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ケニアで警察官が反政府デモ勢力を銃殺している件について

最終更新日:2008年2月22日
(ブログ記事掲載日:2008年1月19日)

アフリカでは民族対立もなく、周辺諸国に比べて治安が安定していると評価されていたケニアで、民族対立が活性化しています。原因は大統領選挙。選挙前の予備調査等では、最大野党オレンジ民主運動のオディンガ氏が当選するとみられていました。選挙中の開票速報をみても、オディンガ氏が優勢だったのですが、結果発表の段になったら、現職大統領キバキ氏が当選。野党支持層からは、政府による不正操作があったのではないかという疑惑が持たれました。

これをきっかけに反政府デモが活発化。政府はデモ鎮圧に乗り出しました。首都ナイロビでは警察官が民衆に銃撃したり、催涙弾を打ち込んだりと、被害が続発。死亡者が出ましたし、周辺諸国への難民も発生しました。

原因は根深いです。ケニアには他のアフリカ諸国と同じく、多くの民族が共生しています(アフリカは黒人ばかりというのはステレオタイプであり、アフリカ大陸は世界で一番多様な民族が住んでいる複数民族共生大陸なのです)。キバキ氏の出身はケニア国内で22%いるキクユ族です。キバキ氏は大統領になってから、多くの民族に政府要職を公平に分配するという約束を破り、キクユ族出身者を国家機構の要職に配置しました。他民族や野党の不満は高まるばかり。野党陣営は今回の選挙で民主主義的な非暴力の手続きを踏んで、政権交代を狙っていたのですが、民主的な手続きが踏みにじられたと感じた野党は、暴動を伴うデモ行動に出ました。

ここで注意すべき点は、デモと暴動は異なるものだということです。デモは民主的な抗議の手続きです。暴動は人道の理想から外れた残虐行為です。しかし、歴史上多くの地域で、デモと暴動は協働しています。民主的な手続きをもってしては、自分たちの主張は退けられると感じた有権者は、暴力行為を発動させるのです。

政府も容赦ありません。警察が市民を撃ちます。暴動を起こした人だけでなく、野党支持者とわかれば、家に催涙弾を打ち込むなり、子どもの目の前で、親に攻撃を加えます。

えこひいき、差別はどこでも存在しますが、出身民族によって待遇を変えることは、人種差別です。

警察が市民に向けて発砲したという事件を聞いて日本でも去年同じことが起きたなと思い出しました。立川市で起きた現職警察官のストーカー殺人事件です。警察官が通いつめていた夜のお店で働く女性に恋愛感情を持ち、ストーカー的に追い回しました。挙句の果てに、勤務時間中に彼女の家により、警視庁から支給されている銃で彼女を撃ち殺したのです。このニュースを見た当時は、ストーカー殺人などはよく起きていたから、たいしたことはないなと思いましたが、警視庁にとっては重大な事件だったようです。なぜなら、警察官が何の罪もない市民を銃殺しているからです、しかも勤務時間中に。

この事件をストーカー殺人と見ると普通の事件ですが、警察官が無罪の市民を銃殺した事件と見ると、事件の異常性、危機度が身に染みてきます。警察官によるストーカー殺人から、野党支持層への発砲までは、ほんのわずかな距離しかありません。

私たちが住む社会は一見平和なようでありながら、地球の別の場所では貧困、飢餓、紛争が絶えず起こっています。

憎しみの連鎖をどう断ち切るのか、哲学者、思想家、科学者、市民一人一人が手を上げる時です。


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