の人よりも、耐性ができていることは確かだ。科学技術は自然に悪いといって文明を拒否してきた社会の人々は、積極的に科学技術を使用してきた「先進」国に文化的、経済的に支配されようとしている。技術革新に貪欲である方が、集団の安全を図るにはよろしいようだ。
巻では中国人やアフリカ人が何故世界制覇できなかったかの理由が、地理的、環境的要因を元に語られている。興味深かった指摘は、アフリカの人種的多様性。アフリカ大陸には黒人が住んでいて、ヨーロッパの白人によって植民地化されたというステレオタイプが広まっているけれど、実際のアフリカには、ヨーロッパの植民地となるはるか前から白人、黒人、ピグミー族、コイサン族、インドネシア人が住んでいた。ステレオタイプは本当に怖い。
さて、村上龍は日本人の農耕民族っぷりを批判し、ヨーロッパ人のごとく狩猟民族となることを称揚していたけれど、この本の主張は真逆である。狩猟採集のハンター生活を続けていては、農耕牧畜国家に征服されてしまうのだ。狩猟採集社会では専門職も技術も発達しない。そうした社会では芸術家など特殊技能者でも自分の飯は自分で集めないといけない。対して農耕牧畜社会では、食糧と人口が増大し、技術も制度も発展する。何より文字が発明されて、歴史の集団的記憶、経験値を蓄積できるが故に、祖先の失敗から多くを学ぶことができるようになる。また、家畜由来の病原菌が人間集団に感染するから、ウィルスに対する耐性も強くなる。
昔から家畜は人類に病原菌をもたらしてきた。家畜由来のウィルスに対する耐性を得た民族は、他の大陸に渡った時、耐性を持っていない現地の人々にウィルスを蔓延させることができた。今でも家畜から人類を脅かす病原菌は生まれ続けている。狂牛病、鳥インフルエンザ、残留農薬、遺伝子組み換え食品、食品添加物、環境ホルモン、賞味期限シール張り替え…こうした試練をあえて経験した方がいいのか、完全に避ける方がいいのか、防ぐための新技術を必死に考案する開拓精神が必要なのか…
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