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モリスン『青い眼がほしい』

最終更新日:2008年1月27日

(以下の書評は2006年3月21日にブログにて発表済です)

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青い眼がほしい (TONI MORRISON COLLECTION)
トニ・モリスン 大社 淑子 Toni Morrison
早川書房 1994-06

ビラヴド (集英社文庫) Tar Baby ソロモンの歌 (トニ・モリスンコレクション) Sula カラーパープル (集英社文庫)

by G-Tools , 2008/01/27


大社淑子訳。早川書房、1994年。原著は1970年。

青い眼をほしいと言う黒人の女の子が主人公の一人。人種問題、性差別、植民の歴史について問題化する黒人女性文学。巻末にある著者あとがきが秀逸である。

「『青い眼がほしい』は、それについて何かを言おうとした努力の結果だった。どうして彼女には自分が持っている美しさがわからなかったのか、あるいは、おそらくその後もけっしてわからないのか、また、どうしてそれほど根本的に自分を変えてもらいたいと祈ったのか、といったことについて何かを言おうとする試みだった。彼女の欲求の底には人種的な自己嫌悪がひそんでいた。そして、二十年のちになっても、わたしはまだ、どういうふうにして人はその嫌悪感を学びとるのだろう、と考えていた。誰が彼女に教えたのか。誰が、本物の自分であるより偽物であるほうがいいと彼女に感じさせたのか。誰が彼女を見て、美しさが欠けている、美の尺度の上では取るに足りない重さしかないときめたのか。」(p240)

何故白人の文化的価値観にそって美しさを定義する必要があるのか。美しさの概念に反発して、独自の価値観を打ち出す人々もいる。

「人種的美しさの主張は、すべてのグループに共通した文化的/人種的短所にたいする自己嘲笑的でユーモラスな批判への反応ではなく、外部の人々のまなざしから判断して自分はどうしようもなく劣っていると思いこみ、それを内面化する危険への反発だった。したがって、わたしは、全民族の価値をおとしめるというようなグロテスクな事柄が、どうしてもっとも繊細な社会の一員である子供とか、もっとも傷つきやすい一員である女性の心のなかに根を下ろすことができたのか、という問題に焦点を合わせた。無頓着な人種蔑視でさえ、いかに重大な心の荒廃をもたらすかを劇的に表わそうとして、わたしは、典型的な状況ではなく、特異な状況を選んだ。」(pp.240-241)

何故小説を書くのかという質問がよく作家志望者に突きつけられるが、モリスンのように確固とした目的意識がある作家は少ない。

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