柴田明夫『水戦争』
最終更新日:2008年1月27日
(以下の書評は2008年1月26日にブログにて発表済です)
資源をとりまく経済環境に詳しい元商社社員による、水資源危機についての解説書です。冒頭、水価格が牛乳価格より高騰している現象が紹介されます。何故水など生活に必要な基本資源の価格まで上昇したのか。気候変動による生態系の激変と、資源価格に市場の論理がきかなくなったことを著者は原因としてあげています。
以前なら資源価格が高騰しすぎれば、供給が少ないということだから、代替商品が作られたり、別の供給者が現れたり、需要が減ったりして、価格が調整されていたのですが、今は資源国家が国際社会での政治的地位を上げるため、資源価格を統制しています。気候変動による資源の枯渇、人口の過剰すぎる増大は、こうした政治利用と並行して水の希少価値を高めているとの分析です。
気候変動に対して、つい最近までは人為によるものではないという反論が多かったですが、IPCCや国連の調査によって、気候変動は人為によるものだという説が国際的にも承認を得るようになりました。生命体は生態系の一部であると同時に、生態系の変更者でもあります。自然淘汰による進化では、生命体が生態系に深刻なダメージを与えることはまれです。進化や繁殖のスピードが遅いからです。しかし、大脳言語野が発達した現生人類は、文化によって進化を加速化させてきました。特に熱力学、電磁気学を発見した後、19世紀以降の人類はそれまでにないスピードで文化の進化を加速化させていますし、20世紀以降人類が環境に与えたダメージ、変更はかつてない規模のものでした。
著者は温暖化の進行がある一定の線を越えると、加速化のペースが速まりすぎて、もう止められなくなる可能性があると指摘しています。こういう事態を見ると、人類の進化は間違った方向に進んだのではないかと考えたくなりますが、進化と科学には善も悪もありません。現環境に適応する個体が生き延びて、適応しない固体は滅びる。それまでです。人類は進化の局地に陥ってしまったのか、このまま滅びるだけなのかどうかは、私たちの社会の意思決定にかかっています。
本の後半では、一国が生活を維持するのに必要な水の必要量が紹介されています。日本や砂漠の中東諸国は、計算された必要水量を確保していないのに、なぜか生活が成り立っています。この矛盾を解決するのが、ヴァーチャルウォーター貿易という学説です。
食物を作り出すには、膨大な水が必要になります。植物を育てるのにも水が必要ですが、家畜を育てるためには、彼らに食べさせる飼料にも充分な水を与えて育てる必要があります。国毎の必要水量計算には、食物育成のための水量も当然含まれているのですが、日本や中東諸国は多くの食糧を外国から輸入しているため、必要水量が確保できなくても、生活が潤うのです。著者は、先進国の多くは食物を自給しているし、今後は環境に考慮して、地域での自給自足が促進されるだろうから、日本も輸入依存から脱却する対策をうつべきだと指摘しています。
あとがきでは、全米でミツバチが激減したニュースが取り上げられていました。様々な要因が複合してミツバチの数が減ったと考えられますが、げんに日本でもハチミツの値段は上がっています。ミツバチを介して受粉していた花も滅んでいきますし、受粉してできる果物も滅んでいきます。花束や林檎の価格も高騰する。恐ろしい話です。これからどういう社会と文化を作って行くのか、意志決定する必要があります。
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