ホーム > レポート > 特集記事 >








ポストコロニアリズムのアイデンティティ概念の拡大
  ポストコロニアリズム,トラウマ治療理論,軍事心理学の差異をみる  




平成14年度 社会学部卒業論文
(※これは拾百間亮の学士論文です)













目次

序論

第1章 ポストコロニアリズムとの対話
1-1  取り上げる人物,文章を選択した理由
1-2  サイードを読む
1-2-1 『文化と帝国主義』を読む
1-2-2 知識人のあり方について
1-3  スピヴァク『ポスト植民地主義の思想』を読む
1-3-1 概観
1-3-2 「1 批評,フェミニズム,そして制度」を読む
1-3-3 「2 ポスト・モダン状況 政治の終焉?」を読む
1-3-4 「3 戦略,自己同一性,書くこと」を読む
1-3-5 スピヴァクの議論のまとめにかえて
1-4  トリンを読む
1-4-1 著作説明
1-4-2 アイデンティティと権力について
1-4-3 歴史と物語の違いについて
1-4-4 芸術家,作品,受容者の関係について
1-5  ポストコロニアリズム理論の包括的概念抽出

第2章 精神医学のトラウマ治療理論とポストコロニアリズムとの対話
2-1  医療人類学の批判的摂取
2-2  「心的外傷後ストレス障害」の精神医学的定義
2-3  ハーマン『心的外傷と回復〈増補版〉』を読む
2-3-1 概観
2-3-2 第1部「心的外傷後障害」を読む
2-3-3 第2部「回復の諸段階」を読む
2-4  ポストコロニアル状況とポストトラウマティック状況の差異

第3章 軍事心理学とポストコロニアリズムとトラウマ精神治療理論の対話
3-1  サイードの軍人表彰はオリエンタリズムだ
3-2  マクナブ『SAS特殊部隊知的戦闘マニュアル』を読む
3-3  知識人と知的エリートの差異

結論にかえて「抗議をやめて講義を受けよ」

文献目録























 序論  

 この論文では,主にポストコロニアリズムを扱う.論文,といっても,この文章全体は,何ら学術的に権威ある文章を書こうという意図をもって書かれるものではない.他から隔離された透明で特権的な位置に自分を置き,科学的な知の様式で判断する主体を装うことの問題性は,ポストコロニアリズムの理論家によって,何回も指摘されている.よって,この「論文」では,論文に使用するのは望ましくないとされている「私」という1人称を頻繁に使うことにする.
「わたしたちの特権を損失として捨てることを学ぶこと」(スピヴァク 1992; p25)「試してみなさい,あなたはそれが好きになるかもしれません.あなたが周縁の一部であるかのように振舞ってご覧なさい.あなたの特権を捨てることを学びなさい.」(スピヴァク 1992: p59)スピヴァクがこう書き記すように,できるだけ特権を捨て去り,特権的な位置にいた時には見えなかった周縁性に気づけるようにする.自分の書くものが中心を確立して「論文」として形成される時,どれほど多くの周縁を排除してしまうのか,「論文」主体を確立する時に起きてしまう問題点に絶えず注意しながら,文章を書いていこうと思う.
 この「論文」では,ポストコロニアリズムから生まれた新しいアイデンティティ概念をまず主軸にそえる.この新しいアイデンティティ概念に一体どれほどの可能性があるのか,ポストコロニアルという文脈を離れても,その「アイデンティティ」概念は有効性を広く持ちうるのか,それを見極めてみたい.もちろん,ポストコロニアリズムが産み出した「アイデンティティ」概念が,広く一般に浸透することで,新たなる抑圧概念となってしまうことを助長するために私はこの文章を書くのではない.むしろ,旧来の固定的なアイデンティティ概念から生じてしまう抑圧がより少なくなるように,この流動的で自由なアイデンティティ概念が,果たしてどこまで他の諸理論と共鳴し,旧来の考え方を突き崩していけるのかを私は見てみたいのだ.
 第1章では,サイード,スピヴァク,トリンというポストコロニアリズムの主要な3人の理論家が「アイデンティティ」をどのように再定義しているのかをみる.なぜ,この3人が理論家の「代表」として選ばれたのか,ビッグネームということで選ばれたことに過ぎないではないかという反論がすぐに上がろう.抑圧されているものの声のうちから,目につきやすい代表者の声だけを選び出し,それに特権的地位を与え,あとの抑圧者の声を隠蔽してしまうことは,マルチカルチュラリズムの抱えている問題として,ポスコトロニアリズムの理論家によって,何回も提唱されてきた(例えば,スピヴァク 1992;pp107-120 ).この論文でも私は,西洋知識人と同じような代表選びのあやまちを繰り返そうとしている.しかし,ポストコロニアルのアイデンティティ概念を抽出し,他の理論と対話させるということが,この論文の一応の「目的」であるから,どうしても全ての抵抗主体の声を聞くことを断念せざるを得なかった.1つの目的を選択したことによって,可能性の1つを排除することになったのだが,抑圧を産み出してしまったことの責任を背負いつつ,彼らの声を捨象してしまったことを胸に刻みながら,論文を創造したいと思う.
 改めて,なぜ,この3人か.やはり,ポストコロニアルの代表的理論家ということで,その文章の内容は非常に示唆に富むものだから,彼ら3人(彼1人と彼女2人)の理論を俯瞰的にみれば,ある程度ポストコロニアルの「中心」にある理論を抽出できるのではないかと考えたゆえであった.もう既に前の文章は,俯瞰的に見る態度,中心概念を抽出しようとする態度など,ポストコロニアル理論からみれば,問題だらけの態度を含んでいる.そもそも,ポストコロニアリズムの概念群を「ポストコロニアル理論」として一括りにして語っていいのかという問題もある.このように,絶えず自分の産み出す言説に対して警戒し,自己反省しながら進むしかないので,読者はこの遅い歩みを我慢して欲しい.論文を産み出す行為自体問題にされているのに,そこであえて科学的な論文を執筆しようとしているのだから,このように慎重にならざるを得ないのだ.
 アイデンティティについてみるということは,必然的にそれに付随する概念も考察することになる.特に,アイデンティティとは切り離せない「歴史=物語」,「権力」「知識人のありかた」,という概念群について,第1章では考察していく.歴史を物語る行為によってアイデンティティは構築されていくわけだし,他者との権力関係によって,アイデンティティは定められていく.アイデンティティを考察するサイードらは知識人である.自分の置かれている位置を絶えず問題にしなければならないため,知識人であるとはどういうことかという問題も重要になってくる.
 これらの概念を各理論家の著作群から抽出する.その後に,その過程で,比較・相違点の対比など「分析」が行われてしまうわけだが,できるだけ特権的な位置にいるこちらでまとめてしまわないように,差異は差異のまま,混沌とした状態をさらけ出せるようにしたい.
 第2章と第3章では,第1章で執筆者の恣意と独善により抽出された(できるだけ恣意と独善に陥らないように努力するわけだが,どうしてもそうなってしまうことはしょうがない.恣意などではないとごまかすことは,ますます抑圧的である)ポストコロニアル・アイデンティティ概念と,その他の学問におけるアイデンティティ概念の対話を行う.あくまで,対話である.弁証法的に2つの学問体系の葛藤が解決されて,統合概念ができてくるわけではない.差異は差異のままとして,さらけ出させる.ただし,ただ単に並べて放置するのではなくて,両者の相違点を考察し,2つの類比によって立ち現れる,何ら特権的ではない,ただ単に新しいだけの考え方などをみていきたい.
 第2章では,精神医学におけるトラウマ治療の言説を「分析」する.分析するに際して,まず分析する主体として,私は医療人類学の立場を選ぶ.もちろん,この医療人類学の立場がもつ特権性は,ポストコロニアリズムの見方によって,絶えず警戒される.医療人類学的な知の立場から,精神科医がトラウマを治療するとき,何が問題になるのかを明らかにした後に,実際にトラウマ治療理論を展開した文献として,ハーマンの『心的外傷と回復〈増補版〉』(1999,みすず書房)を取り上げ,その文章全体を医療人類学とポストコロニアリズムの知を使って,批判的に考察する.
 なぜトラウマの文献を取り上げたかと言えば,心的外傷後ストレス障害に苦しめられている人々が,第3世界で抑圧されている人々と同じような状況に陥っていると思ったからである.心的外傷の加害者と被害者の関係は,西洋と周縁の関係のアナロジーとなりうると思ったから,この理論をとりあげたまでだ.似ているようで,似ていない.単なる特権的な位置にいる執筆者の突飛な空想による類推と思われるかもしれないが,十分にトラウマ理論とポストコロニアリズムは対話できると思う.特に,ハーマンの著書の後半にある,トラウマの治療過程を叙述した部分は,ポストコロニアル状況に十分応用がきく可能性を持っている.批判するべき部分は批判して,2つの理論の対話創造を試みてみる.
 また,なぜ特にハーマンの文献を取り上げたかと言えば,ハーマンの文献がPTSDの文献としては代表作として扱われているという,またもやビッグネームばかりを表象するという私の癖が出たためである.そのような悲観的な理由の他にもいくつか弁明的な理由はある.ハーマンの文章が,フェミニストとして,既存の医学権威に反抗するようにして,より現実にあった新たな概念を打ちたてるようにして書かれていること,また,ハーマンが徹底的に被害者の立場にたって書いていることにも共感した.ポストコロニアリズムの立場にたてば,まだまだ問題含みではあるが,ハーマンが実践している治療法はポストコロニアリズムの抵抗運動に新たな側面をつけ加えるだけの魅力を持っていると判断したため,この文献を取り上げた.
 第3章では,軍事心理学の文献を取り上げる.軍事心理学とは,戦場で兵士がいかに能率的に行動できるか,どのような軍事訓練が効果的か,よい指揮官の条件は,など軍隊が勝つための方法を考える功利的な心理学である.ポストコロニアリズムの立場からすれば,西洋が周縁を抑圧するための軍事行動にも,周縁国が西洋に対抗するための軍事行動にも賛成できるはずがない.軍事行動の効率化を計る軍事心理学の考え方は,ポストコロニアリズムの考え方と真っ向から対立するはずのものである.
 ポストコロニアリズムを含めた,社会学部で習ってきた学問体系とは全く異なる言説で書かれた軍事心理学の文献は,私にとって大変刺激的だった.社会学部のイデオロギー構図からすれば,社会の規範を疑問視することなく体制に従う者,権力支配の構図,抑圧を問わないでエリートの道を進んで行く者など批判の対象にしかなりえなかった.知識人論は昔からさかんに唱えられ続けているのだが,社会内で有益な立場にたつエリートなど,まっこうから皮肉をもって批判するばかりで,彼らを生み出すために貢献している産業心理学など,はなから相手になどされていなかったのである(という思いこみは執筆者の偏見だろうか).
 全く相手にしない馬鹿にした扱い方,相手の声をまともに聞こうともしないで表象しようとする態度は,まるで19世紀以前の白人の知識人が,黒人を表象する態度に似ている.また,ポストコロニアリズムの知識人など反社会的異分子にすぎないと決めつけて,精密に彼らの本を読みもしないで罵倒する保守派の知識人の態度に似ている.軍人と知識人の言説は違いすぎていて,話が全く噛み合わない.左翼と右翼以上に,エリート軍人と反戦知識人は,全く違う価値観に基づいて生きている.その噛み合わない両者間の間での対話を第3章では試みるのである.私自身いくらかポストコロニアリズムの知識人よりの立場にあるので,その立場に固執しないようにして,軍事心理学の声を素直に聞き取ってみる.
 軍事心理学の文献で推奨されているエリート兵士は,西洋社会で一般的に推奨されているエリート像と重なる部分がある.例えば,ビジネスマンに推奨されているようなエリート像と軍事エリート像は多くの部分で重なっている.私は,それを「知的エリート」と仮に命名することにした.知的エリートとポストコロニアリズムほか社会科学の文脈で推奨される「知識人」は,同じように社会内の知的特権者なのだが,その知の在り方,および慣習=実践は全く異なっている.サイードによって推奨されるような現代的な知識人と知的エリートの違いを明確にし,かつ,軍事心理学で推奨されているアイデンティティ概念をポストコロニアルのアイデンティティ概念を使って批判する.
 さらにこの2者の呈示するアイデンティティ像に対して,第2章で取り上げた精神医学のトラウマ治療の目標とする,規範的に理想化されたアイデンティティ像がどのように関わってくるのかをみる.精神医学が推奨するアイデンティティは,いささか社会が公然と認める理想の人間像と重なっているので,軍事心理学が推奨するアイデンティティ像とも功利主義的だという点で重なっている.おそらく,精神医学の推奨するアイデンティテイ像は,軍事心理学とポストコロニアリズムが推奨するアイデンティティ像のちょうど中間あたりに位置していると考えられる.この3者の関係を批判的に整理し,問題点を考察する.
 それと同時に,第2章で試験的に試みられた,トラウマ治療の理想とするアイデンティティとポストコロニアリズムのアイデンティティとのいくらか部分的な接合作業を,第3章でも継続することとする,決して3者の合一など望まないようにしながら.
 以上この論文の全体で試みられるのは,ポストコロニアリズムの文脈で語られてきた新しいアイデンティティ概念の拡大・解放である.ポストコロニアリティ内の文脈で語られてきた新概念を新たなる支配概念として流通させるためにではなく,より多様性を増やし,自由の可能性を広げるためにこの文章は書かれる.
 ポストコロニアリズムという言葉が序論だけで何回も出てきた.この言葉は,トラウマと同じように流行の概念である.長すぎるので,ポスコロなどと簡略化されることもあるが,1章で取り上げるサイードも,スピヴァクも,トリンも,ポストコロニアリズムなどという言葉をあまり文章内でもちいることはしない.自分たちをポストコロニアリズムの人として一括りにされることを拒んでもいる.流行の言葉は,外部から押し付けられることで流通してきた.構造主義者しかり,ポストモダニストしかり.マルクスは「私はマルクス主義者ではない」と言ったのだが,彼ら知識人たちもポストコロニアリズムの流行に対して同じような侮蔑感を抱いていることだろう.私自身,序論だけで何回もポストコロニアリズムという言葉がクリシェのように出てきたことを気持ち悪く感じた.できるだけ頻繁に使いたくないのだが,別の簡略な言葉をポストコロニアリズムに与えても同じような気持ち悪さは残るだろうし,論文の目的上この言葉の反復は仕方がないことなので,今回はこの論文のえせ文化人的な言説構造をあえて見逃していただきたい.
 今後もこの論文は序論におけるように,ゆっくりとした歩みで進んでいくことを了承されたい.また,透明な主体の位置にたって,他人の文章をまとめあげるという作業にあまり価値を認めないため,テクストの読みがこの論文の骨格となる.理性的主体の立場から見れば,この論文は論文になる以前の,要約的下書きのように思われてしまうかもしれないが,そのような特権的裁定者の立場を疑うことが論文の主旨としてあるので,この体裁を選択せざるを得なかった.
 また,本来は第2章のトラウマ治療の章だけで論文を書こうとしていたのだが,ポストコロニアリズムの概念を詳細に把握する必要性が生じたことなどによって3章構成となった.各章1つで1本の論文になるほどの分量になってしまったことをお詫びしたい. 大学時代学んだことの総決算を成そうとしたら,このような分量になってしまったのだ.
 最後に,論文体裁上の若干の説明をする.脚註は各章の末尾に記入した.また,外国語で書かれた文献は,日本語の翻訳に頼った.よって,本文中の引用は全て翻訳本からとられている.引用元の発刊年の表記も翻訳本が発刊された年代であることを注意されたい.
 巻末の文献目録では,本文上で多大に引用したようなこの論文にとって重要な外国語文献については,外国語による原著の情報と日本語による翻訳本の情報の両方の情報を記した.だが,本文にそれほど密接に関係してこない外国語の翻訳本については,翻訳の情報のみを記述し,原著の情報については割愛した.このことについては,巻末の文献目録の最初にももう1度記すことにする.
 また,サイードの『文化と帝国主義』のように原著は1冊だが,日本語版では2分冊になっているものを引用する場合は,分冊の刊行年によって分類することにした.『文化と帝国主義・』ならば,(サイード 1998)と表記し,『文化と帝国主義・』ならば,(サイード 2001)と表記する.
 また,Spivakの名称の日本語訳は,『サバルタンは語ることができるか』(1998,みすず書房)では「スピヴァク」となっているが,『文化としての他者』(1990,紀伊国屋書店)と『ポスト植民地主義の思想』(1992,彩流社)では「スピヴァック」となっている.この論文では簡便さを得るため,本文及び引用元の明示でspivakの日本語訳を表象する必要が出た際は「スピヴァク」で統一することとする.スピヴァクと呼び表す方が最近は「主流」「支配的」であると判断したためである.ただし,文献目録では,厳密度を上昇させるため,各文献の表記にしたがって「スピヴァック」と「スピヴァク」の両方を使いわける.どうか混乱を避けられたい.




第1章 ポストコロニアリズムとの対話    


1-1 取り上げる人物,文章を選別した理由

 第1章では,ポストコロニアリズムの代表的理論家,サイード,スピヴァク,トリンの3人のテクストを取り上げ,彼らがアイデンティテイ,歴史=物語,権力,知識人のありかたについてどのように語っているのか,その声を聞く.章の題名は「ポストコロニアリズムとの対話」となっている.通常の論文的言語用法からすれば,分析なり,解釈なりといった言葉を使った方が問題ないようにみえる.しかし,分析すること,解釈することの危険性がこれから取り上げる人々によって語られているので,そのような科学的な言葉を使うことはできなかった.相手の文章に対して,できるだけ素直に耳を傾けること,その後自分の言葉を相手に送り返すこと,それがこの第1章である.
 何故彼ら3人を「代表」として選択したのかについて,またそれと同時に,なぜそれぞれの多くの著作のうちから,ある文献のみを取り上げるのかについての選別の理由を個別に説明する.この章で取り上げる彼らの著作を先に上げておく.サイードは,『文化と帝国主義』(・ 1998,・ 2001,みすず書房)を,スピヴァクは『ポスト植民地主義の思想』(1992,彩流社)を,トリンは『月が赤く満ちる時』(1996,みすず書房)と『女性・ネイティヴ・他者』(1995,岩波書店)を主に取り上げる.彼らの他の著作についても必要であれば各節で言及する.
 サイードを選んだわけは,恥ずかしながら,ただ単にビッグネームだからということに尽きるのかもしれない.こんな説得力のない文章は論文内では書いてはいけないはずだが,自分の弱さを認めるためにも,権威的にふるまわないためにもあえて私は書く.
 スピヴァクの文章を論理的,トリンの文章を直観的という西洋の2項対立の枠組に入れると,サイードの文章は2人のちょうど中間にあるように思える.ただし,そう見えるのは,3人をこのように並べた私の主観の影響にすぎない.
 サイードの『文化と帝国主義』は,『オリエンタリズム』(1986,平凡社)によって華が咲いたポストコロニアリズム的批評行為,学問動向のサイードに対して向けられた批判に答える形で書かれた,と「日本」の言論の通説では言われている.『オリエンタリズム』では西洋による東洋の支配が描かれていた.東洋と西洋は密接に関わっているのに,さも東洋が「他者」であるように西洋が言説構成することで,東洋を自分たちの世界から排除し,西洋の特権を維持する有り様が文学作品の分析によって明らかにされた.『オリエンタリズム』では支配構造が問われたわけだが,抵抗の可能性については,主題的に取り上げられていなかった.その点がいろいろと批判されたわけだが,その声に答えるかたちで,抵抗する主体の在り方が『文化と帝国主義』の後半で描き出される.
 抵抗主体の分析が,この論文の問題関心と重なっていたため『文化と帝国主義』がサイードの数ある著書の中から選ばれたわけである.では,なぜサイードか.やはり,単にビッグネームだからとしか言い様がない.では,なぜ3人の1番最初に取り上げるのか.スピヴァクやトリンを最初に持ってくると,話が難しすぎると感じたためであろう.『文化と帝国主義』におけるサイードの語りは,二人のちょうど中間にあるような内容であった(と私は恣意的に決定した).難解なスピヴァク,トリンの論理展開を理解しやすいものにするためにサイードは選ばれてしまっただけである.このようにこの論文は欠陥だらけで,何ら特権的なものではない.
 次に取り上げるのは,スピヴァクである.スピヴァクは,マルクス主義者であり,フェミニストであり,脱構築を使用しもする.文章は慎重に進んで行く.絶えず自分の語りが生み出す効果について警戒しており,その語りの慎重さは『ポスト植民地主義の思想』のインタビュー文にもあらわれる.
 「ポストコロニアリズムの代表的思想家」として「日本」では紹介されている.故に私はとりあげるのである.この場合でも,厳密にみていくと,他者に誇れるような論理的で説得力のある選択の理由などないのである.その語り口の厳密さ,問題意識の深さを評価して取り上げたつもりだが,ただ単にビッグネームだからであろう,やはり.
 彼女の著作群のうちから,『ポスト植民地主義の思想』を取り上げて詳細に読みこんでいく.『ポスト植民地主義の思想』はスピヴァクのテレビ放送などのインタビュー集である.論文よりは分かり易いかたちでスピヴァクの考え方の多くについて説明されているので,この著作を取り上げた.
 3番目に取り上げるトリンでは,『月が赤く満ちるとき』と『女性・ネイティヴ・他者』を読みこむ.トリンの経歴をみると,「詩人,作家,映像作家,作曲家,現在 カリジョルニア大学バークレー校教授.専攻 女性学,フィルム・スタディーズ」(トリン 1996:著者略歴)とある.経歴からして雑種で多元な印象を受ける.
 『月が赤く満ちるとき』は主にドキュメンタリー映画について語った批評とエッセイの中間のようなものである.と定義はできるが,あまり旧来の概念では分類できない著作である.そこからは,アイデンティティについて斬新で新しい見解が出てくるし,芸術家の在り方,作品の在り方についても,フランスのポストモダン思想を受け継いだ見解が語られる.非常に予言的で,刺激的な文章が展開される.スピヴァクに比べて,詰めの甘さが見られるし,いささか楽観的すぎるように思える文章だが,かといって,それを批判することはできない.新しさに向かって提言していくその文章の刺激性,有用性を評価したため,トリンのこの斬新な著作を選んだ.
 もう一方の『女性・ネイティヴ・他者』は,ある程度まとまった評論集である.ここからも文章をいくつか取り上げる.
 以上3人のテクストを取り上げるわけだが,各著作の「分析・解釈」では,はじめに言ったとおり,「アイデンティティ」「歴史=物語」「権力」「知識人」の4つの概念を抽出していくようにする.特にこの論文全体の論旨にとって中心となる「アイデンティティ」に視点を集中し,それに付随して残りの概念についても見ていくかたちになる.第1章で明らかになるのは,中心,視点,付随するものといった概念の曖昧さである.アイデンティティの問題は,必然的にマジョリティとマイノリティの問題に接続される.


1-2 サイードを読む


1-2-1 『文化と帝国主義』を読む

 『文化と帝国主義』の要約のようなものをはじめに作る.そのときに,特に注意するのは,サイードが「アイデンティティ」「歴史=物語」「権力」「知識人」についてどのように語っているのかということである.いわば,私の問題関心にしたがって,要約に似たような抽出作業が行われるわけである.
 はじめに,サイードの使う主要語句について定義する.サイードは文化という言葉に,「記述法とかコミュニケーションとか表象のような慣習実践」(サイード 1998; p2-3)という意味と,「洗練化と高尚化をうながす要素をふくむ」「おのおのの社会にある…これまで知られ思考されてきたもののうち最良のもの,それの保管庫」(以上サイード 1998; p4)という2つの意味を与える.
 サイードは文化と関連する「物語」が議論のかなめであることを読者に告げる.
 
  物語こそ,わたしの議論のかなめであり,わたしの基本的な観点とは,探検家や小説
  家が世界の未知な領域について語ることの核心には,物語がひそむこと,また物語は,
  植民地化された人びとが,みずからのアイデンティティとみずからの歴史の存在を主
  張するときに使う手段ともなるということである.帝国主義における主要な戦いは,
  土地をめぐるものであるということはいうまでもない.しかし,誰がその土地を所有
  し,誰がそこに定住し耕作するのか,誰が土地を存続させるのか,誰が土地を奪い返
  すのか,誰がいまの土地の未来を計画するのかが問題になるとき,こうした問題に考
  察をくわえ,異議をとなえ,また一時的であれ結論をもたらすのは物語なのである.
  ある批評家が示唆したように,国民そのものも物語である.物語る力,あるいは他者
  の物語の形成をはばむ力こそ,文化にとっても帝国主義にとってもきわめて重要であ
  り,文化と帝国主義とを結びつける要因のひとつともなっている.
                           (サイード 1998;pp3-4)

 西洋発のテクスト理論などでは,一時期直線的な物語という概念が批判された.それにともなって,1つの線に従って発展成長していく歴史という概念も否定された.しかし,サイードはあえて物語という概念を復活させる.物語も歴史も終焉したというが,世界をみればいたるところで物語行為が行われている.西洋の知が,第3世界での歴史を生み出す運動をないものとして欄外に扱っていることが,暗に批判されているのである.
 引用の最後に出てきた言葉,この著作の題名ともなっている「帝国主義」を,サイードは「遠隔の領土を支配するところの宗主国中枢における実践と理論,またそれがかかえるさまざまな姿勢」(サイード 1998; p40)と定義している.
 サイードは物語=歴史概念を議論の中心にすえると宣言している.では,アイデンティティについてはどうか.先程サイードが定義した文化の2番目の意味,文化=教養が,アイデンティティの源泉であるとサイードは言う.「文化(=教養)が『われわれ』と『彼ら』を区別する」(サイード 1998;p4).サイードは,アイデンティティが文化によって創られることを事実として認証しはするが,そのアイデンティティの創られる過程を問題視する.

  文化区分とか文化的差異によって,わたしたちは,ひとつの文化をべつの文化から区
  別できるようになるだけでなく,文化がどの程度まで,権威と社会参加によって構成
  された人間的構築物であるかについて,文化が,みずから吸収したり高く評価するも
  のに対してはいかに寛容で,みずから排除したり軽んじたりするものに対してはいか
  に不寛容であるかについて,理解できるようになった.
   国民国家として既定される文化すべてに,主権と支配と統治を求める野望が存在す
  ると,わたしは信じている.…と同時に,逆説的なことだが,歴史的・文化的経験は,
  じつに奇妙なことに,つねに雑種的で,国家的境界を横断し,単純なドグマや声高な
  愛国主義といった政治的行動などを無視してかかる.このことを,いまわたしたちは
  気づきつつあるが,昔はみえていなかった.文化は,統一的で一枚岩的で自律的など
  ころか,現実には,多くの「外国的」要素や,他者性や,差異を,意識的に排除して
  いる以上に実際はとりこんでいるのだ.(サイード 1998; p50)

 実際の状況として,アイデンティティが創られる時には,自己と他者は複雑に混ざり合うし,アイデンティティが完成した暁にも,自己の中には絶えず他者の要素が混入している.しかし,アイデンティティが表象されるとき,自己は完全に自分が一枚岩であるという虚構を主張し,劣等だと自分が思う他者を自己から排除する.排除される他者は自己の中に混ざっているから明確に他者ではないのに,「あれは他者だ」として排除してしまうのである.この個人におけるアイデンティティ論を,西洋が自己を確立する様式に重ねたのがポストモダンの知識人たちであった.サイードらポストコロニアリズムの思想家はその考えを徹底させ,より排除される第3世界の側にたって立論していくのである.
 ここまでは,サイードが「アイデンティティ」をどのように捉えているのかという問題関心にしたがって,彼の著作からエッセンスを抽出してきたわけだが,ここからは批判しつつ要約する行為に移行する.そして最後に,アイデンティティを中心にして抽出した概念の整理を行う.
 サイードは彼の考えを論理的に証明するために,著作のなかで批評行為を行う.第1章,第2章では,西洋の文学の正統として認められてきた大作家であるコンラッド,オースティン,ディケンズ,カミュらの作品が,いかに帝国主義の思想,戦略の影響下にあるかを,作品の読解に沿ってみていく.「テクストを読むときに,わたしたちはテクストを,テクストに流れ込んでいるものと,作者がテクストから排除したものの両方に関連づけて読まなければならない.」(サイード1998; p139).その「対位法的」と彼がいう読みによって,帝国主義と小説との関係が明らかにされる.「そこでわたしが特定すべきは,小説による貢献がいかなるかたちでおこなわれたかであり,またこれとは逆のことだが,一八八〇年以降浮上し蔓延したより攻撃的で帝国主義的な感情を,どうして小説は緩和することも禁ずることもなかったのかということである.」(サイード 1998; p180)(註1).
 日本語版の第2分冊にあたる第3章,第4章でサイードは,西洋が他者を取りこんでいるという事実を指摘することにとどまるだけでなく,排除された他者によってこそ西洋が成り立っているという論点を主張する.そこでとりあげられるテクストは,ファノンら植民地側の知識人が書いたテクストである.
 第3章では,西洋の支配に対していかに抵抗していくかという,抵抗する主体の問題が語られる.抵抗する主体のあり方については,西洋の知識人側からも,抵抗する側の知識人側からも,様々な批判が寄せられている.

   まさにこれが抵抗にまつわる悲劇めいたなりゆきなのだ.つまり抵抗は,帝国文化
  によってすでに樹立された諸形式,あるいはすくなくとも帝国文化の影響をうけ,帝
  国文化にどっぷりつかった諸形式,それらを再発見し利用することを,どうしても余
  儀なくされるからである.(サイード 2001; p35)

 抵抗する主体が抵抗のために持ち出すナショナリズムなどの理論は,西洋の知からの借り物にすぎない.抵抗が達成されても,新たに作られるシステムが西洋のシステムの繰り返しとなる可能性もある.「支配に抵抗する新たなアイデンティティの構築」という視点からも,この議題は本論にとって注目すべき問題である.
 サイードは,脱植民地化における文化的抵抗の3つの大きな主題をあげる.彼が私や西洋の知識人と同じように,ただ単に「3」というマジックナンバーにこだわったため,多様なはずの抵抗は3形態に縮小されてしまっているのであるが,サイードは3つが相互に関連しているという注意を沿える.
 第1は,「民族共同体の歴史を,まるごと,首尾一貫したかたちで,全体的に見渡す権利を主張すること」(サイード 2001; p44)である.この態度をとる場合は,「ローカルな奴隷物語や精神的自叙伝や投獄回想録が,西洋列強の記念碑的な歴史書や公式記録や俯瞰的な擬似科学的観点をむこうにまわした対抗手段となる.」(サイード 2001; p45).民族の文化・歴史が活性化され,新たな想像の共同体が創られようとする.サイードは,それが1つの民族による1つの文化というだけでなく,スペイン領アメリカにおけるようにクレオール社会によるクレオール文化になることも指摘しているので,ノスタルジックな歴史の創造を一辺倒に批判しているわけではない.
 第2は,
 
   抵抗を,帝国主義に対する単なる反応ととらえるのではなく,人間の歴史を構想す
  るオルターナティヴな方法とみなす考え方である.とりわけ留意すべきは,このオル
  ターナティヴな再構想が,文化間の境界を越えることなくして,礎を築けないことだ. 
  ある魅力的な本のタイトルがしめしているように,宗主国の文化に,文筆で逆襲する
  こと,オリエントやアフリカに関してヨーロッパ人がこしらえた物語を撹乱すること,
  ヨーロッパ人による物語を,それよりももっと遊戯的で,もっと強力な新しい物語様
  式に取り替えること,これがこのプロセスの主要な構成要素となる.
                           (サイード 2001;pp45-46)
 
 第1の抵抗の主題は,抵抗を強大な支配者に対しての反抗としてしか捉えきれていなかった.支配と抑圧の2項対立の枠組を是認したうえでの抵抗だったのに対して,第2の抵抗の主題では,抵抗運動というものを,支配に対する反抗としてのみ捕らえるのではなく,ヨーロッパ発のものとは全く違う新しい歴史構想の試みととらえている.
 第3の主題は,「分離主義的なナショナリズムから明白に離反し,人間の共同体と人間の解放を統一的に考える傾向」(サイード 2001; p46)である.第1,第2の主題とも形は違えど「ナショナリズム」の概念内で事象を捉えていたのに対して,第3の主題ではナショナリズムの考えを抵抗の文脈に持ちこまない.
 かといって,サイードは先進的知識人を気取ってナショナリズムを否定しさるわけでもない.

   ただし,単純な反ナショナリズムの立場を標榜しているだけと,ここで誤解された
  くはない.組織化された政治活動としてのナショナリズム  共同体の復権,アイデ
  ンティティの主張,新しい文化実践の台頭  が非ヨーロッパ世界のいたるところで
  西洋の支配に対する抵抗を刺激し推進してきたことは歴史的事実である.この事実に
  抵抗することは,ニュートンによる重力の法則に抵抗することと同様,無駄である.
                       (サイード 2001; p48)

 それでは,サイードの節の最後になったので,西洋的な思考法の伝統にしたがって,『文化と帝国主義』内で語られてきた『アイデンティティ』がどのようなものであるかをまとめてみる.
 アイデンティティとは,西洋が表象してきたような1つの確固として自律したものでなく,複雑な相互依存によって成り立っている,というのがサイードの呈示するアイデンティティ概念である.自己を確立して他者を排除していこうとする権力の働きを警戒する姿勢がうかがえる.
 
   文学経験は,たとえいくら国境が定められていても,またいくら強制的に制定され
  た国民的自律性が存在していても,たがいに重なりあい,相互に依存しあうのであっ
  て,この現実的な新形態をわたしたちがひとたび受け入れるなら,歴史も地理も,新
  しい地図として,新しく,はるかに流動的な実体として,新しいタイプの関係性とし
  て,生まれ変わるはずである.(サイード 2001; p213)
 
 アイデンティティの構築には,文化,文学という物語が影響する.一枚岩な文化,明確に線引きがなされた境界という誤った概念を捨て去り,実際にある文化の複合的な状況を受けいれれば,アイデンティティも流動的な関係として表象されるはずだという意見である.
 以下でも度々確認されるが,サイードもスピヴァクもトリンも,この論文では主題としてあげなかった表象の問題が議論の中心となっている.生物学的に確認されるような事実よりも,言葉による表象,文化の方を重要視する.表象の恣意性を疑う立場にたてば,生物学という科学知も文化によって表象され,作られたものにすぎないという見解となる.表象がいかに他者を支配し,抑圧することに貢献しているのかが語られる.議論の大前提となるのは,表象と具体的現象を混同しないことである.
 しかし,言葉の理論一辺倒では,様々な現実の実践が抜け落ちてしまう.実践と言葉との間をどうつなげるのか,これが本論文の大きな主題であり,彼らの闘いでもある.実践とポストコロニアリズム理論との対話は,本論文の第2章以降で試みられる.
 歴史=物語,権力などについてサイードがどう捉えていたかは,アイデンティティ概念を抽出する過程で明らかにした.すなわち,歴史=物語は,その物語内にいる人々の,国家のアイデンティティを作りあげるし,ある物語が別の物語を破壊し領土を占拠してしまう場合もある.権力については,フーコー的な微細で,個人の抵抗が不可能な権力観を離れ,帝国主義というコンテクストで権力を扱う.帝国という支配者に対して抑圧者は抵抗が可能であるし,別の歴史観,価値観で支配概念を解放させることもできる.
 

1-2-2 知識人のあり方について

 知識人のあり方についてはあまり触れなかったので最後に説明しておく.簡単に言ってしまえば,サイードのように支配体制を問い,抑圧者の立場にたって現状の刷新をはかるのが,サイードの考える知識人像である.支配体制の価値観を疑わないものは知識人とは呼べない.知識人は虚構を暴き,本質主義的分類法の誤りを正すのである.
 
   文化批評をこととする知識人にとってなすべきことは,アイデンティティ中心の政
  治を所与のものとして受け入れるのではなく,いかにしてすべての表象が,いかなる
  目的によって,いかなる人物によって,いかなる構成要素によって,構築されている
  かを示すことなのである.(サイード 2001; p207)

知識人とは全てサイードのように左翼にならなければならないのか,という批判に対してサイードは『知識人とは何か』(1998b,平凡社)のなかでこう答えている.

  ただし,講演のなかで試みたのは,知識人について,右翼か左翼かを取り沙汰するこ  
  とではなく,その公的活動が予測できない意外性にとみ,その発言がなんらかのスロ  
  ーガンや党の綱領や硬直化したドグマにとりこまれたりしない,そんな人間として知  
  識人を描くことであった.わたしが示唆しようとしたのは,知識人個人にとって,人  
  間の悲惨と抑圧に関する真実を語ることが,所属する政党とか,民族的背景とか,国  
  家への素朴な忠誠心などよりも優先されるべきだということである.
                            (サイード 1998b; p15)

 明快な政治的闘士としての知識人像が浮かび上がる.「真実」などという古い概念を使っているし,やはり文学批評を離れたらサイードは単なるアジテイターではないのかという疑惑が浮かんでくるが,知識人と専門エキスパートの違いなど示唆に富む議論もこの本にはある.サイードは,現代の専門家の権威に盲従し,社会の支配体制を疑わない姿勢を批判する.
 この問題については本論の第3章で再び取り上げる.これでサイードについての議論は終わる.


1-3 スピヴァク『ポスト植民地主義の思想』を読む

1-3-1 概観

 スピヴァクのテクストにおいてアイデンティティがどのように語られているのかをみるために,主に『ポスト植民地主義の思想』(1992,彩流社)を取り上げて解読する.難解極まりない彼女の文章叙述は,論理的に語ることの危険性に対する警戒心から生じている.あまりアイデンティティの問題に固執することなく読んでいくが,仕方ない程度に本論文で注目する概念が取り上げられることだろう.本論文で解析するのは,『ポスト植民地主義の思想』の収録順番1つ目,2つ目,3つ目の,3つのインタビューである.
 

1-3-2 「1 批評,フェミニズム,そして制度」を読む

最初のインタビュー,1984年6月になされた「1 批評,フェミニズム,そして制度」をとりあげる.エリザベス・グロツというフェミニストの質問に答えるかたちでスピヴァクの思想が述べられている.まず最初にグロツによって,理論と実践の間にある亀裂の線に沿って,別の領域にあるかのように思われているテクスト性と政治の領域の2つを,スピヴァクはどのような関係にあると捉えているかが質問される.
 スピヴァクはテクスト性の概念を,世界の世界化という概念と関係づける.スピヴァクは,西洋が領有した土地には,帝国主義者の計画に従って西洋の言葉が書き込まれ,その言葉によって土地が管理されていったという.「さてこうした世界化は,実際には,テクストにすること,テクスト化であり,技術化であり,理解されるための客体化です.」(スピヴァク 1992; p12)テクストになることで,多様なものが既成され,世界が構築されていくわけである.テクスト性の概念は,このテクストの世界化を調査するために作動する.

  テクスト性の概念が通常していることは,「テクスト」に対抗して,「事実」や「
  生」や「実践」として優位に定義づけられているものは,実践されうるようにある程
  度,ある一定の方法で世界化されている  そのことを調べることです.・・・一般
  化されたテクスト性の概念であれば,実践とはいわばテクストの「空白」であるけれ
  ど,解釈可能なテクストによって囲まれていると言うでしょう.そうした概念は実践
  の内部での不可避な権力分散を,チェックすることを許します.それは実践の特権化
  が実際,理論の前衛化におとらず危険であることに気づいているからです.ひとが
  「書くこと」というとき,それはつまりこうした種の,実践力の限界の構造化なので
  す.実践の彼方にあるものはつねに,実践を組織していることを知りつつ.
                          (スピヴァク 1992; pp12-13)

 実践とはブルデューやフーコーのいう言語化されていない慣習行動のことである(ブルデュー 1990,フーコー 1995,山本 1997などを参照せよ).慣習行動実践は,テクスト化しきれない「空白」なのだが,テクストによって組織され,制度化されている,よって,実践をテクスト抜きで特権づけることには注意が必要なのだ.
 この後,知識人の実践,あり方についての質問がなされる.スピヴァクは「アメリカ合衆国の内部でさえ「知識人」と呼べるものは実際は存在しないのです.社会的生産にたいして,同じ役割とか,実際権力を行使しているといった,「知識人集団」と呼ぶことの出来る集団は実際は存在しないのです.」(スピヴァク 1992; p15)と知識人に対して批判的な見方を呈示する.
 スピヴァクは,「知識人」は制度の内部での占める位置によって定義づけられていると言う.制度に対して非 制度的環境はどうあるべきかという質問に対しては,「非 制度的環境などは存在しないと思います.私見では制度は,とりあえず切り離してみるどんな制度でも,孤立して存在してはいないので,ひとが実際吟味しなければならないものは,ますます関係性によって規制されています.」(スピヴァク 1992; p17)と答える.制度外の空間など存在しない,孤立しているものなどないという考え方は,「中心 周縁の定義という観点での,周縁に近接した空間でさえ制度の外部ではない」(スピヴァク 1992 p17)という考えにもつながる.1つで成り立つものなど1つもなく,「制度の彼方」にあると思えるものも,他の制度との関係性によって規定されているのだ.
 あらゆる実践もテクスト,制度によって規制されているとすれば,どのような解放が可能なのか.
 
  わたし自身はいつもではないのですが,時々,制度の彼方に回復を可能にする策を見
  いだしています.制度と対決するのでは可能になりません.私見では,・・・魅惑的
  な空間を創造可能にしている許容しうる文化の政治学の内部で,時々「制度の彼方」
  と自己定義しうる新たな制度が繁栄することが許されます.だから制度の内部の文化
  の解説の生産の仕事は,途切れることなく持続できるのです.
  (スピヴァク 1992 p18)

 ここでスピヴァク自身のある程度の位置が明らかにされている.制度の彼方も制度に規制されているのであるが,それでもいくらか現状よりは魅惑的である.それを目指して,スピヴァクは学問制度内での知識の生産を行う.
 続いて,知識人そのものの問題を離れて,フェミニスト知識人の役割をどう考えるのかという質問があがる.質問文はこうである.「代表/再現の政治学を避けることはどうすれば可能でしょうか  他の女性たちのために,あるいは彼女たちを代表して,わたしたち自身の固有性や差異を投げ出すことなく,彼女たちの固有性,その差異を保持することは.」(スピヴァク 1992; p23)この質問は明らかに『サバルタンは語ることができるか』(1998,みすず書房)で提出された問題を意識した質問である.『サバルタンは語ることができるか』で,スピヴァクは,サバルタン(従属的地位に置かれている人,例えば第3世界の被抑圧者の女性)は語ることができないというテーゼを出した.知識人がサバルタンを語るとき,彼女たち自身の声は常にかき消されてしまうと言う.また,彼女たちはさらに第3世界内の権力者によっても表象されるが,その時でさえ彼女たち自身の言葉は権力者によって消されてしまうと言うのだ.
 現地の人々と,かつての抑圧関係を繰り返さないようにして,どのように語り合うのかという問題を示しているこの質問に対して,スピヴァクは「わたしの試みはわたしたちの特権を,損失として捨てることを学ぶという慎重な計画です」(スピヴァク 1992; pp23-24)と答える.知識人としてもつ権威,理論の権威づけに対抗し,実践を行うには,特権を捨てなければならない.捨て去れば,今までは理論によって見えなかった実際の多様性が見えてくると言うのである.
 先鋭的な西洋の知の間では,理論を常に純粋化していくことが求められる.普遍主義も,本質主義も過去の理論的誤謬ということになっているのだが,スピヴァクは理論化の行き過ぎに警鐘を鳴らし,実践のために,時には普遍主義や本質主義的立場をとる必要もあると言う.
 
  その時/契機においてわたしが普遍的言説を選んだのは,わたし自身を普遍性を拒否
  するものとして規定するよりも  普遍化,最終決定はいかなる言説においても還元
  できない契機であるので  普遍よりむしろ固有なものとしてわたし自身を規定する
  よりも,普遍的言説において何が役にたつかを調べるべきであり,またそれからその
  領域の内部で,そうした言説がその限界とその挑戦にどこで出会うかを調べることに
  進むべきであると感じたからです.わたしたちは戦略的に,普遍的言説ではなく本質
  的言説を再度選ぶべきであると思います.(スピヴァク 1992; p27)

 普遍性,本質を単純に拒否するのでなく,普遍的言説や本質主義の立場に戻ってみて,その言説の有用性と限界を調べるべきであるとスピヴァク言っている.ここでスピヴァクは,脱構築の純理論的な身振りの必要性を肯定はするが,反生産的だから全面賛成もできないと言う.
 
  わたしたちがフェミニストの実践や,理論に対する実践の権利づけについて語るとき
  ですら,わたしたちは普遍化しています  一般化だけでなく普遍化しています.本
  質化,普遍化,存在 現象学に「イエス」という契機は還元不可能ですので,少なく
  とも目下のところそれを位置付けようではありませんか.わたしたち自身の実践につ
  いて慎重になって,それを否定するといった全面的に反 生産的な身振りをするより
  も,出来る限りそれを用いるようにしてみようではありませんか.
                            (スピヴァク 1992; p28)

 ここに実践的,生産的活動をも行うスピヴァクの知識人像が伺える.スピヴァクは,脱構築には,労働の国際分業の問題が入っていないとも言う.フーコーも,デリダもポスト構造主義の知識人たちは帝国主義の働き,労働の国際分業の問題は扱っていない.ここにスピヴァクらポストコロニアリズムの思想家の活動領域がある.
 最後の質問として,グロツは脱構築,マルクス主義,フェミニズムをスピヴァクは仕事にしているが,3者間にあるぎくしゃくとした関係は和解可能であるかとと問う.それに対してスピヴァクは,「還元できないけれど不可能な仕事とは,フェミニズム,マルクス主義そして脱構築の言説の内部に,断絶を保持するということだと思います」(スピヴァク 2992 p33)と答える.(註2)
 スピヴァクは,統一することは避けなければならないし,差異ばかりを強調することも避けなければないと言う.マルクス主義の統一的方向には,脱構築の抑止が働き,脱構築の解体方向には,べつの2つの抑止が働く.
 
  勿論,脱構築は,  わたしたちはあなたのご質問の中でその一部をすでに練習しま
  したが  単にテクスト主義で,それは秘儀的であり,自己拡張ばかりに関心をもち,
  虚無主義である等です.フェミニズム,マルクス主義,ずっと最近の脱構築の形態学
  の膨大な資源を活用することに興味のある人や,人々,集団の役割は,断絶を保持す
  ることの仕事の領域にあると思われます.そして究極的にはそれは不可能な仕事だと
  わたしは申しあげましょう.といいますのも,最終的なものとして仕上げることは,
  それ自身不可能で,還元できないものだからです.優美な一貫性を求めることや結果
  として敵意を産むことになる連続主義の言説を産み出すよりは,こうした断絶をそう
  した意味で保持することです.(スピヴァク 1992 pp34-35)

断絶は決して否定的な意味で使われているのではなく,完成の暴力性を避けるための肯定的な意味で使われている.かつ,完成は不可能であるから,断絶さえ完成しないのだが,それでも目標として保持することは必要である.

1-3-3 「2 ポスト・モダン状況 政治の終焉?」を読む

 続いてインタビューの2番目,1984年になされた「ポスト・モダン状況 政治の終焉?」の解説にうつる.スピヴァクは,ホーソン,アロンソン,ダンと討論を行う.脱構築およびポストモダンの運動についてスピヴァクはこう解説する.

  もしデリダとリオタールをこのように一緒に纏めることが出来るなら,彼らの気づい
  ていることは,わたしたちが語ることしかできないということであると思います.だ
  からそれは語りに宣戦布告するといった問題ではなく,彼らが,語る本能は必ずしも
  世界の諸問題の解決にはならないことを理解していることです.そこで彼らの関心事
  は語りの限界を見極めること,「これが歴史である」とわたしたちに語っている物語
  を創っている,または「これが社会正義をもたらすものである」とわたしたちに語っ
  ている物語を造り上げている物語性を見極めることです.
                          (スピヴァク 1992; pp40-41)

 脱構築は目的をもった歴史=物語から取りこぼされるものを想像するという.語りへの挑戦というよりも,語る行為の限界を見極めることに重点を置くこと.語りはそのままテクスト性の概念にもつながる.ただし,全てが語りだというと,「人はリアリィティを語られないものとして見始めます.ひとはそれは語りではなく,事物の有様なのだと言い始めます」(スピヴァク 1992; p41)という問題も起きる.スピヴァクは実践を重視しはするが,その実践には絶えず語り,テクスト,制度が侵入していることを忘れはしないのである.
 さらにスピヴァクは,デリダらの言っているテクストは,少しも言葉のテクストなどではないと注意を促している.

  彼らが政治哲学や歴史哲学やなんであれ,実際の言葉による物を読むとき,彼らはこ
  うしたことがらはまた言語で産み出されていることを示したくなるのです  それら
  が言語で産み出されていることを忘れる傾向があるからです.その点でテクストは言
  葉で理解されているといえるでしょう.けれど彼らがテクストしか存在しないなどと
  語るとき,彼らはひとつのネットワーク,織りについて語っているのです  それを
  名付けることができます  政治的 心理的 性的 社会的な織りと名づけます.そ
  れを名づける瞬間に,それよりも広いネットワークができます.そしてわたしたちは
  ある程度まで,近づけない終わりを持った,より大きなテクスト/ティシュー/織りの
  内部にある結果であるという概念は,すべてが言語であるということとはきわめて異
  なります.(スピヴァク 1992; pp50-51)

 この説明によりテクスト概念が再び明確となる.リアリティ,具体的事実,実践は,全て言葉なり,ネットワークの網の目のなかにあるので,一つだけ切り離し,特権化して考察することなどできないのだ.言葉の表象だけに注意するのではなく,実践だけをみるのでもなく,両者の絡まりあいを解きほぐすことが奨励される.

 
1-3-4 「3 戦略,自己同一性,書くこと」を読む

 3つ目にとりあげるインタビューは1986年8月になされた「戦略,自己同一性,書くこと」である.質問者は複数だが,「メルボルン・ジャーナル・ポリティクス」として,単数で表象されている.ここでは,脱構築の働きについてスピヴァクが詳細に語っている.それに伴い,主体についても語られる.
 検証する主体の権威と役割をどうやって問題化できるのかという質問に対して,スピヴァクは個々の状況によって異なるので包括的な答えはできないと言うが,問題化する方法については答える.

  それは特定の主体の立場の歴史的制度化を調べることによるものだと,わたしには思
  われます.歴史が語られてきた方法がいつもある種の主体の立場を制度化しています
  が,それはある種の領域を周縁化することによって予想されています.脱構築の重要
  性は,そうした戦略的な排除に対するその関心です.(スピヴァク 1992; p81)

 続けてスピヴァクは,脱構築の重要性を説きながらも,脱構築自体を脱構築する.脱構築の歴史では,十分に哲学的ではないという理由で「本質的な」内容が常に排除されていた.形式の特権化である.ゆえに脱構築的立場においても,脱構築を行う主体を脱構築するために「主体的立場の物語化や制度化への,歴史的探求がきわめて重要になるのです.」(スピヴァク 1992; p82)と言う.
 
  それは無限の後退,理論的形態を最終的に根拠づけることの決してできないという問
  題を考え抜こうとしながら,本質問題を検証し続ける方法です.これが認識するのは
  わたしが今,切断(interruption)と呼んでいるもの  実際,あなたの本質的な仕
  事の周縁には無限の後退があることを突然認識することです.それは本質的関心と断
  絶している点で純粋な切断ですけれど,それはそれ自身本質的検証に自己を連れ戻す
  ことによって切断されています.これはすべて,「ひとは今いるところから始めなく
  てはならない」というもう一方の方法なのでしょう.(スピヴァク 1992; p82)

 難解な言いまわしなので説明を試みる.理論の構築は最終的な根拠づけを達成できない.理論は本質と絡み合っているのに,本質を捨象して,テクストのみで己を構築しようとする.理論構築が排除してきた本質を検証することは,ヘーゲルなどから続く西洋の哲学的立場からみれば後退的な作業にみえるが(本質,理論などについてはヘーゲル 1998を参照せよ),スピヴァクはこれをあえて行うという.
 本質のみをみることは,理論を捨象するという意味で「切断」だと言える.理論は,哲学史上,本質を切断して自己を構築してきた.この構造は脱構築でも変わらない.そこで,スピヴァクは,今までの試みとは逆のかたちである,本質のみにかかわる検証を行うと言っているのだ.その時,理論は切断される.
 この抽象的で難解な切断の理論を毎日の歴史的探求の実践にどう関連づけるのかという質問がなされる.スピヴァクは,この切断の構造を提起することによって,いかに理論が本質を今まで切り落としてきたか,また,実践の構造のみに集中することを不可能にしてきたかが明らかにされると言う.
 
   理論はつねに実践を規定します.ひとが実践するとき,いわば,ひとは理論を構築
  し,還元できないかたちで実践は理論を規定します.間接的な理論的適用の一例とな
  ることはあまりありません.今わたしがもっと関心をもっているのは,理論による実
  践のラディカルな切断であり,実践による理論のそれなのです.・・・もしわたしが
  異なるフェミニストの実践の観点から,考えていることが本当の切断でなかったなら,
  そうであればわたしはそれを和解させ,固め,占有し,定義し,新しい言語のモデル
  を産み出すことなどができ,そして本拠地から自由になることができます.けれど切
  断の本性は実際にはことがら全体に自在スパナを打ち込みます.それは純粋な断絶な
  のです.(スピヴァク 1992; p83)
 
 理論と実践は規定しあう関係にあるのだが,スピヴァクはその関係を切断させたいという.特に理論化から実践を切り離す方に関心があるようだ.言葉による最終的な定義づけを拒み,自由で透明な超越的存在になることを拒む姿勢が伺える.現実世界に明確に存在する知識人として学問実践を成し遂げたいようだ.
 続いて,脱構築が戯れであるという誤解についてスピヴァクが答える部分を読む.子の部分は,バルトのように遊戯的に,快楽へと逃走することへの警戒ととれる.次節でとりあげるトリンは,バルトの影響下にある遊戯的な論考も含んでいるので,この硬派なスピヴァクの文章を記憶にとどめて,次節の遊戯的な文章に臨んでほしい.
 
  ひとは自由に戯れることができません.これは脱構築がまたわたしたちに教えること
  がらのひとつです.もしほんとうに意識的に自由な戯れに従事し始めると,再び語る
  ことが適切に哲学を表象/再現できると考えて,きわめて決定論的な誤りをします.
  それはすこし自由な戯れに従事することによって,脱構築の概念をそっくり模倣する
  ことができると考えてです.わたしたちが「自由に戯れている」と想定しても,わた
  したちはわたしたちが語っている場所である状況を最後化しているのです.デリダは
  ある場所で語りました  これは印刷されてはいません  「脱構築は誤りを曝しだ
  すことではありません.それはわたしたちがつねに真理を生む義務があるという事実
  を,警戒することです」.ほら,これは脱構築について注目すべきことがらです.そ
  れは世界になにも本質的なことがないからという,ある種の否定的な形而上の悪戯で
  はありません.それはわたしたちが真理を,肯定的な事柄を生むことを強いられてい
  るという,わたしたちが最後化をしいられている,パースペクティヴは一般化される
  べきである,などの事実を繰り返し検証することです・・・
   (スピヴァク 1992;p86)

 肯定を避け,誤りを指摘するのではなく,真理と否定の間の戯れでもなく,肯定を生む義務を強要されていることを警戒するものとして脱構築が語られている.今の場所を肯定してしまっては,理論の最後化が訪れる.絶えず問いを保たねばならぬのだ.問いは脱構築自身にも向けられる.
 以上で『ポスト植民地主義の思想』のはじめの3章の読みを終える.本当なら最後に,今までの議論をまとめるべきだが,スピヴァク自身理論決定の最後化を拒んでいるし,肯定したものがすぐ否定されているし,否定されたものがすぐ肯定されているし,議論は錯綜しているので,要約など不可能だ.脱構築は相対主義だ,言葉の戯れだなどと批判されるが,「本物」の脱構築を身につけた人の言葉には,そんな批判を寄せつけない議論の深さがあった.
 要約のかわりとして,ここで扱った文章以外のスピヴァクの文章の中から,スピヴァクがアイデンティティについてどう考えているのかをまとめてみる.さらに本来なら,スピヴァク自身の言説を脱構築した方がよいのかもしれないが,それはこの論文の2章,3章で行われることとなる.
 本章の主要目的である「ポストコロニアルアイデンティティ概念の各理論家からの抽出」という作業観点からみれば,この節はいさかか主題と関係のないところまで,深い議論を追うこととなってしまった.


1-3-5 スピヴァクの議論のまとめにかえて

  アイデンティティを必要とするとあなたは認めますか,という質問に対して,スピヴァクは「そう,認めます」(スピヴァク ; p243)と短く答えている.まるでたいした問題ではないといわんばかりである.主体という言葉はスピヴァクの文章に頻繁に出てくるが,アイデンティティという言葉は全く出てこないといってよい.本論文はアイデンティティと主体の明確な区別ができていないという批判もおきよう.しかし,個人という単位に基づくと考えられていたアイデンティティ概念を自己と他者との関わり,より密接に言えば自己による他者の排除と捉えたのが,ポスト構造主義であったし,自己と他者をさらに拡大解釈して,西洋による第3世界の排除と考えたのがサイードをはじめとするポストコロニアリズムであった.その文脈では,主体とアイデンティティはほぼ同じ概念として解釈され,ナショナリズムや文化へとアイデンティティ概念は広がっている.よって,スピヴァクが繰り返し言及している主体をアイデンティティの問題として捉えて,最後にそれがどう言及されているのかまとめてみたい.
 スピヴァクの考えといいながらも,ここで取り上げるのはスピヴァクによる脱構築の説明である.脱構築は,主体が確立される過程を問う.主体が確立されるとき,中心ができる.中心ができると,常に周縁にあるものは排除され,隠蔽されてしまう.中心化は完了することがない.常に不完全である.絶えず周縁に排除したと思っていた他者が主体の中に混入してくるし,はじめからまったき主体の確立など不可能なのだ.
 
  脱構築が注視しているのは,このように中心に置くことの限界であり,指摘している
  ことは,主体を中心に置く境界線が漠然としていることであり,(常に中心に置かれ
  ている)主体はこのような境界線を確実なものとして描かなくてはならない,という
  事実です.(スピヴァク 1992; p185)

  中心と目されるものは周縁をより巧妙に排除するため,周縁に位置する選ばれた者た
  ちを歓迎する.そして公式的な説明をなすのも中心である.別のいい方をすると,中
  心とは,自らが表現することのできる説明によって定義され,再生産されるものなの
  だ.(スピヴァク 1990; p108)

 歴史=物語について言えば,
 
  ある程度までわたしの示唆できることと言えば,歴史を多様な語りの生産として振り
  返ること,そしてそれからひとは物語化の終わりとなるような客観的分析となる考え
  を提供しないようにすること,それはひとがまた語りそれ自身の内部に囚われている
  からである,ということだけです.(スピヴァク 1992; p65)

 となる.マルクス主義的な一直線で発展していく「唯一の歴史」という概念の暴力性を避け,物語の終わりとなる本来は不可能な理論化も避ける.
権力については,実践は全て制度の網の目に囚われているし,理論もまた実践と不可分に結びついていることを指摘している.制度外の場所などなく,全ての場所は必ず制度化されているのだが,それでもより許容のある新しい制度を創出できる可能性はある.学問内でその可能性を問い,実践を行うのが知識人としてのスピヴァク像である.さらにいうと,絡み合った理論と実践の関係を切断し,理論的で超越的な知識人ではなく,実践に集中する知識人として本人は活動したいようである.純粋などスピヴァクによればありえないので,実践の理論からの切断は純粋に完遂されないのだが,切断の概念は彼女の知識人としての態度表明として受け取れる.
 以上で本論文中最大の難解さを誇るスピヴァクの読解を終える.
 
 
1-4 トリンを読む

1-4-1 著作説明
 
 ポストコロニアリズムの思想家の最後の一人として,トリン・T・ミンハを取り上げる.サイードがフーコーのポストコロニアル的概念拡張,スピヴァクがデリダのポストコロニアル的概念拡張と暴力的に整理するなら,トリンはバルトのポストコロニアル的概念拡張と暴力的に整理することができる.もちろん,フーコーとデリダの思想は3人ともに批判的に受け継がれているのだが,バルトの痕跡が認められるのはおそらくトリンだけである.よって,バルトの文章と同じように,トリンの文章は軽やかに言葉と戯れる.飛翔的,夢想的にユートピア的言説が紡がれていく.スピヴァクの晦渋な文章を後にして,トリンの文章を跳躍台にして,2章と3章に移っていくことにする.
 読む著作の説明をする.『女性・ネイティヴ・他者』(1995,岩波書店)は,4つに分かれている.第1部では,女性の作家が書くとき,歴史的に何が問題になってきたかが扱われる.女に書くことができるのか,さらに有色人種の女に,など社会偏見の歴史を読み解かれている.第2部では,人類学者批判が行われる.マリノフスキー,レヴィ=ストロース,ギアーツなどの人類学者がいかにネイティヴの言語をはく奪してきたか,科学の欺瞞がポストコロニアル的視点から批判される.第3部では,第3世界の女のアイデンティティの問題が扱われる.そこで差異に基づくアイデンティティ論が語られる.第4部では,物語と歴史の違い,物語の持つ力について語られる.
 『月が赤く満ちる時』は,前述の書に入れるにはあまりに非論理的かつ非西洋的なエッセイや論考が集められた「エッセイ集」のようなものである.というが,こちらの方が刺激的で示唆的な論考が多いと私は感じた.特に脱=神聖化された,政治化された芸術の実践を行う作家はどうあるべきかという論考が,いたる箇所に散りばめられていて,それがバルトの理論を継承・実践していて興味深かった.
 スピヴァクのテクストは要約化を阻むような錯綜かつ複雑な議論であったが,こちらも違ったベクトルで要約化を阻む錯綜ぶりなので,2冊の本から示唆的な部分をある程度のまとまりをもって抜き出していくことにする.まず最初にアイデンティティと権力の問題についてまとめ,次に歴史と物語の問題についてまとめ,最後に芸術家,作品,観衆のあり方についてまとめる.


1-4-2 アイデンティティと権力について

トリンのアイデンティティに対する考え方は次の詩的な表現によって表されている.「「私」はそれ自体が,無限の層なのだ.」(トリン 1995; p146).
 
  アイデンティティはその独自性を抑圧せずに複数性を語ることもごく容易にするので,
  知に備わる異型性(heterology)はあらゆる自己表現の行為にめくるめくような祝祭
  的次元をもたらす.したがってアイデンティティが時間(世代)と空間(文化)を越
  えて,二重,三重に重なりを増すとき,差異は,外側からの拒否にもかかわらず,内
  側で花を咲かせつづける.そうした状況で彼女が必要にせまられて危険をおかすとし
  ても,驚くにはあたらない.彼女はあえて混じろうとする.単一主義が押し殺すすべ
  てのものを(言語的・視覚的・音楽的)言語に組み入れるべく,彼女はあえて国境を
  越える. (トリン 1996; p20)
  
  このように境界横断的で,内部に多様な複数性があり,時空間を超え無限に広がって行くアイデンティティ概念をトリンは提唱する.この無限のアイデンティティに対立するのは以下のアイデンティティ像である.
  
  「反駁の余地のない起源」のために必要な本物という概念は,強迫観念のごとき恐怖
    関連性を失ってしまうのではないか  の虜となる.すべてはきちんと整合性を
  もっていなければならないのだ.存在の唯一つの法則を求めるあまり,他からの介入
  とか,散種とか,宙ぶらりんの恐れのあるものはすべて,忌み嫌われざるをえなくな
  る.始まりがあり,クライマックスが訪れ,そして終わらなければならないのだ.不
  足部分は充当し,相互に関連づけ,統合する.(トリン 1995; 150)
  
 このような統一的,直線的なアイデンティティに対して,トリンは境界が1本でもないし,定まりもしないアイデンティティを対置する.
 
  女性はつねに事物,できごと,属性,義務,固着,分類,社会過程などの終わりのな
  い見物人にさせられるという危険にさらされている.境界を修正する営みにおける挑
  戦とは,位置を明確に意識しながら,なおかつ移動しており偶発的でもあるような差
  異を生みつづけることにある.そこで唯一変わらずに強調されるものがあるとすれば,
  それは(性的・政治的な)境界,つまり,周縁と中心,赤と白といった両極のあいだ
  をたえず行きつ戻りつする終わりのない往復運動である.(トリン 1996; p151)
  
 なぜ,このような流動的アイデンティティが提唱される必要があるのか.それは中心に固定的に位置しようとするものが,周縁を抑圧するからである.権力構造の周縁に位置する「第3世界の女」が,絶え間なく中心と周縁の間を移動して(移動=置き換えを絶え間なくさせられてしまうという側面もある),中心にも周縁があること,周縁にも中心があることを明らかにする必要がある.脱中心化の戦略を取る場合,周縁がアイデンティティの起点となる.問われるのは権力構造である.

   周縁性を最終地点でなく出発点にするということは,周縁性を越えて別のいくつも
  の肯定と否定に向かうことを意味する.全体化をめざす大がかりな統合への動きが大
  規模な抑圧なしにおこなわれることなど考えられない.それは支配の効果を再流通さ
  せるための一つの方法となる.・・・置き換えは新しいかたちの主体性,快楽,強度,
  関係を生み出す.つまり,抵抗の道具を作り出す過程で,参照すべき価値体系そのも
  のを集中的に注意深く検討するという批判的な営みを活性化するのである.全体主義
  が再生産されるという恐れはつねにある.それゆえ人はどんな立場にあっても,自身
  の文化では普遍的事実として信じられているが,実際には問題含みに見えるような価
  値をつねに注視しつづけねばならない.(トリン 1996; pp26-27)

 以上がトリンの支配体制に対決するための流動的アイデンティティ概念の説明である.

1-4-3 歴史と物語の違いについて

 歴史と物語については『女性・ネイティヴ・他者』の「・ おばあちゃんの物語」に示唆的な分析が載っているので,その議論をみてみる.サイードもスピヴァクも,歴史=物語と捉えるような言説構成であったが,トリンは歴史と物語の違いを明確に規定する.物語の持つ力,西洋権力に対する独自性を主張するのである.
 トリンは,物語は世代から世代へと語り継がれる,全てを含む真実であると言う.
 
  何千もの人々が,自分が生きた過去や現在から得ることができる大きな贈り物.物語  は,これから存在する私たち一人一人にかかっている.物語には,私たちすべてが必
  要だ.生まれつづけるために一緒に聞いてきたことを,記憶し,理解し,作り上げる
  ことが必要だ.ひとつの民族の物語.私たちの,いろいろな民族の,物語.物語,歴
  史,文学(つまり宗教,哲学,自然科学,倫理学)  すべては一つに収斂する.そ
  れを原始人の道具とも,真実を伝えるためのもっとも簡単な媒介ともいう.
                             (トリン 1995; p191)

 トリンは,このように全てを包括し,伝え,伝わっていく物語から,あるとき事実と虚構を分ける歴史が独立していったと言う.「こうして,虚構と事実が互いに他を排除するまでとなり,虚構はたいていの場合,嘘であり,事実は真実と考えられてしまう」(トリン 1995; p192)トリンは,歴史が物語から分離して権威を主張し始める前は,事実でなくとも真実と認められることがあったのに,歴史が独立すると,物語は虚構のものとして排除され,歴史の扱う事実のみに真実性が与えられることになったと言う.トリンはしかし,古代では物語が歴史よりも真実なこととして認めらていた時代もあったと言う.
 
  アリストテレスが言うように,詩は歴史よりも真実なのだ.当時,文学(物語詩)と
  いう語りは,歴史よりも真実でなければならなかった.特定の時と場所に何が起こっ
  たかを語るときに,頼りとするのが歴史ならば,起こったかもしれない事柄だけでな
  く,はっきりいつとか,どこというのではなく,いつかどこかで起こっている事柄を
  語るには,物語が一番だ. (トリン 1995; pp192-193)

ここでトリンは歴史に対比して,物語の真実性を証明する方向には向かわない.むしろ,歴史が呈示する事実の真実性は虚構に過ぎないことを指摘する.物語は別に歴史のように事実と虚構に線を引く作業に懸命になる必要はないと言う.「文学と歴史は,かつて/そして今も,物語だ.」(トリン 1995; p193),「両方とも,事実という階層的領域の外に位置する一つの空間だということだ.」(トリン 1995; p194)つまり,歴史は事実を集積するというが,事実を集積して語ってしまった途端,歴史のテクストは物語になるということだろう.言葉は事実とは異なるものである.真実とは,「特定の時の外側,特定の場所の外側に位置するものなのだ.」(トリン 1995; p194).「真実は,もはや真実それ自身ではなくなったときに存在する.」(トリン 1995; p194).
現実にはありえないことが真実となるこの逆転現象をトリンは物語の中にみる.物語では,「世界の完全な歴史,世界の完全なヴィジョン,一生かかる物語」(トリン 1995; p194)を紡ぎ出す.しかし,これは裏を返せば大きな歴史の構想とも重なる.物語はその語りの真実性を主張しないのに対し,歴史は集めた事実が真実であることを声高に主張し,保存行為,蓄積行為を続ける.
 「注意深く耳をすますことは,保存すること.けれども保存することは,また燃やすこと.なぜなら理解することは創り出すことだから.」(トリン 1995; p194)このように物語は内容を保存しもするが,大いなる母から母へと語り継がれる過程で内容はどんどん変容していく.語りの権威づけを必要としないのである.
 物語の中で,アイデンティティが育まれて行く.しかし,そのアイデンティティは何ら固定的なものではない.「私は,鎖のようなこの継続のなかの一つの輪にすぎない.その物語は私であって,私ではなく,私のものでもない.」(トリン 1995; p196)
 
  私はそれらのなかに住み,それらが私のなかに住む.私たちは互いのなかに住み,
  その場所を所有しているというよりも,そこを訪れる者なのだ.私の物語は,まち
  がいなく私であり,またまちがいなく,私よりも古いものだ.私よりも若く,初め
  て人間になった者よりも古い.あまりにも測りがたく,あまりにも一つに閉じ込め
  ておきがたく,あまりにも膨大であるために,それはあらゆる人間化の試みを超越
  してしまう.けれども私たちがやっていることは,人間化することであり,また人
  間化しすぎることだ.なぜなら終わりのない物語というヴィジョンは  終わりも
  なく,中間もなく,始まりもなく,始めることも,やめることも,進展していくこ
  ともなく,後ろへ下がることも,前へ進むこともなく,ただ別の流れに注ぎ込む一
  つの流れ,どこまでも続く海の物語のヴィジョンは  ,狂女のヴィジョンだから.
                             (トリン 1995; p197)

 「全存在は〈話し 聞き 織り 産む〉行為に携わる.」(トリン 1995; p206)という強烈なアフォリズムを最後にして,トリンの物語論を終える.スピヴァクの論理的な語りの後では,いささか楽観的で,ノスタルジックな印象を受けたかもしれない.しかし,この物語論は論理的説得を臨んで書かれたものではおそらくないであろう.西洋の知でははかりきれない物語の力を語っているのだ.
 
  というのも,ここで言われている「総体的な知」とは,現実には名付けえないものだ
  からだ.少なくとも,名付けようとすれば,かならず,知の「文明化」したディスコ
  ースが手ぐすね引いて用意している多くの穴の一つに,ずるずると落ち込んでいく危
  険を冒すことになるからだ.「口承伝統とは何か」という質問は,答えをまったく必
  要としない質問 回答なのである.文明化した人に  「口承伝説」なるものを捏造
  する人に  その彼に,それを定義させてみよう.なぜなら,「口承」と「書き言
  葉」,「書き言葉」対「口承」は,「真」と「偽」の概念と同様に,イデオロギーに
  どっぷりと染まってきた概念だから.(トリン 1995; p203)


1-4-4 芸術家,作品,受容者の関係について

 芸術家はいかに振舞うべきかというトリンの論考をみる.トリンの脱神話化され,政治実践に携わる芸術家像は,サイードやスピヴァクのいう知識人像と重なる.
 『月が赤く満ちる時』の多くは映画評論なのだが,映像作家としてトリンは自分の理論をところどころで述べていく.
 芸術家は,支配体制に寄ることなく,資本主義の商品に自己の作品を位置づけることなく,作品を通して,観客に呼びかけるべきだとトリンは言う.「すなわち,この文脈で言われる「意識覚醒」とは,人々に未知のことを教えるより,むしろ人々の内部に内省的で批判的な能力を目覚めさせることを意味する,…映画を読むということは創造的な営みであり,この営みを挑発し誘発しはするが,統御はしない,そんな映画作りを私はめざしている」(トリン 1996; p158).創造的な読みを誘発するとは具体的にはどういうことか.
 
  今日必要であると思われるのは,観客の一人一人がもつユニークで(なおかつ)社会
  的な自己に訴えかけ,そうした自己の意義をそれぞれの個人的経験や背景に応じて知
  覚させ,その過程でどの観客も政治的に条件づけられており,かつ,他の多くの社会
  的な自己と結びついてもいるということを感じさせるような作品である.そうした作
  品は見る人に周囲の観客と自身の差異を認めさせる働きをもつが,それが可能になる
  のは,見る人の知覚を個性化するというより,彼女を,個人として,支配的な価値体
  系(中心的にであろうと周縁的にであろうと)に縛りつけるたぐいの個性化の過程を
  あらわにするからである.人が作品から,あるいは,作品に向かうことから,感じと
  る社会的挑戦を受けとめるには,映画のテクストを成り立たせているできごとを読み,
  かつ読みなおすことで,自身が意味の創出に参加する積極的な観客としての役割の担
  い手であるとの自覚をもつ必要がある.(トリン 1996; pp164-165)

 いささか高圧的な文章である.なぜこれほど煽動的になる必要があるかというと,ハリウッドのような映画体制が問題となるからである.支配の問題を解決するためには,見る側の参加が必要なのだ.
 
  観客とは先験的に存在する所与のものだから,映画製作者はたんに観客の要求と呼ば
  れるものに合わせておけばよい,という思い込みは,そもそも観客の要求がいかにし
  て作られるか,観客そのものがいかにして形成されるかという問題をなおざりにして
  いる.・・・現在のメディアのシステムは,このシステムにとって望ましい観客から
  受け入れられるにはきわめて効率的かもしれないが,観衆がじかに創造の過程に貢献
  するための余地をほとんど残していない(たとえば,批評家と市民団体は,観客の一
  部として定義されてはいない).
   今日,私にとって,責任ある作品と思えるものは,何よりもまず,次のような作品
  である.すなわち,一方では,政治参加の姿勢とイデオロギー的明晰さをあらわにし
  ながら,もう一方では,たんに指示的なものにとどまらず,本来的になんらかの問い
  かけを含むような作品,別の言葉で言うと,自身の物語を歴史に関連づけようとする
  作品,生きられた経験と表象の違いを認めようとする作品,闘いが消費の対象に変化
  しないように配慮を怠らない作品,そして最後に,作る側ばかりでなく,見る側にも
  責任を負わせるような作品である.実際,所与の解決などありえないのだから,見る
  側の参加なしにはいかなる解決も不可能だ.(トリン 1996; p218)
 
 引用が長くなりがちだが,『月が赤く満ちる時』は西洋的に内容を要約させるような構造になっていないので,許して頂きたい.むしろ,トリンの文体を味わって欲しい.
 積極的な読者の参加によってはじめて作品は完成へと近づく,決して完成はしないのだが.共同制作なのだ全ての行為は.
 
  解釈者たちの慣習的な役割は突き崩される.というのも,彼らの機能は「作品が何に
  ついて語っているか」を述べるより,自らの言葉と表象の主体 性に注目することで,
  作品を完成へと近づけ,「共同製作」を達成することにあるからだ.
                             (トリン 1996; p135)

最後に「差異」概念についての重要な提言をもってして,トリンの節を終える.

  私自身の映画で前景化される差異は,同一という言葉の反意語でもなければ,分離と
  いう言葉の同意語でもない.言い換えれば,差異はかならずしも分離主義を生じさせ
  るものではないということである.差異の概念には違うという意味ばかりでなく,似
  ているという意味も含まれる.さらに,差異は葛藤を生むとはかぎらない.それは葛
  藤に隣接すると同時に,葛藤を越えた場所にも存在する.そこに往々にして混乱が生
  じ,かつ,チャレンジも発生する.(トリン 1996; p219)

 トリンはドキュメンタリー映画において,ヴォイスオーヴァー・ナレーションの「統一的な声」か,一連の目撃者たちの「対立的ないし衝突的な声」の,いずれか一方が「声」として選択されていることを批判する.
 トリンは自身の『ありのままの場所』という映画で,「たがいにちがっているが,反目し合ってはいない」(トリン 1996; p220)3つの声,差異を並列させた.観客の多くは解釈の混乱をおこしたという.「なぜなら,私たちは,声がどの位置にあるかを考えながら,耳を傾けたり,差異を対立以外のものとしてとらえたりすることに慣れていないからだ.」(トリン 1996; p220)


1-5 ポストコロニアリズム理論の包括的概念抽出

 以上で3人の主要な理論家の主要著作の読みを終える.3人のアイデンティティ概念の間にある差異を差異のまま放置しておくべきか,西洋的に整理・分類すべきか.
 2章,3章では,この章でみてきたポストコロニアル理論が,精神医学,軍事心理学とどう絡み合うかを見ていくことになる.これは,トリンが言っていた物語の試みだ.
 デリダは,どこかの著作のインタビューで,フロイト,ハイデカー,レヴィナスという3人の知の巨人が同じ席について議論しているところを見てみたいと言っていた.実際にはありえない虚構の話だ.これは物語の空間だ.知の巨人を持ち上げているデリダの帝国主義者ぶりは批判されるべきである.だが,私もサイードとスピヴァクとトリンという3人のポストコロニアリズムの巨人が議論する場を見てみたい.第1章はその試みであった.実際デリダのいう3人が集まっても,社交的な話で終わる気がする.20世紀最大の,というより西洋小説芸術最大の作家とされている,プルーストとジョイスが偶然出会った時も,社交の話で終わった.そんな物語空間が歴史的事実として現出したのにである.
 物語空間として,せめて本章であげた3人の理論家の言説をまとめて,虚構のポストコロニアリズム知識人を生成してみよう.その架空の知識人がアイデンティティなどについてどう定義しているかをまとめてみる.
 「アイデンティティ」については,トリンの流動的で,境界を往復する,時空を超えて無限に差異が重なるアイデンティティ像が採用される.「権力」については,全ての実践はテクストによって制度化されているし,理論もまた実践と結びついているというスピヴァクの考えが採用される.同時に,西洋主体の周縁に対する抑圧・支配も絶えず警戒される.表象の暴力性を暴くことが肝要となる.
 「歴史=物語」については,トリンの,歴史も物語も語りであるかぎり,事実の集積を真実として捉える事は不可能だという視点が採用される.真実は現実の外にしかないのだ.
 「知識人のあり方」としては,支配体制を絶えず批判し,抑圧に対抗し,読者に批判能力を芽生えさせるサイードよりの知識人像が採用される.また,理論化の限界,不可能性を認識し,理論が見落としてきた実践に集中的に取り組むスピヴァクの描く非神話化された知識人像もこれに含める.
 4つの概念の全てには,3人の考えの近似値が流れこんでいる.こんなに簡単にまとめてはいけないのだが,次章移行の対話のため,戦略的にまとめる必要があった.
 本書の論文は,ポストコロニアリストと,トラウマ治療者と,エリート軍人の3人が同じ席についたらどうなるかという物語を編む試みである.物語でなく,歴史的事実としたらどうなるか.ヴェトナム戦争時,現地の左翼知識人と,戦争神経症になったアメリカ軍の新米兵士と,グリーンベレーのエリート隊員が同じ場所に集まる.何も進展しないだろう.




(1)この新しい小説の読みを考え出したことこそ,サイードを「ビッグネーム」とした由縁であろう.彼が登場するまで,小説も批評も,文学作品が第3世界をどう表象しているのか,帝国主義的戦略とどういう相互関係にあるのかということなど主要なテーマとして考えてこなかったし,これなかったのだ.というのがサイードに対する好意的な説明だが,なぜ西洋の大作家ばかり扱うのか,大作家に対する小説批評がなければただのアジテイターではないか,という批判も考えられる.大作家を批評する部分が広く読まれ,彼を有名にしたのだが,彼自身ディケンズらの作品を「著名なきわめて偉大な小説」(サイード 1998; p6)とか,「独創的想像力あるいは独創的解釈の偉大な産物」(サイード 1998; p19)と何のてらいもなく賛美している.偉大な芸術家,天才と,作家に対する賛美も度々繰り返される.「作者の死」などの立場からすれば,このような作家に対する賛美や,作品を褒め称える行為は滑稽に映る.しかし,「作者の死」を唱えた西洋の批評家たちが,まったく帝国主義的な文脈を無視し,黙認していることこそサイードが問題にしている点である.偉大だと西洋人一般に思われている小説家がいかに帝国主義と共存していたかを示したのだから,このいささか時代錯誤に思える作家賛美は黙認されなければならないのだろう.
 美的経験の構築,洗練化こそ文化の重要な機能であるからこそ,こうした大作家をとりあげるのだとサイードは言う.「重要かつ本質的事象とみなしたもののみに焦点をしぼり,題材のかたよりや恣意的選択をなくすことができなかったと,最初から認めることにした.」(サイード 1998; p20)という自己弁解もあるが,サイード自身「美」に囚われすぎているように感じられる.

(2)グロツとスピヴァクが3者をどう並べているかの違いが示唆的である.グロツは脱構築,マルクス主義,フェミニズムという順番でスピヴァクの仕事に無意識的優劣をつけている.おそらくそれが一般的なスピヴァク理解であろう.スピヴァクを他からわけている目立つ特徴は,彼女が脱構築を積極的に使いながらも,マルクス主義者であるということであり,おまけとしてフェミニストでもあるという認識だろう.だが,スピヴァクの頭の中では,「フェミニズム,マルクス主義,そして脱構築」の順に仮にあるとすれば優先権があるようである.わざわざ順番を言い換えている点からしてそうであるし,このインタビュー内でもフェニミズムの実践について語るときが一番力が入っているようであり,脱構築は単なる解体の方法としか捉えていないようだ.なのに,私のまとめではフェミニズムについて語っている部分をほぼ割愛してしまった.スピヴァクが自分について定義さえしていないポストコロニアリストとして,私が彼女をみたかったからであろう.









第2章 精神医学のトラウマ治療理論とポストコロニアリズムとの対話


2-1 医療人類学の批判的摂取

 第2章では,トラウマを治療する精神医学の語りを分析する.主に取り上げるのは,ハーマン『心的外傷と回復〈増補版〉』(1999,みすず書房)である.アイデンティティをどう語っているかについて主に分析しつつ,1章でみてきたポストコロニアズムの言説との「差異」をみる.精神医学の分析においては,医療人類学の視点を取り入れる.最初に医療人類学の視点とはどのようなものか,ポストコロニアリズムの視点により絶えず批判しながら紹介する.
 しばらくロス他編『医療の人類学』(1989,海鳴社)からの引用を続ける.
 波平恵美子は,『医療の人類学』の日本語版序文で,医療人類学についての簡単な定義を書いている.

  (1)人間は文化的であると同時に生物学的存在である.
  (2)文化的であるということと,生物学的であるということとは当然のことながら  
   相互関係を持つ.
  (3)文化とは,人間が生活を組織する意味の体系であり,それは信仰,知識,行為  
   を含む.そして,このような意味の組織化は人間の病気 diseaseを構造化する.
   つまり,人間は病気を直接に経験するのではなく,病い illnessを経験するのであ
   り,その病いは文化的に構造化されたものである.
  (4)従って,病いに対処しそれを克服しようとする人間の行為(医療行為)は文化  
   の中に深く埋め込まれたものである.
  (5)病気治療は人間の生物的次元と文化的次元の双方にまたがって行われるもので  
   あり,しかもその二つの次元は多くの複雑な方法で互いに関連し合っている.
  (6)従って,人間の医療に係わる観念と行為とを研究することは「人間であるとい  
   うのはどういうことなのか」ということを明らかにする,人類学の最大のそして最
   終的には唯一の目的に達する極めて有効な方法である.
                          (波平 ロス1989より; p・)

 「人間であるとはどういうことなのか」は明らかにはできない.そんなことを最大かつ最終的には唯一の目的にされてはたまらない.ポストコロニアリズムの視点にたてば,多大なる抑圧を生むだけである.ただし,病気という表象が,科学的に固定したものではなく,文化的に構造化されたものであると言う点は評価できる.
 この,病気が文化と複合しているという考え方にたてば,精神医学の疾病分類は,はなはだあやしいものになる.ロスは,精神医学について論じた第・部の序文で,精神医学の疾病分類のあやうさ,治療過程に含まれる規範的価値観のおしつけを問題にしてこう述べている.
 
  すでに指摘したように,精神病を区分するための生理学的・生化学的基準など一つも
  ないのであるから,ましてどちらの治療法が効果的かを決める基準など当然ない.だ
  から言語的なものであれ非言語的なものであれ,精神医療の評価には,個人の「適合
  性」を判断する文化的価値観が含まれている.患者は社会に出ていける状態にあるの
  か,そして必要な場合には最低限の役割を果たしうるようになっているのか,その決
  定には,患者の気分,思考,行動を,それらが社会全体のそれらと噛み合うかどうか,
  という観点からの吟味が含まれざるをえない.ここでもやはり,規範からはずれてい
  ると見なされた人間の運命の決定に,社会的価値観が直接的にかかわっている.
                              (ロス 1989; p361)

 ある人の「人格」がその社会の規範文化から逸脱していると精神病と認知されてしまう.「正常」という中心からはかって「異常」という周縁が定義されるのである.「異常」なものの社会復帰を助ける精神科医は,彼を中心の価値基準に沿うように治療していく.精神科の疾病分類過程・治療過程は,ポストコロニアリズムの言説にあった,中心と周縁の関係を踏襲している.治療者は,疾病者を文化的規範に引き戻すために治療する.
 第15章「精神医学と社会統制」でタンクレディは,精神医学における実践がどれだけその社会の価値観の影響を受けているかを指摘する.これはサイードが『文化と帝国主義』で,小説がどれだけ帝国主義の価値観を温存していたのかを指摘していたことを思い出させる.
 
  これは主として,治療者が患者の知覚と経験を次々と解釈すること,そして患者が実
  際に意図したものとはおそらくまったく違うそれらの解釈に,一つの意味を当てはめ
  ることを通じてなしとげられる.この観点は,人間的な存在の価値に関する治療者の
  基礎的な倫理的観念を考察することによって,さらに明らかにすることができる.フ
  ロイトは人生の目的を「愛することと働くこと」と見なした 明白な功利主義的倫理
  である.治療者というものはこの同じ価値を与えられた目的を志向しているのかもし
  れない.(タンクレディ ロス1989より; p403)

 サイードらの考え方と同じようにして,精神科の権力構造を批判していたかのように思われたが,ここで彼ら医療人類学者とサイードらとの違いが明確にされた.ポストコロニアリズムと医療人類学が,フーコーらポスト構造主義者が問題にした社会権力の問題を共有していることは確かである.しかし,立場の位置に違いがある.フーコーらは西洋の知識人の立場として,医療制度がおしつける規範性の概念を疑った.ポストコロニアリズムは,フーコーらの見落とした帝国主義の問題を持ち出してきた.フーコーらは,抑圧されている者の視点にたっているようでいて,まだマイノリティの側に立ちきれていなかったのだ.自分たちの透明で中立的な知識人を保持したまま,マイノリティの言葉を代弁している様子を装っていたのだ.フーコーらの言説の中では,サバルタンは語ることができない.
 このタンクレディの文章にも,フーコーらと同じ高慢さの残滓が読み取れる.タンクレディは治療者が疾病者に功利主義的価値観を押しつけることを糾弾する.それを糾弾する彼の言葉の位置はどこかにあると,精神科医よりも高位な,より客観的で包括的な位置に自分を位置づけているかのようである.
 第1章でみてきたように,サイードやスピヴァクらは,自分の言説の位置に絶えず注意を払っていた.知識人のあり方を絶えず問題視し,自分たちの表象が新たな抑圧を産み出さないように注意していた.それに対して,タンクレディは精神科医の功利主義的価値観をあげつらうのみで,自分の言説の持つ特権的位置を疑いきれていない.タンクレディは患者の立場に立っているかのようでいて,中立的で透明な知識人の位置にい続ける.功利主義を嫌う特権階級のようである.功利主義的営みから排除されていく者の立場に自分を置いて,言説編制することができないのだ.
 それでも,タンクレディの指摘する治療者の患者に対する解釈行為によって治療が成り立つというのは評価できる論点である.そもそも疾病の決定も治療者によって解釈されたことに基づく.それらの解釈の基盤にあるのは,固定的なアイデンティティ概念であるとタンクレディは言う.
 
  そして第三は,これらの概念が個性に関する一つの理論を前提としていることである.
  つまり,自己決定とか自己実現というような概念は,ある倫理的優先事項に基づいて
  おり,実現された自己の内容がそこから導き出される「個人」というある直観的な核
  概念の存在と直接関連するものであることが,これらの概念には含まれているのであ
  る.(タンクレディ 1989; p396)

 タンクレディは個人の概念を問題にするが,ポストコロニアリストほどやはり批判は徹底されていない.核となる個性という概念自体は,1章でみてきたものたちは否定しきっていなかった.スピヴァクは,核となる自己,一種の創始者から距離を取ることができると言う.

  「として語る」という問いは自己からの距離を取ることを含みます.わたしがインド
  人として,あるいはフェミニストとして語る方法を考えるや否や,わたしが女性とし
  て語る方法を考えるや否や,わたしのしていることは,自己を一般化しようとするこ
  と,自己を代表者にしようとすること,自己をそのように語る一種の創始者から距離
  を取ろうとすることです.人が執らなくてはならない多くの主体的立場が存在します.
  ひとはただひとつのものではありません.それは政治意識が入ってくるときです.だ
  か事実,「として語ること」を何者かとして行っている人にとって,それはそうした
  自我がなんであれ,自己から距離をとる問題です.(スピヴァク 1992; p109)

 核となる自己は所詮まやかしなのだが,そこから様々な自己が派生していくことができる.批判されるべきは,1直線に自己を形成していくこと,他者との境界を明確にひいた自己を賛美することなのだ.中心を作り出す過程には,「汚れたもの」の排除が必ず生じる.精神科医が治療を行うとき,疾病者の自己を確固としたものにしようとしたがる.疾病者は普通に比べて,行動が逸脱していったり,他者との境界が曖昧だったりするため,他者との正常な位置をはかれないために疾病と分類されてしまう傾向にある.20世紀西洋の芸術,思想は,規範の概念を疑い,多様なものの逸脱を価値として持ち上げた.そこで運動のモデルとなったのが,西洋社会の規範から逸脱している精神病者やまだ「文明化」されていない社会の人々の様態だった.いわば,疾病者と植民地状況の社会の人々は,西洋社会から同じような抑圧支配を受け,また,一部の知識人や芸術家によってアナザーモデルとして賛美されてしまう傾向にあったのだ.
 次に,現在の精神科医における実態をみるため,『心的外傷と回復』を取り上げるのだが,その前にトラウマの精神医学的定義を上げておく.


2-2 「心的外傷後ストレス障害」の精神医学的定義

トラウマの精神医学的な定義をみる.米国の精神診断統計マニュアルの最新版である第4版(DSM-・)にある,医学的に確定されたトラウマの定義をみる.DSM・は現在世界的に権威のある精神科の診断マニュアルとなっている.精神医学の文脈では,トラウマは「心的外傷後ストレス症候群 PTSD」と呼ばれている.

表1   心的外傷後ストレス障害の診断基準(DSM ・)
    (PTSD;Post Traumatic Stress Disorder)

A.その人は,以下の2つが共に認められる外傷的な事件を暴露されたことがある.
(1)実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を,1度または数度,または自分または他人の身体の保全に迫る危険を,その人が体験し,目撃し,または直面した.
(2)その人の反応は強い恐怖,無力感または戦慄に関するものである.
注:子どもの場合はむしろ,まとまりのないまたは興奮した行動によって表現されることがある.

B.外傷的な出来事が,以下の1つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている.
(1)出来事の反復的で侵入的な苦痛な想起で,それは心像,思考,または知覚を含む.
注:小さい子どもの場合,外傷の主題または側面を表現する遊びを繰り返すことがある.
(2)出来事についての反復的で苦痛な夢.
注:子どもの場合は,はっきりとした内容のない恐ろしい夢であることがある.
(3)外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり,感じたりする(その体験を再体験する感覚や,錯覚,幻覚,および解離性ラッシュバックのエピソードを含む,また,覚醒時または中毒時に起こるものを含む)
注:小さい子どもの場合,外傷特異的な再演が行われることがある.
(4)外傷的事件の1つの側面を象徴し,または類似してる内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる,強い心理的苦痛.
(5)外傷的出来事の1つの側面を象徴し,または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理学的反応性.

C.以下の3つ(またはそれ以上)によって示される,(外傷以前には存在していなかった)外傷と関連した刺激の持続的回避と,全般的反応性の麻痺.
(1)外傷と関連した思考,感情,または会話を回避しようといる努力.
(2)外傷を想起させる活動,場所または人物を避けようとする努力.
(3)外傷の重要な側面の想起不能.
(4)重要な活動への関心または参加の著しい減退.
(5)他の人から孤立している,または疎遠になっているという感覚.
(6)感情の範囲の縮小(例:愛の感情を持つことができない).
(7)未来が短縮した感覚(例:仕事,結婚,子ども,または正常な一生を期待しない).

D.(外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で,以下の2つ(またはそれ以上)によって示される.
(1)入眠,または睡眠維持の困難
(2)易刺激性または怒りの爆発
(3)集中困難
(4)過度の警戒心
(5)過剰な驚愕反応
E.傷害(基準B,C,およびDの症状)の持続期間が1カ月以上.
F.障害は,臨床上著しい苦痛または,社会的,職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている.

i該当すれば特定せよ:
急性 症状の持続期間が3カ月未満の場合
慢性 症状の持続期間が3カ月以上の場合

i該当すれば特定せよ:
発達遅延 症状の始まりがストレス因子から少なくとも6カ月の場合

--------------------------------------------------------------------------------
【出典】American Psychiatric Association,1995『 DSM-・:精神疾患の分類と診断の手引』高橋三郎ほか訳,医学書院


 事件の直後,急性期に起こる症状は急性ストレス症候群ASD(Acute Stress Disorder)と呼ばれている.原因や症状はPTSDとほぼ同じだが,異なっているのは,症状が二日から4週間続くことと,外傷的な出来事から4週間以内におこること,の2点である.
 PTSDの治療実践においては,主に戦場の兵士が,戦争のショックによって陥るものが主流に扱われてきた.ヴェトナム戦争後,兵士の多くに精神科的症状が出たため,PTSDの概念が広まった.現在は,児童虐待,レイプなど幅広い社会的な事件の後遺症に対してこの概念が適用されている.
 
 
2-3 ハーマン『心的外傷と回復〈増補版〉』を読む

2-3-1 概観

 本書の表題となっている心的外傷は,原著ではtraumaとなっている.トラウマとはもともと体の傷をさしていたのだが,19世紀から心の傷という意味でも使われ始めた.この書は2部構成になっている.第1部「心的外傷障害」では,心的外傷の歴史,定義,症状,原因などが語られる.第2部「回復の諸段階」では,治療過程が詳細に述べられる.始めから順に,アイデンティティという視点から読んでいく.1章で扱った歴史=物語,権力,知識人(精神科医=治療者?)のあり方がどのように表象されているのかも分析する.
 なお,心的外傷を受けた者を指す「被害者」という言葉はvictimの訳語であり,「生存者」という言葉はsurvivorの訳語である.いずれも,心的外傷を受けた者が「病気持ち」「異常者」ではないことを表している.
 ハーマンは,徹底して被害者の立場から書いている.今までの精神科医の治療の問題点を洗い出し,被害者の力になる治療を提唱している.その姿勢は,ポストコロニアリズムの知識人像と重なる.訳者後書きによれば,「本書は,心的外傷を云々する者がまず読むように勧められる本であり,それは専門家だけでなく,知的公衆に及んでいる.特に自身が性的外傷を負った帰還兵や女性の性犯罪者に読まれている.」(中井久夫 ハーマン1999より; p405).専門家仲間にのみ利用されるのでなく,広く知的公衆に読まれ,被害者にもよく読まれているということは,サイードの提唱する知識人の理想像に見合った作品と言える.
 トラウマはポストコロニアリズム並みに,それ以上に知識層の間に,かつ一般の流行語として流行った言葉である.ポストコロニアリズムといい,トラウマといい,この論文は知的流行をただ追っただけの軽いものと思われるかもしれない.しかし,1章でわかったように,流行するとその用語は形骸化され力が無化されてしまう.「本物」のポストコロニアリズムは巷に流布しているものより,よほど強力な可能性を持っているのだ.表象の流行作用も一種のオリエンタリズム的偏見なのだ.巷で言われているトラウマと実際のトラウマ被害,治療実践がどれほどかけ離れたものであるかが以下で明らかにされるだろう.それは,本来語ってはいけないものを語る行為なのだ.


2-3-2 第1部「心的外傷障害」を読む

 第1部第1章「歴史は繰り返し心的外傷を忘れてきた」は,心的外傷が精神医学の領域でどう構築されてきたか,扱われてきたかを検証している.現在の心的外傷に相当するような被害があるのに,それはヒステリーや分裂病などの他の病気に分類されていったとハーマンは言う.心的外傷が疾病概念として確立されそうになると思うと,医学的関心の変化によってまたすたれていくという歴史の繰り返しをハーマンは丹念に記述する.
 第2章「恐怖」から心的外傷の具体的様態が説明される.章の最初に心的外傷についての簡略な定義づけがある.以下のわずかな引用文を読んだだけでも,ポストコロニアリズムが批判すべき問題点がみてとれる.
 
   心的外傷とは権力を持たない者が苦しむものである.外傷を受ける時点においては,
  被害者は圧倒的な外力によって無力化,孤立無援化されている.外力が自然の力であ
  る時,これは災害である.外力が自分以外の人間の力である時,これを残虐行為とい
  う.通常のケア・システムは,自分は自分をコントロールでき,人とつながりを持て,
  自分がいることには意味があるという感覚を人々に与えるものであるが,外傷的な事
  件はこのケア・システムでは及ばない力を持っている.(ハーマン 1999; p46)

 この引用文をもとに,今後の読みの前提となる論点をいくつか呈示する.
 「通常のケア・システム」以下の文章は,自己コントロール感,自己の意味という精神医学的アイデンティティの前提を無批判に肯定している.しかし,ポストコロニアリズムの文脈においても,これらの概念はとりわけ問題になるわけでもない.自己コントロール感,自己の意味の表象を支配者側によって規制されているからこそ,被抑圧者は支配者側の言説を疑い,より解放的な価値観に向けて進まなければならないのだ.心的外傷を受けた人は,ポストコロニアリズムで言うところの被抑圧者と状況が似ている.ポストコロニアリストは,社会の価値観,表象のあり方そのものに対して戦うのだが,心的外傷の被害者は,精神科医の元に向かってアイデンティティの再構成を頼む.治療行為は,西洋の知識人が現地の人々を自分の価値観にそって組み立てていく態度に似ている.被害者のアイデンティティは支配的な価値観を信じる他者の手に委ねられている.
 ハーマンは,孤立無縁感と無力感をもつ被害者に力を取り戻させることを治療行為と考えている.治療者の価値観の押しつけは,被害者の力をそぐのだと言う.それは第2部で明らかにされる.ただし,どんなに被害者のためを思っていても,治療者という立場にあるかぎり,被害者自身を抑圧してしまうだろう.
 また,ハーマンの視点からは,それほど社会の価値観全体を疑っていく姿勢は見られない.ただし,それはポストコロニアリストに比べてということであって,性的虐待の扱いなどについては断固として既存の偏見に対抗していく.旧体制には対抗するのだが,この世界全体には意味がある,実は素晴らしい世界なのだという,社会全体については肯定する楽観論が随所にみられる.その日和見は何回も批判すべきところだが,とりあえずハーマンの著作から,治療者という特権的立場にあるものが,いかにして被害者という周縁に追いこまれたものに対して援助できるのかという,ポストコロニアリズムの視点からは欠落していた問題を見ていくことにする.ポストコロニアリズムにとっては,西洋はいささか敵対的に描かれすぎているので,強者からの援助という考えは起きてこないのだ.西洋のものに対して第3世界の先鋭的知識人たちは,援助しないでくれ,私たちは私たちで戦う,あなたたちは自分たちがどれだけ特権的な位置にあるのか,それがいかに他者排除の歴史によって構成された虚偽であるのか見極めなさい,と言っているかのようである.否定されているこの可能性を見極めたいのだ.ただし,トリンの以下のような批判を忘れることなく.
 
  強制的になされる<移動 再定位 再教育 再定義>がどれほど非人間的なことか,
  また,あなた自身の現実,あなた自身の声を偽らなければならないことがどれほど屈
  辱的なことか・・・それに,そう言えないことも多い.だからあなたはそう言わない
  ようにし,ずっと言わないでおこうとする.なぜなら,たとえあなたがそうしなくて
  も,かならず彼らがそのブランクを,あなたの代わりに埋めてくれ,あなたはそれに
  よって語られることになるからだ.(トリン 1995; p128)
  
  援助における問題は,援助する側が援助される者に自分の価値観を押しつけることだ.彼らは善意を表してくるので,やめてくれとはなかなか言えないものだ.根本的な問題は,語る権利を強者に奪われてしまうことなのだ.しかし,トリンのこのような忠告にそって,ハーマンは治療行為を確立しているように思われる.被害者の立場を最大限に尊重するその態度を抽出していきたい.
 治療過程を扱った第2部に進む前に,第1部を引き続きみていく.
 外傷後ストレス障害の多様な症状をハーマンは「過覚醒 hyperarousal」「恐怖 intrusion」「狭窄 constriction」という3つのカテゴリーに分類する.
 「外傷をこうむった人間は些細なことで驚愕し,些細な挑発にも苛立たしく反応し,睡眠の質が下がる」(ハーマン 1999; p50),このような症状を過覚醒という.
 「危険が過ぎて長時間がたっても,外傷をこうむった人はその事件を何度も再体験する.・・・彼らは人生の正常な軌道に戻ることができない.外傷が繰り返しそれを遮るからである.」(ハーマン 1999; p52),これが侵入である.侵入してくる「外傷性記憶は言語による「語り」も「前後関係」もない.それは生々しい感覚とイメージの形で刻みつけられるのである.」(ハーマン 1999; p54).
 ハーマンが直線的で発展していく通常の記憶概念を基準に外傷性記憶を定位していることは確かである,通常の記憶もポストコロニアリストによれば,外傷性記憶のように実際はばらばらなのに.外傷性記憶は,ピンチョンなどのポストモダン小説家の語りの構造に似ている(ピンチョン 1993).しかし,実際の患者は絶え間なく想起される忌まわしい断片期な記憶に悩まされているのだから,ここを揚げ足とりのように批判することは無用な戯れだ.
 「人間というものは,完全に無力化され,いかなる形の抵抗も無駄である時には「降伏 surrender」の状態に陥るはずである.自己防衛のシステムは完全に停止する.孤立無援化された人は置かれている状況から現実世界において行動することによって脱出せず,意識の状態を変えることによってそこから抜け出ようとする.」(ハーマン 1999; p61)これが3つ目のカテゴリー,狭窄である.外傷から身を守るため,感覚は鈍り,体の一部が麻痺するようなことも起こる.「このような知覚の変化と結びついて,無関係感,感情的超然(第三者)感,そして,その人の主動性と闘おうとする気概とのすべてを消失させるような深い受け身感とが起こる.」(ハーマン 1999; p62).外傷性記憶は,通常の記憶からは解離されてしまうことも起きる.
 侵入と狭窄という矛盾する2つの症状が,交互に被害者を襲う状態をハーマンは「外傷の弁証法」と名づける.「侵入症状もマヒ症状も,外傷的事件を自我に統合することを許さないものである」(ハーマン 1999; p69)とハーマンは言うが,ここにも統合された自我が正しいというハーマンの誤解がある.ただし,「外傷を受けた人は記憶喪失と外傷そのものの再体験という両極の間を往復し,圧倒的な強烈な感覚の洪水と全く何も感じないという砂漠のような空白状態との間を往復し,衝動的な苛立ち行動と全くの行動抑止との間を往復する.」(ハーマン 1999; pp69-70)というそれに続く記述を読むと,そのような専門外からの軽薄な批判は慎まざるをえなくなる.
 それでも,統合された自我ではなく,トリンが修辞的に描いたような無限のアイデンティティを精神科医に納得させ,そのようなアイデンティティの方向で治療行為を行わせることはできるのだろうか.精神科医は社会規範に流通している支配的なアイデンティティ像を肯定している.というよりも,精神科医が規範的アイデンティティ像と精神病者像を確立してきたのだ(そのあり方については牛島 1998を参照せよ).先に社会に価値観の変革を迫るべきか,精神科医にまず変革を迫るべきか,いや,両方同時に行うべきであろう.
 第3章「離断」では,外傷の人間関係に与える打撃が分析される.
 
   外傷的事件は基本的な人間関係の多くを疑問視させる.それは家族愛,友情,恋愛
  そして地域社会への感情的紐帯(アタッチメント)を引き裂く.それは〈自分以外の
  人々との関係において形成され維持されている自己〉というものの構造を粉砕する.
  それは人間の体験に意味を与える信念のシステムの基盤を空洞化する.
   (ハーマン 1999; p75)

 外傷的事件は,意味と感情的紐帯のシステムを粉砕するものとして定義されている.まさしくこのようなシステムの抑圧構造を調べるのがポストコロニアリズムなのだが,ハーマンは支配システムを疑っていない.被植民者が植民者の価値観を強制されるのは,他者からの,他者の価値観の押しつけである.トラウマ治療の場合は,被害者が被害を受ける前に持っていた価値体系をできるだけそのまま再構築させようとしている.よって,植民地関係と治療関係では微妙に主体と従属者の位置関係が異なるのだが,システムを疑う視点をぜひ精神科医にも持って欲しい.何だか当てつけのようだが,善意を持って行われる行為の裏にどのような支配者との共謀関係があるのかを常に疑う必要があるのだ.

   正常な児童の発達においては,肯定的(積極的)な自己像の上に次第に向上する有
  能性とイニシアティヴをとる能力がつけ加わってゆく.有能性とイニシアティヴとに
  かんする正常な発達的葛藤の解決が不十分であると,その人は罪悪感と劣等感を起こ
  しやすい.外傷的事件は,これはほとんどその定義のようなものであるが,イニシア
  ティヴを駄目にし,個人的有能性をくつがえす.被害者がいかに大胆で才能にめぐま
  れた人であっても,その行動は災厄を排除するには十分でなかったわけであるから,
  外傷的事件の余波期において被害者が自分の挙動を回顧し反省する時,罪悪感と劣等
  感とが及ばない部分はほとんどない.(ハーマン 1999; p79)

 「正常な発達的葛藤」など問題な部分は多いが,いちいち揚げ足をとるように指摘していても何も生産されない.ここからは,ハーマンの言っている部分で,ポストコロニアリズムの実践において役立つ部分も見ていく.被抑圧者にいくら才能があっても,有能性とイニシアティヴが発揮できないこともある,それが抑圧の恐怖だ.外傷を支配者からの抑圧と解釈すれば,ハーマンの外傷に対する分析はポストコロニアリズムの文脈で役立てることができる.
 
   外傷的事件の打撃力はまた受けた者の復元力によってもある程度は変わる.…スト
  レス抵抗性の個体はどうも人づき合いがよく,よく考えてしかも積極的な対抗行動の
  様式を選び,自分の運命は自分で切り開く能力が自分にあると強く感じている人であ
  るように思われる.たとえば,多数の児童を誕生から成人になるまで追跡した研究が
  あるが,十人に一人の児童が幼年時代の逆境に耐える上で抜群の能力を示した.その
  児童たちの特徴は目ざとく敏捷で積極的であり,人づきあいがよく,自分以外の人た
  ちとコミュニケートする手腕がすぐれ,自分の運命は自分で決められるという強力な
  感覚を持っていた.この感覚は心理学者たちが「内的統制」といっているものである.
  ほぼ同じ能力は疾病に対する特段の抵抗力を示す人,および日常生活のストレスにお
  いても格別に強靭な人にもみられる.(ハーマン 1999; p86)
 
 この逆境に強い人間像は示唆的である.サイードらの説くポストコロニアリズムの知識人像には,「人づきあいがよく,自分以外の人たちとコミュニケートする手腕がすぐれ」などという表象はなかった.知識人は,孤高であらねばならないのだ.知識人が社交的手腕に優れる必要があるなどとは決して表象されていなかった.知識人は,「人々の内部に内省的で批判的な能力を目覚めさせる」(トリン 1996; p158)ことを欲しはするが,大衆に対して逆境に強くなるように,より社交的になるようには勧めない.内省的で批判的な能力を身につけても,心的外傷に対する耐性はできないのである.
 大いなる災厄に直に直面している人たちには,ハーマンの提唱するような能力が必要となるのだろう.むしろ知識人は,自分が逆境にあることを自覚していない人々に自覚を促すのだ.覇権(ヘゲモニー)の枠内にいる人々に知識人は自覚を促す.覇権とはトリンが以下で説明するようなものである.「覇権という言葉で私が示しているのは,立場や性の違いから一方が他方にふるう権力のことであり,かつては直接的な支配の形態を取っていたが,今は同意によって作動している  したがって悪質で継続性があり,拘束力の強い  文化的,性的な支配の形態のことである」(トリン 1996; p79).
 知識人と治療者の役割の違いが明確となった.治療者は何らかの被害によって生活がおくれないほどのダメージを受けた人のための治療理論を提唱し,実践する.治療者は被害者が失った生活感覚,社会感覚を自力で取り戻してもらうための援助をする必要があるため,ある程度既存の社会規範を肯定する必要がどうしてもある.それに対して,知識人は自分が支配・抑圧の形態と共犯関係にある自覚がない人々に自覚を促し,既存の社会の規範がいかに抑圧的であり,周縁を排除するものであるかを表象し続けるのだ.知識人の批判の矛先は,治療者の治療実践にも当然向けられる.ただし,治療者が被害に直面する人々の力になれるのに対して,知識人は病的なまでに苦しんでいる人々に対して直接援助することはできない.むしろ知識人は加害者側の生活実践を絶えず批判するのだ.知識人の言説が立つ位置は,被害者側にある.治療者も被害者側にたって治療を行う.ただし,その実践の向かう先は,知識人の場合は加害者へ,治療者の場合は被害者へと,という図式になる.
 さらに,心的外傷に強い耐性を示す「復元性の高い人」は,どのような人格特徴なのか見てみよう.


  平均的な人たちがたやすく恐怖によって金縛りにされ孤立してしまうようなストレス
  フルな事件の最中においても,復元性の高い人は自分以外の人たちと力を合わせて目
  的にかなった行動をとる機会があればこれをすかさず捉えることができる.極限状況
  においても社会的なつながりを維持し,積極的な対抗戦略を放棄しないでおれる能力
  はまた後の外傷後症候群の発症をある程度予防するようである.たとえば,海難の生
  存者の中でも自分以外の人間と力を合わせて生き残った人たちは後になってPTSD
  を示すことが比較的少ない.これに対して恐怖に「凍りついて」他の人たちと離れて
  しまった者は後に発症する確率が高い.いわゆる「ランボー」たちも発症の確率が高
  い.これは一人だけで衝動的行為にひたり切って他の者と連携しようとしなかった人
  たちである.(ハーマン 1999; p87)

 治療実践の文脈においては,目的にかなった計画的な行動をとることが奨励される.さらに,社会的なつながりを維持し続ける必要性も説かれる.知識人は,目的,計画を糾弾する.社会的なつながりの大切さについてもそれほどは説かない.連帯,共闘は必要だと言うし,聴衆の参加なしには社会変革はありえないと言うが,むしろ社会の絆から離れて自由に批判できる立場を奨励するのだ..

   激烈な戦闘に曝されたのにPTSDを発症しなかったベトナム帰還兵十人の研究に
  よれば,ここでも,積極的・合目的的な対処戦略,高い社交性,内的管制塔の存在の
  三つの特徴がみられた.この例外的な兵士は,意識的に自分の冷静さ,判断力,自分
  以外の人たちとのつながり,倫理的価値,自分の有意味感を温存することに全力を集
  中し,それがもっともはげしい乱戦状態においても変わらなかった人たちである.戦
  争に対するこの人たちの姿勢は,これは自分への危険性の高いチャレンジであるから
  有効に対処して何とか生き抜こう,むざむざ犠牲になってたまるものか,というもの
  であった.この人たちは自分たちが参加した戦闘行為について無理にでも何らかのも
  っともらしい目的をつくり上げ,この考え方を自分以外の人たちにも伝えようと努力
  する.自分を守るのに劣らず自分以外の者を守ることに対しても高い責任感を示し,
  これは間違っていると思った命令に対しては反対し,無用の冒険を避ける人たちであ
  った.自分以外の恐怖も自分以外の人たちの恐怖もあって当然と受容し,しかし危険
  に対してできるだけ備えることによって恐怖に打ち克とうとつとめた人たちである.
  また怒りに身をまかせることも避けてもいる.この人たちは皆,敵に対する憎悪や復
  讐を口にせず,レイプ,拷問,一般市民あるいは捕虜の殺害,死体損壊に加わってい
  なかった.(ハーマン 1999; p87)

 心的外傷を及ぼすような危険度の高い状態に陥った場合は,できるだけ孤立無援にならないように,自分が無力だとは思えないように,普段の人生の価値観を失わないようにして行動していけばよいのである.この激烈な状況にいてもPTSDを発症しなかった兵士の理想像は,サイードやスピヴァクの「実際の姿」だと私が思いこんでいる彼らの理想像と重なる.
 目的を持つこと全てを否定すると虚無主義に陥る.誰でも目的を持ってしまうのだから目的を持つこと自体は否定しきれないとスピヴァクは言っていた.目的を持つことが支配につながることは指摘すべきだが,支配に抵抗するためであれば目的を持ってもよい.スピヴァクもサイードも上に描かれている兵士のように責任感と倫理的意志をもちながら,知識人として活動している.彼ら知識人の著作を読んで,支配的価値観の強大な力を思い知り,ニヒルになったり,戯れに走ってはいけないのだ.彼らは強い責任感をもって制度の中で闘っているのだから,否定的な修辞も,全ては支配に対する抵抗だと読み取らなくてはならない.
 ハーマンの心的外傷の回復過程では,被害者の無力感と孤立無援感を治療することに重点が置かれている.特に治療過程における支援者の重要性をハーマンは指摘している.「生存者に幸運にも支援的な家族,愛人,友人がいるならば,この人たちからのケアと 庇護とは強力な治療的効果がある.」(ハーマン 1999; p93).
 ポストコロニアリズムの文脈では,支援者の重要性はあまり語られることはなかった.むしろ支援しようとするものは全て被害者の語る権利を奪うものとして,表象されていた.この相違点は重要である.
 続いて,第4章「監禁状態」に移る.この章は,政治的監禁もしくは,婦女子が家庭内で監禁されている場合の犠牲者の状況を論じる.単一性の外傷はどこでも生じうるが,長期反復性外傷は,監禁状態という条件があって初めて生じるという.長期間虐待され続けることで,外傷後におこる侵入や狭窄などの症状がその後何年間も反復して被害者に襲ってくるのだ.
 この監禁状態という考えは,ポストコロニアルの文脈で,歴史的に民族規模で迫害を受けた人々の状況にあてはめることができる.世代を超えて過去の辛い経験は語り継がれる.
 監禁される場合,被害者は監禁が長期化するにつれて犯人に依存するようになると言う.依存が進むと,犯人の価値観に犠牲者の価値観が同化していき,犯人の現実が犠牲者の現実となると言う.まさしくこれは,植民地状況にあてはまる言述である.この状況に陥らないためには,犯人を人間と思わずにし,犯人と心理的な交流をしないようにすること,もし仲間がいれば仲間と連帯を作り,社会性と生活感覚を失わないようにすることなどがあげられている.
 監禁状態によって生じる外傷後症候群の症状は,長期化,複雑化しやすいという.状況に耐えるために感覚の麻痺が起こるし,アイデンティティの非人間化,自分をロボットや動物と思ってしまうような事態も起きるという.監禁から解放されても,監禁時の思考法が体に残っており,人々に対しての信頼感が持てなくなったり,絶えず怯えたり,自分で自分の行動の主導性を保てなくなるとも言う.これらのポストトラウマティックな症状は,ポストコロニアルの人々の説明にもなりうるだろう.
 第5章「児童虐待」に移る.児童虐待の文脈は,植民地状況にも十分重ね合わせて考察することができる.
 
   成人がその生活において外傷を繰り返しこうむれば,すでに形成されている人格構
  造が腐蝕されるけれども,児童期に外傷をくり返しこうむれば,この外傷が人格を形
  成し変形する.虐待的な環境にはまって出られなくなった子どもは,社会に適応する
  のが恐ろしいほど大変な仕事になる.(ハーマン 1999; p147)

 児童虐待も長期的で複雑な外傷後症候群を起こすという.児童に本来ケアと愛情を示すはずの親や大人が児童を虐待するのだから,深刻な影響が出ることは避けられない.
 虐待されるのは自分が悪いんだという感覚,もしくは虐待されないようにいい子であろうと執拗に努力し続ける自分,虐待児が肯定的な自己意識を確立できた場合でも,その陰に極度の自己犠牲がある場合があるハーマンは言う.
 
   この矛盾した二つの自己既定,すなわち低められた自己と高められた自己とは統合
  が不可能である.被虐待児はほどほどの長所とゆるされるほどの欠点とを持った一ま
  とまりの自己イメージを育てることができない.被虐待的な環境においては,ほどほ
  どとかゆるされる範囲というものは存在しないのである.被害者の自己イメージは,
  したがって硬直的であり,誇張され,分裂したものでありつづける.ひじょうに極端
  な場合には,このようなバラバラの自己イメージは解離された「もう一人の自分」人
  格たちの巣となるであろう.(ハーマン 1999; p165)

なぜ,ポストコロニアルの言説はばらばらな自己を肯定するのかというと,西洋が自分に様々なアイデンティティを押しつけるためという側面もある.「黒人の女」「外国人」「移住労働者」などと様々な否定的アイデンティティを押しつけられるのだから,それらのアイデンティティに囚われることなく,無限に境界横断することが望まれたわけだ.トリンは,その分裂状態をそのままで肯定的に扱おうとするが,ハーマンはトリンが否定した「一まとまり」の自己イメージは必要だとここでも主張している.
 引き続き,第6章「新しい診断名を提案する」をみる.ハーマンは,その当時のDSM-・の診断マニュアルにある心的外傷後ストレス障害の定義は,児童虐待や長期の虐待によって生じる長期反復的外傷症候群に対応していないと言い,「複雑性外傷後ストレス障害」の定義を考案する(「複雑性外傷後ストレス障害」は,2-2でみたようにDSM-・では採用されなかった).
 ポストコロニアリズムの文脈に即しそうな部分をこの章から抜き出す.ハーマンは,精神科医は被害者に欠陥があったから,被害にあったのではないかという偏見を持つことがあると言う.特に女性など弱い立場にある者が被害にあうと,被害者の性格にも問題があったと見なしやすいと言う.レイプ被害の場合には,彼女の方にも問題があったのだ,同意したのだという意見が出やすい.ハーマンはしかし,共犯性や協力という言葉を,自由がはく奪されている状況にあった被害者に対して使うことはできないと主張する.
 ポストコロニアルの文脈では,被抑圧者の方にも問題があったのだ,彼らは帝国主義者と共犯関係にあるなどという傲慢で時代遅れの言説はもう聞かれないであろうことを祈る.だが,ポストコロニアルの知識人に対する差別は数多く存在するだろうから,それらの偏見がなくなることも祈る.
 また,「生き残るための最小限の基本的欲求が残るだけになってしまった人の臨床像をみて,これは被害者の元来の性格だと誤診されることは今日でもしばしば起こっている.
 」(ハーマン 1999; p184)ともハーマンは言う.移住労働者で有色人種で,ブルーカラーな人々の状態を,彼らの元来の性格だと決めつけることはできないのだ,被害の歴史が裏にはあるのだ.


2-3-3 第2部「回復の諸段階」を読む

 第2部からは,被害者の回復が描かれる.本書の題名が「心的外傷と回復」ともなっているように,治療ではなくあくまで回復なのだ,ハーマンにとっては.被害者の主体性を取り戻すことに主眼が置かれるのだ.その理論は過酷な状況にあるポストコロニアルの被害者たちにも応用可能であるはずだ.
 第7章「治癒的関係とは」では,治療者と生存者との治療過程における原則が呈示される.ハーマンは,心的外傷の体験の中核には無力化と他者からの離断があると言う.

  回復の基礎はその後を生きる者に有力化 empowermentを行い,他者との新しい結
  びつきを創る creation of new connectionsことにある.・・・生存者は心的外傷体
  験によって損なわれ歪められた心的能力を他の人々との関係が新しく蘇る中で創り直
  すものである.その心的能力には「基本的信頼を創る能力」「自己決定を行う能力」「積
  極的にことを始める能力」「新しい事態に対処する能力」「自己が何であるかを見定
  める能力」「他者との親密関係を創る能力」がある.これらの能力はそもそもが他者
  との関係において形成されたものであり,まさにそのように再形成も他者との関係に
  おいてなされなければならない.(ハーマン 1999; p205)
  
 ハーマンは,アイデンティティは他者との関係によって規定されることは認めているが,自己と他者の間に明確に境界を引くことを提唱する.自己が確固としないと他者と関係を結べないし,他者に対するイメージが分裂的でも他者と正常な関係を結べないと言う.ばらばらでもいいのだとトリンの考えからすると反論できるが,実際に自他のイメージがばらばらで悩んでいる人を前にしている精神科医は,そんなことは言葉遊びにすぎないと反論するだろう.さらに言うと,スピヴァクが指摘した,西洋の知識人が第3世界のために語っているように見えながらも,決して彼らのためにならず,彼らの言葉を奪う形になってしまったという構造を,今現在ポストコロニアリズムの言説が模倣しているのではないかという疑念がこれを読んでいると起きてくる.
 理由を説明しよう.トリンの説く無限のアイデンティティは,精神医学によって抑圧されている精神病者のアイデンィティティ表象をモデルとしている.しかし,トリンが肯定的に定義しなおした分裂したままのアイデンティティが,精神病者の治療のために役立たないならば,トリンは精神病者らの表象を奪っただけで,何も彼らに返していないことになる.社会的弱者の味方になっているつもりが,なっていない,表象を奪っただけなのだ.やはり誰か治療者が実際に無限のアイデンティティ理論を使って治療実践をし,効果を証明する必要がある.
 ハーマンの著作では次に,回復のための原則が示される.

   回復のための第一原則はその後を生きる者の中に力を与えることにある.その後を
  生きる者自身が回復の主体であり判定者でなければならない.その人以外の人間は,
  助言をし,支持し,そばにいて,立会い,手を添え,助け,温かい感情を向け,ケア
  をすることはできるが,治癒(キュア)するのはその人である.善意にあふれ意図す
  るところもよい救援の試みの多くが挫折するのは有力化という基本原則が見られない
  場合である.その後を生きる者から力を奪うような介入はその人の回復のためになり
  えない.いくら,その人にその場では役に立つようにみえてもだめである.ある近親
  姦の後を生きる女性の言葉では「よい治療者とは私の体験をほんとうにまともに取り
  上げて確認してくれ,私が私の行動をコントロールできるように助けてくれる人のこ
  とで,私をコントロールしようとする人のことではない」
                         (ハーマン 1999; pp205-206)
 
 スピヴァクは『ポスト植民地主義の思想』で常に,慈悲心に溢れた行い,善意の行動の危険性を指摘していた.代わりに彼女は自己批判精神を奨励するのだが,しかし,彼女の善意批判を言葉通りに受けとって,慈善家の全てが悪いと解釈してはいけないのだ.必要なのは,救済者になろうとしないで,相手の力の育成を見守る姿勢なのだ.その姿勢があれば,慈善事業家でも構わないのだ.「求められているのは,全く一方的な行動ではない.当事者に対してその希望を尋ね,安全と両立する範囲内で選択肢をできるだけたくさん出すべきである.」(ハーマン 1999; p206)というハーマンの言葉も示唆的だ.一方的に相手の意向を無視して,行動を強制するのではなく,相手の意向を常に尋ね,選択肢をたくさん与える行為を支配者の全てはこれから全ての被抑圧者に対して行っていくべきである.いささかサイード調の断言に成り過ぎたので,以後は慎重に行く.
 ハーマンは,回復には暫定的に定められる3段階があると言う.(1)安全の確立,(2)想起と服喪追悼,(3)通常生活との再結合である.この3つが以下の3章で語られる.
 第8章「安全」をみる.治療の第1段階では,外傷によって喪失している自己の安全感覚をいかに取り戻すかという点に重点が置かれる.不安全感,自己統御の喪失感を取り除くこと,イニシアティヴをとり,計画を立て,独自の判断を下す能力の奪還が,治療によって目指されるという.治療には,薬物療法,認知療法,行動療法,リラクゼーションなど,精神医学で一般に行われている治療法が採用される.
 ポストコロニアリズムの文脈に応用できそうなのは,加害者と被害者の関係を述べた部分である.
 
  殴り殴られる関係においては,加害者側の誓約にもとづく安全の保障はありえないの
  である.いかに心を打つような誓言であってもである.それは被害者の自己防衛能力
  にもとづくものでなければならない.被害者が現実的な危機対処計画を作成し,それ
  を実行に移せる力があることを証明するまでは,被害者は虐待をくり返される危険が
  あるから決して油断できない.(ハーマン 1999; p262)
 
 児童期に虐待を被害者は大人になっても,加害者と複雑な関係にあることが多いという.加害者には暴力の裏に〈強制的にコントロールしたい〉という願望があるため,被害者自身が自己防衛能力を獲得するまでは,加害者側の力で安全が得られるとは思ってはいけないのだという.
 ここにポストコロニアリズムに応用できる問題が浮かび上がっている.精神医学における治療者は,加害者とは無関係だ.だが,ポストコロニアリズムの場合は,治療者と加害者の位置の問題がより複雑になる.治療者になろうとするような西洋の知識人,援助家は,第3世界の知識人側からすれば,帝国主義という加害者の一部に含まれることになる.例え植民地支配が終わっていても,帝国主義が残した地球規模の支配体制の生み出す恩恵のもとに西洋の人々は育ってきている.ゆえに,彼らを加害者の一部だと表象しても論理の跳躍ではないのだ.そのために,治療者をあれほど信頼しようとしない第3世界の知識人の態度が生まれている.
 西洋の支配体制の恩恵を受けてきた白人ブルジョワ男性が,マイノリティに対する援助行為を行おうとするなら,スピヴァクらが言うような自戒がやはり必要となる.すなわち,最初に自己と自分たちの社会がどれほど暴力を振るってきたかを洗いざらい検証し,その基盤の上に現在の偽りの繁栄があることを認識したうえで,絶えず自分の言説の持つ暴力性を認識しながら援助行為に向かわねばならないだ.
 第9章「想起と服喪追悼」に移る.

   回復の第二段階とは被害経験者が外傷のストーリーを語る段階である.それは完全
  に,深く,具体的細部にわたって語られる.この再構成の作業によって外傷的記憶は
  実際に形を変え,被害経験者のライフ・ストーリー(生活史全体)の中に統合される
  ようになる.(ハーマン 1999; p275)
 正常な記憶は,言語による直線的な物語となるのに対して,外傷的記憶は,言葉を持たず映像のみ,感情も混じらず,繰り返しが多いという.「それは時間を追って発展し進歩するということがなく,ストーリーを語る者の感情のあり方も事件の解釈も明らかにしてくれない.」(ハーマン 1999;p273)これはサイレント映画のようだというが,私には外傷的記憶はポストモダン小説や映画のようにしか思えない.まさしく知の最先端で賞揚されるような物語の書き方を外傷性記憶はこなしているのだ.しかし,西洋の知識人たちがサバルタンを表象しているようでいて,何も見えていないのと同じように,実際の外傷性記憶はポストモダンの言説が賞揚できるようなものではないだろう.
 ハーマンは,事件の物語を言語化し,再構成する作業を促す.被害者にとって外傷性記憶を思い出したり,他者に語るのは非常な苦痛を伴うので,安全感がしっかり確立されてからでないとこの作業には進むべきではないという.生存者の語りを聞くとき,治療者は「中立的」「非最低的立場」をとるだけでなく,生存者との道徳的連帯性を鮮明に示すことが必要であるとハーマンはいう.
 
  治療者はまた,生存者の価値と威厳とを肯定するような,外傷体験の新たな解釈を構
  築する助けをしなければならない.治療者にアドヴァイスをするとしたらどういうこ
  とを言いたいと思いますかと尋ねられた生存者がいちばんよく言うのは,治療者が真
  実性の確認役をしてほしいということである.(ハーマン 1999; p279)
 
 治療者に確認してもらい,被害に遭う前後の生活史と意味があうように外傷性記憶を人格に統合できるようになれば,生存者の恥辱感は軽減されるという.語られなかった記憶を物語る行為は,最近の,歴史の検証を行うモリスンらポストコロニアリズムの文学に通じるものがある(モリスン 1990 ).
 外傷性記憶の想起がある程度達成されたならば,外傷性喪失を服喪追悼する段階に移る.ハーマンは,生存者の外傷体験があまりに衝撃的だった場合には,生存者は外傷体験によって生じるはずの哀しみの感情を追放してしまうことがあるという.外傷によって喪失したものを追悼することで外傷による症状は解消されるという.
 加害者に復讐しようという復讐幻想は外傷性記憶の裏返しに過ぎないという.「加害者の側が正心証明の痛悔をするのは稀有な奇蹟である.さいわい,生存者はこれを待っている必要はない.生存者の治癒はおのれの生活をとりもどそうとする愛に気づくことによるからである.」(ハーマン 1999; p297).ハーマンは,自己を肯定し,コントロール感をとりもどすことを奨励しているが,生存者に罪を問うことをやめろと言っているわけではないという.復讐に心を奪われることをやめて,他の人々とともに法廷で加害者の責任を問うことをすすめるのだ,心を掻き乱されることこそ心的外傷がもたらして災厄なのだから.
 第10章「再結合」に移る.回復の第3段階は,新しい自己像の創造という過程になる.外傷によってばらばらにされた信念,自他像を再構築するのだ.トリンのいうよう境界横断的な自己でなく,ハーマンは他者と自己の境界を明確に認識できる自己像を推奨する.
 精神医学的なアイデンティティ像にハーマンは無批判なのだが,ハーマンは生存者に自己防衛感,パワーが芽生えたならば,今度は既成の社会の価値観・権威を疑い,闘ってみることを勧める.
 例えば,男は勇敢に戦場に赴かねばならないだとか,女性は従順であるべきだなどの価値観を疑うことで,自分を被害者役に押しこめている社会的圧力の発生源がわかるという.フェミニストであるハーマンの面目躍如となる箇所である.被害者は往々にして自分の意見をはっきり述べたり,他人に反抗するのに抵抗感があるので,既成の価値との闘争がよい治療になるのだという.外傷を受けたことをプラスに捉え,外傷体験の経験者としての自分が社会にいかに貢献できるかを考えることもハーマンは勧めている.
 回復の過程の説明はこれで終わるのだが,ハーマンは最後に,外傷の完全な解消はありえないこと,再発の可能性があることを説く.それでも,生存者の注意が回復から離れて,日常生活の様々な仕事に移るだけでも十分だと説く.
 第11章「共世界」では,人間の共世界 human commonalityに再加入することによって,生存者は失われた人間性をとりもどすとハーマンは言う.
 
  グループの連帯性は恐怖と絶望とに対する最大最強の守りであり,外傷体験の最強力
  な解毒要素である.外傷は孤立化させる.グループは所属感を再創造する.外傷は恥
  じ入らせ,差別の烙印をおす.グループは証人になり,肯定する.外傷は被害者を堕
  落させる.グループは向上させる.外傷は被害者を非人間化させる.グループはその
  人間性をとりもどす.(ハーマン 1999; p340)

 ここでもポストコロニアリズムの文脈では被抑圧者の状況打破のために必要なものとしてそれほど強調されていなかったグループの絆が強調されている.治療にグループ療法をとりいれることをハーマンは勧める.複数の副リーダーによってグループが運営されることも勧められている.

  複数の副リーダー co-leadersによるパートナーシップの利点は副リーダーたちにと
  どまらずグループ全体に及ぶものである.副リーダーたちは補い合いのモデルになり
  うるからである.副リーダーたちが,どうしても生じてしまう相互の相違点を克服し
  消化してゆく能力を示せば,それはグループ全体に広がって,葛藤と多種多様性に対
  するグループの耐用性が増大する.もっとも,対等者同士の協力でなく支配と屈従と
  がリーダーたちの間で再演されるようなことになるならば,安全の雰囲気が醸成され
  ることはありえない.(ハーマン 1999; p355)

 これもポストコロニアリズムの言説に流通させたい.
 以上でハーマンの著作の本編は終わるのだが,増補版には補論として「外傷の弁証法は続いている」が掲載されている.ここでハーマンは回復のさまざまな段階は,個人の治癒過程のみにとどまらず,共同体の治癒過程にもみられると言う.集団的な残虐行為に対してもハーマンの理論が有効性を持つことが主張されている.

 
2-4 ポストコロニアル状況とポストトラウマティック状況の差異

 2章の最後に,今までの議論を「アイデンティティ」など本論文の主要概念に対するハーマンとポストコロニアリストの表象の仕方の違いとしてまとめてみる.
 アイデンティティについては,ハーマンは古典的な一つに統合されたもの,自他の境界がしっかりわかれているものとして表象している.計画をもって行動でき,目標をもって生きていける個人を精神治療の目標として設定してしまっており,その概念からはずれたアイデンティティをもっている者は,障害者として診断されてしまう.「物語」について言えば,直線的に発展し,言葉で語られ,意味のあるものを正しい物語として定義してしまっており,外傷性記憶のような,非直線,言葉がなく映像イメージだけ,意味も明確にとれないような物語は,物語以前的な物語として排除してしまう.
 権力について言えば,旧来の支配権力にたいして差別的な言説があると思えば,それに対して対抗する姿勢はみせるものの,世界全体の価値観を疑うまでには至っていない.自分たちの住む世界は素晴らしいものだという楽観論が見受けられる.ただし,これについては,治療者の立場というものがあるから,あまりに世界に意味を見出していない被害者を治療するためにとらざるをえない立場であると言える.
 アイデンティティや物語や権力に対する,ポストコロニアリズムの観点からみると誤謬にまみれた意識は,治療者という立場からくるものである.社会の規範から外れてしまっている被害者が以前の価値観と生活様式を取り戻すことへの援助を行うため,治療者は社会規範をある程度肯定する.その他者支配的な立場はポストコロニアリストからすれば,批判されうる.しかしハーマンは,治療者は被害者を支配下におかないように何度も注意する.その支配被支配の依存関係が犯人と被害者の関係を再演してしまうし,治療には役立たないからである.治療者は,孤立無援感と無力感に囚われている被害者が,力を取り戻すまでの援助を行うだけだと言う.
 この援助を行うという関係は,ポストコロニアリズムの文脈では否定され続けてきた.なぜなら,援助を行おうとする他者は,支配構造によって優位にたっているため,ある種支配の共犯者とみることができるからである.トラウマ治療の文脈の場合,治療者はあくまでトラウマとは関係のない第3者の立場にあるため,被害者は治療者を嫌悪する必要はあまりない.
 ポストコロニアリティにおいて第3世界の援助を行おうとする場合,援助者は絶えず自分の社会がどれほど他者を抑圧してきたかの歴史を検証しなければならない.かつ,その支配構造の歴史によって今の自分の特権的位置があることも認識する必要がある.この支配構造を援助者は批判し続けなければ行けないし,発言および行動するときは絶えず自分の持っている特権性を認識し続けなければならない.そうした自己批判が達成されないで,歴史的に排除されてきた他者に援助を行うとすると,支配構造の反復をしかねないのだ.
 ポストコロニアリズムは各主体が置かれている歴史的状況を問題にした.特権的で客観的で透明な第3者的立場などどこにもないのだ.この視点にたてば,トラウマ関係に対して第3者だとして表象されている治療者の立場も,実際には公平客観な場所などではないことになる.治療者は,公平客観な立場になど自分はなれないことを自覚する必要がある.そのうえで,ハーマンが言うようにそれでもできるだけ中立的な立場を維持できるように,被害者の言葉を裁定しないように,被害者と道徳的連帯が作れるように治療行為を行えばよい.
 ハーマンの示した回復過程や治療者と被害者の治癒的関係の理論は,ポストコロニアルの状況に十分接続できる理論射程をもつ.ポストコロニアリズムの言説では語られず批判された援助について,ハーマンは有益な視点を示しえた.これは贈り物として受け取ることができる.逆に,ポストコロニアリズムからハーマンに対して,アイデンティティ概念を何とか更新できないかという提言が贈られることになる.アイデンティティ概念を更新するためには,直線的に発展する物語とか,計画や目標を掲げるのを称賛する精神医学の多くの言説の変更をも求めることになる.無限のアイデンティティなどレトリックにしかすぎないと言ってしまえば,支配的なアイデンティティの価値観を温存することになってしまう.社会と精神医学の全体に価値変更を迫る提訴を行いつつ,分裂的なアイデンィティティ概念に基づく治療でもPTSDは治るという実例を科学的に示さねばならないだろう.
 引き続き次章でも詳しく考察する,知識人像の違いについて最後に分析する.ポストコロニアリズムの知識人は社会の外側にたって,ヘゲモニー内で快活に暮らす人々に自己批判を迫るような表象の生産を行っていた.一方,精神科医たちは社会の価値をそれほど疑わずに肯定する専門家として社会内で活躍し,被害者に特権的な立場から治療を行っている.
 そうだからと言って一方的に精神科医を批判することはできない.精神科医たちは,トラウマ被害者など直接に苦しむものに即刻有効な援助行為ができるのに対し,知識人は直接苦しむものの力とはなりにくいのだ.既存権力内で苦もなく生活している者に自己批判を迫る力はあるのだが,知識人はすぐ効く実効性を大事にしない.むしろ功利主義的として軽視する.彼らはより大きな視点から社会と歴史の問題を問う.
 専門家は権力を批判しないからと言って,一方的に批判することもできないのだ.彼らは彼らで知識人には成しえない実践を行っている.苦しむ者に平和を取り戻させる実践のためには,社会の価値を肯定することもやむをえないのだ.
 両者が全く違う実践圏内にあるかというとそうでもない.ハーマンがしめしたトラウマに耐性のある者と,サイードら知識人のあり方は似ている.他者に対する責任感,自分で自分の運命を切り開いていこうとする意志などが似ているのだ.これらの表象を両者とも肯定はするのだが,大きな違いが1つある.ハーマンは繰り返し,感情的紐帯の重要性,信頼感の大切さを説いていた.しかし,知識人は社交性や仲間意識,信頼,感情などについてはあまり語っていない.この両者の違いの問題は第3章でも再び注目されることになる.
























第3章 軍事心理学とポトコロニアリズムとトラウマ治療理論の対話

3-1 サイードの軍人表象はオリエンタリズムだ

 サイードの『文化と帝国主義』の中に以下のような民間エリートを批判する1節がある.サイードはイスラム圏の大学に招待された.英文コースでは,古臭い講義が行われていたのに,履修する学生が何故か多かったと言う.
 
  英文コースを履修する学生が多い理由は,どことなくしらけきった教員のひとりが率
  直に語ってくれたことによれば,こうだ.学生の多くは卒業後,航空会社や銀行に就
  職が内定していて,こうした職業では英語が〈国際共通語〉なのである.ただこれで
  は英語から表現の特徴や美的特徴をはぎ取り,批判的あるいは自意識的次元をこそぎ
  とり,ただの機能的な道具のレヴェルにおとしめることにほかならない.コンピュー
  タを使い,注文に応じ,テレックスを送信し,積み荷リストを確認することができる
  ように英語を勉強するというわけだ.それで終わり.(サイード 2001; p193)

 この英語の道具的貶めの状況が,イスラム復元主義と共存していることをサイードは指摘する.アラビア語は高められ,英語は機能言語に貶められているというわけだ.しかし,上の航空会社や銀行に就職する学生に対するサイードの否定的な表象は,東洋を否定的に表象するオリエンタリストの表象と語り方が似ている.
 これとよく似た,より傲慢な事例をもう一つ紹介する.批判意識のない専門職に対する限りない嫌悪感は,『知識人とは何か』でも表明される.第5章「権力に対して真実を語る」でサイードは,専門分野の隠語を仲間同士で語り,権威に対して独立精神も批判意識もない専門職を批判する.
 サイードがコロンビア大学で働いていた時,ヴェトナムで空軍に勤務していた経験のある学生がサイードのセミナーを受けるために面接に来た.そこでサイードはプロフェッショナルたちの隠語の実例をみたと言う.
 
  「軍隊で君は実際になにをしてきたか」というわたしの執拗な問いに対し,彼がいき
  なり「目標補足」と答えたときの衝撃を忘れることはないだろう.彼が爆撃手であり,
  その職務は,まあ,いうなれば爆弾を投下することであるとわかるまでに,わたしに
  はさらに数分を要した.・・・ちなみに,わたしは彼をセミナーに入れることにした
    彼について観察できるという心づもりがあったのかもしれないし,できるならば,
  その恐るべき専門用語を捨てさせようと考えたのかもしれない.まさに「目標補足」
  である.(サイード 1998b; pp139-140)
 
 『オリエンタリズム』でサイードは,オリエントは実際に存在するのではなく,西洋の中にこそ存在する,オリエントとは現実と完全に符合することのない他者に対するイメージであると分析した(サイード 1986 ).そう言うならば,このような皮肉のまじった,冷笑的な他者表象は,控えるべきではないだろうか.もっと自分の言説に責任を持つべきではないだろうか.
 少なくともスピヴァクの文章にはこのような憶断は入らないであろう.しかし,彼女の文章は,あまりに専門的な晦渋さに溢れているので,サイードのいうプロフェッショナリズムに陥っていると言われても否定できない.サイードには知識人たるものアウトサイダーたれ,専門語に翻弄されることなく常にアマチュアたれ,という主張がある.よって,どうしてもこのような問題発言が繰り出すのであろう.
 本章では,このサイードの健気で一途な他者表象に対して,専門家側からみた,専門家の表象を対置させる.
 「切断」でスピヴァクは以下のような認識法を示してくれた.権威に従順な専門職ばかりがはびこる体制を不満に思い,中心から周縁に追いやられている知識人に目を向けると,今度は中心にあった専門職が自己から無限に後退してしまう.サイードの専門家に対する偏見は「切断」にみえる.スピヴァクはこの切断概念を,理論化が後退させてしまった本質を徹底的に検証するための方法として提唱している.私も,サイードが知識人の表象に目をむけることで切断されてしまった専門家の表象を,専門家のみに焦点を絞ってみてみたいのだ,知識人を切断することによって.
 とりあげるテクスト,表象が描かれている著作は,マクナブ『SAS・特殊部隊知的戦闘マニュアル』(2002,原書房)である.著者クリス・マクナブは軍事史研究家であり,ミリタリー関連の書籍を多数執筆しているという.SASとは,イギリス陸軍特殊空挺部隊の略称である.この部隊は空挺部隊という名称をもつものの,アメリカ軍のグリーンベレーやデルタフォースと同じように,様々な特殊任務を行う「エリートフォース」「ゲリラ部隊」「不正規軍」なのである.数ある特殊部隊の中でもSASは最強というふうにミリタリーマニアの間では表象されている.軍事関係の本棚に行くと,SAS関連のサバイバル,護身術,戦闘技術,戦闘記録の本がたくさん置いてある.この本ではSASの隊員にはどのような訓練が行われているのか,普通の軍隊とSASの違いは何なのかということが,主にメンタル面の訓練に即して語られている.
 戦争に反対すべき知識人の立場とは正反対にあるのがSASであると言える.この本をとりあげるからといって,私は何も右派ではないし,戦争賛成派なわけでもない.私の立場はあくまでサイードやスピヴァクらポストコロニアリズムの方に傾斜している.ただ,そこにいたのでは無限に後退してしまうものを捕まえるためにこのテクストを選んだ.徹底的に批判するためには,敵の理論や実践を詳細に把握しなければならない.
 別にビジネス書や意志決定モデルなどを語ったMBA関連の研究書まがいのものを取り上げてもよかったのだが,軍隊の方を選んだ.なぜなら,ポストコロニアリストが資本主義経済に対して表象することよりも,戦争に対する表象の方が激しく誤っているだろうと想定したからである.水と油の関係であろう.
 本書の語りの中心にはアイデンティティが据えられている.本章でも軍人のアイデンティティがテクスト内でどのように理想化されて表象されているかをみる.また,そのアイデンティティ像は精神医学の文脈で推奨されていたアイデンティティ像と近いので,その問題点も指摘しつつ,返す刀でポストコロニアリズムのアイデンティティ概念の問題点も検証する.さらに,2章で提起された「信頼・連帯・団結」などをポストコロニアリストがなぜ言説から排除するのかという問題もこの章の末尾で明らかにされる.

 
3-2 マクナブ『SAS特殊部隊知的戦闘マニュアル』を読む

 マクナブの著書の中から,はじめの5章までを読んで行く.チームワークを扱った5章までとりあげれば,それだけで軍事エリートと知識人の違いが明確になると考えたためである.
 第1章「生き残る意志」をみる.20世紀になるまでは,西洋では軍隊の精神面が考察されることはほとんどなかったとマクナブは言う.20世紀に入って強力な破壊力を持つ新兵器が次々とうまれ,大量に兵士が導入されるようになると,兵士の間で大量に発生する精神障害が大きな問題になった.これにより戦争と精神医学が大きく連関してくる.また,どのようにすれば精神障害に陥らないメンタルの強い兵士が作られるかという軍事心理学の研究も各国で盛んに行われた.現在の軍事心理学の研究では,精神障害の予防・治療よりも,「人間という機械が多数の任務を最良にこなすための方法」(マクナブ 2002; p18)の研究に重点が置かれているという.
 現在たいていの国では全ての兵士が軍事心理学による恩恵を受けていると言う.ここまででも十分に読者は軍事心理学がどれだけ支配制度に順応するものであるかがお分かり頂けただろう.戦争や権威に対する批判意識まるでなしである.
 マクナブの本では,特殊部隊が上記の軍事心理学的観点から分析される.特殊部隊員に共通する資質として,「知能」「自制心」「冷酷さ」「知識」「肉体的苦痛に対する忍耐」などがあげられている.特にこの本では,今後もくどく,優秀な兵士はみな知能が高いということが強調される.
 第2章「戦闘ストレスを克服する」をみる.現代の戦争は昼夜を問わない,何十時間と激戦が続くことがある.高度で複雑な最新兵器の操縦になれなければならないし,兵士には多大なるストレスがかかる.サイードが否定的に表象した退役軍人の学生は,目標補足のために多大なるストレスをおっていたのだ.「現代ジェット戦闘機のコクピットもきわめて過酷な戦闘環境といえる.パイロットは負傷や死の恐怖と戦いながら,途方もなく複雑な機器を扱い,吐き気を催すほどのGに耐えなければならない.」(マクナブ 2002; p34).
 マクナブは,特殊部隊は通常兵に比べてストレス患者の発生率が極端に少ないと言う.
SASでは,ストレス耐性を作るため,現実の戦闘に等しい訓練が行われる.兵士に慣れと自信をつけさせる.自信は部隊の絆によって作られると言う.「特殊部隊は小規模で結束の強い集団で訓練を受け,隊員はお互いを詳しく知るので互いに信頼関係が生まれる.・・・隊員たちは,ひとたび疲労と訓練の要求を分かち合ったら,その集団を守り,高めていきたいという欲求により,すぐれた熱意を示すのである.こうした熱意が高まると,兵士は自己に引きこもるのではなく,戦友に関心をもつようになるから,CSR(註:戦闘ストレス反応のこと)の入りこむ余地は少なくなる.」(マクナブ 2002; pp49-50 )
 この連帯感の強調は,ハーマンも同様であった.特殊部隊員のパーソナリティーとトラウマに耐性があるもののパーソナリティーはどうしても近似する.精神医学の実績が部隊の訓練にいかされるためなのだが.
 第3章「特殊部隊員の選抜と訓練」に移る.特殊部隊員は通常部隊で優秀な者の中から通常選ばれる.その選抜過程は厳しく,初期の訓練は過酷ないじめに近い.厳しい訓練を通して,スカウトは人格面でも知識面でも非凡な人物を選び出す.能力を判断するには,候補者を長期に渡って肉体的・精神的に極めて困難な状況に置くしかないという.知能・語学力・身体能力はもちろん必要だが,多大なプレッシャーのもとでも冷静な論理的思考能力を維持できるかが試されるのだという.候補生はさまざまな基準で評価を受けるのだが,心理学的な基準としては以下のようなものがあげられている.
 
  ・ねばり強さ 肉体的・精神的な限界にあっても自分の責任をまっとうできるか.
  ・・・・想像力と知能 プレッシャーのもとでも独自の方法で問題解決ができるか.
  極度のストレスのもとでも明晰な思考過程をたどれるか.・・・・団体精神 特殊部
  隊には孤立主義者の居場所もあるが,ほとんどの部隊では,集団での戦闘に積極的に
  参加し,個人の関心を後回しできるかどうかを訓練で試している.チームプレーので
  きる人物は,自分にない他人の才能を認めることができるので,よりよい戦術家にな
  れる.(マクレブ 2002; pp67-68)

 肉体的・精神的な限界状況でも明晰な思考ができる能力など知識人には求められていない.そのかわり,知識人はあらゆる権威に追従せずに自己の自由を守る任務がある.しかし,特殊部隊には知識人のような孤立主義者はいらないのだ.
 特殊部隊は集団的かというとそうでもない.特殊部隊員には「自分で判断を下す自主性を示し,集団の意志に流されない」(マクレブ 2002; p70)資質が必要だと言う.グループで動ける能力と個人で動く能力の両方が要求されるのだ.個人の判断が随所で求められる任務をこなさなければならないからである.
 
  訓練の最初の段階では,候補生の自我を攻撃し,挫くことに重点をおいているが,後
  半の技能訓練では,訓練生は成功に向けておおいに励ましと助力を与えられる.アメ
  リカおよびヨーロッパの軍隊で行われた調査では,訓練を受ける兵士にとってもっと
  も励みとなるのは,上官や同僚から認められること,賃金の上乗せや特別休暇などの
  特典をあたえられることだと,はっきり証明されている.(マクナブ 2002; p74)
  
 出典の明示もされていない調査の引用によって,攻撃してから優しくする支配の法則と,功利主義的な動機づけの価値観が語られる.初期訓練は脱落者を出すための残虐行為にしかみえなかったのだが,選抜がある程度終わると,実戦に役立つ知識を次から次へと教える訓練に切り替わる.
 ここまでの過酷な訓練を施されて,命をかけて何故闘うのかといえば,大義名分のためなどではない,身近な仲間の部隊員との連帯意識のためである.大きな支配権力の構造が,仲間間の友情と上官から与えられる報酬という狭い社会の形成によって,隠蔽されてしまう.
 第4章「知能と集中力」では,特殊部隊員にいかに知能が必要となるのかが説かれる.
 学歴とは関係のない知能の必要性が説かれる.学暦があれば難しい概念の扱いはできるようになるかもしれないが,自主的思考,集中力,感情コントロール能力,精神力などは学歴では証明されないという.
 ここで,サイードの批判していた英語の道具言語化の肯定面が語られる.言語運用技術について,「試験官は,矛盾なく容易に理解できる文章を作成できるか,複雑な命令を与えても理解できるかを見ている.こうした能力は,戦場で無駄に混乱なく自信をもって戦術を練る能力に結びつく.」(マクナブ 2002; p97).サイードの説くような言語表現の美的特徴や,スピヴァクやトリンの文章に現われる複雑な修辞など戦闘員にはやはり必要ないというわけだ.
 また,ポストコロニアリズムの知識人が,表象は現実を単純化している,事態はより複雑なのだという点を繰り返し指摘しているのに対して,特殊部隊員には現実の事態をより単純化して理解しやすいものにすることが求められる.戦場は秒刻みで状況が変わる,何もしなければ混乱がますばかりだ,混乱の増加は己の命をおびやかす.「現在の特殊部隊では,戦術を最小限必要なものだけにそぎおとし,むしろ,テンポと強力な戦闘能力に頼るようにしている.特殊部隊員は,明確な戦術的行動を案出し,潜入から脱出まで実行可能な計画を練らなければならないのだ.」(マクレブ 2002; p101).
 高度情報資本主義を象徴するように,テンポの異常な速さと強力な力が推奨される.資本主義の主流な流れに乗れない弱者はどんどん周縁に追いやられてしまう.
 第5章「チームワーク精神を培う」では,チームワークの重要性が説かれる.自制心,個人の気まぐれな感情を抑制する必要が説かれる.
 特殊部隊にとって,自己の集団を批判する精神は必要ないどころか,有害なものでさえある.「反目が生じれば部隊の戦闘能力が著しく低下する」(マクナブ 2002; p121).すぐれた成果をあげる特殊部隊は,「個々人が部隊への帰属意識をもっており,個人的に親密な関係を築きあげていることがわかった.」(マクナブ 2002; p121).集団に親密さは確かに必要なのだが,批判精神がなければ全体主義におちいるではないか.しかし,特殊部隊では批判などしていては,訓練についていけないし,戦場で死んでしまうのだ.仲間との協調,規律を守ること,信頼感を築くことのみに重点が置かれ,自己批判精神は,技能の判断ミスにのみ向けられる.判断ミスに対する注意は並外れたものなのだろう,命がかかっているのだから.支配権力に対して自己批判精神を働かせることは,彼らにとって直接命に関わる問題ではないため棚上げにされる.
 以下の章については,簡略にした要約を呈示する.第6章「統率力」では,ビジネス書にあるようなリーダー論が語られる.誠実,勇気,高潔さ,尊敬,没我的態度などがリーダーには求められるという.
 7,8章では細かい戦術について語られるので割愛する.
 第9章「拘留・脱出・サバイバル」では,監禁された場合の脱出法とサバイバル時の注意点が述べられる.監禁時には,自己でコントロールできることはコントロールすること,できれば助け合いのネットワークを作ること,人間としての尊厳を保つようにすることなど,ハーマンが語ったことと同様のことが語られる.
 第10章では平和維持活動における注意点が語られる.平和維持活動においては,戦場ではなく民間人が隣接する地域で活動することになるので更なる知能・判断力が求められると言う.平和維持活動の方が戦争よりも民間人が隣接しているし,敵の行動もゲリラ的になるのでやっかいだと言う.
 第11章では未来の戦争がどうなるかについて短い予言が語られる.


3-3 知識人と知的エリートの差異

 サイードやスピヴァクが呈示した知識人の表象と.特殊部隊員についての表象の間にある差異についてまとめてみる.3-2でとりあげたものは,あくまで特殊部隊員についての表象であり,いささか理想像の霧に包まれすぎていると考えられる.知識人についても,実体ではなくあくまで表象だといえるので,概念的に呈示された両者の差異を考察することにする.
 ここでは,特殊部隊員を広く専門家一般の代理表象として捉える事にする.特殊部隊員に必要な能力についての記述は,知識人になるために必要なな能力の記述と比べると,明らかに社会内で権威を持っている専門家の方に近いと考えられる.特殊部隊員と知識人を比べたため,そうなっただけなのだが,それでもここは強引に特殊部隊員の表象を専門家一般について語った表象として解読することにする.弱さをさらけだすように言いかえれば,特殊部隊について語られたテクストの中から,私が専門家についてもあてはまることだと思っている表象を抜粋して解釈することになる.
 さらに,サイードのいう専門家を私は知的エリートという言葉で再表象したい.知識人も知的エリートではないかと思われるかもしれないが,ここでは,社会の支配的な権威の恩恵を受けている人物を知的エリートとして定義することにする.サイードのいう専門家とほとんど変わらない概念である.専門家と知的エリートの違いは,サイードと私の論点の違いから生じる.専門家は他人にはわからない専門用語で話している,知識人はアマチュアたれという主張を行うためにサイードは専門家という表象を行った.私はそこにはあまり論点の中心を置かないため専門家という言葉を使わない.私が論点の中心を置くのは,「専門家」が社会の利益を享受し,権威者になっている点である.よって,権威に従わないように勧められる知識人に対して,私はエリートの位置に自らを置いてしまう彼ら「専門家」を知的エリートと呼ぶことにする.
 ここから先「知的エリート」という言葉で表象されるのは,全て前節の軍人の記述と重なっている.知的エリートのいる場所など軍隊と同じだと私が思っている妄想から知的エリートと軍隊が重なってしまったのかもしれない.しかし,知的エリートのあり方は,明らかに軍隊だ.二つの違いは,戦争を肯定しているのかどうかという点だけであろう.
 軍隊員は目前の危機に対処することに精一杯で,戦争自体否定されるべきかなどと優雅に考えている暇などない.知的エリートは戦争については考えられる.ただし,彼らも自分たちの所属する集団の価値が誤ったものであるかどうかなどという哲学的な談義は避けるだろう.忙しいのだ.無意味で非効率的でお金にならないのだ.
 知識人は彼らと違い,自分の位置する場所を絶えず批判的に吟味する.軍隊と知的エリートがなぜ,知識人と別に一まとまりに括られてしまうかと言えば,知的エリートと軍隊には自分の場所について厳密に考える哲学的思考習慣がないためだ.かといって私に知識人を持ち上げて,知的エリートおよび軍隊を貶める意図などない.両者の差異を見極めたいのだ.
 エリートは,知的でなければならないという固定観念があるため,知的エリートという言葉を私は採用したのかもしれない.しかし,SASの記述でも繰り返し知能の高さが必要だと言及されていた.その知能とは学歴ではなく,冷静な論理的分析力,感情を抑制する力,問題把握・解決能力などである.社会全体はやはり知を高価値に置いている.ただし,知的エリートの知と知識人の知は異なるあり方をしている.知的エリートには直面する問題の解決に役立つ即効性のある知能の必要性が説かれるが,知識人には,歴史的に,社会的に長いスパンで問題を考察する知力が要求される.
 知的エリートには,肉体的・精神的な強さも要求される.さらに,知識人にはあまり要求されない社交性,他者協調能力,グループ行動力が求められる.
 SASの本では,他者との信頼関係を築く能力の大切さが繰り返し説かれていた.感情的連帯,帰属意識の必要性が説かれていた.一人でも集団になじまない「腐ったリンゴ」がいると,集団全体の能率が落ちてしまうというのだ(マクレブ 2002;p127).軍隊では団体行動がとれないことは死につながる.「腐ったリンゴ」という表現はきついものだ.差別的である.サバルタンを排除する.同質でないといけないのだ.この過剰なまでに連帯を強調する視点は,知識人側にはない.
 だいたい女の話がマクナブの著書には全く出てこない.女性は排除されている.ただし,ワイズマン『SAS流肉体改造マニュアル』(2000:原書房)には,女性に対する言及も少しある.ワイズマンの本は,民間人でSAS隊員と同じような筋肉増強トレーニングを行いたいものに向けて書かれている.トレーニングを行う女性について書かれた箇所には,それほど女性差別意識はみられない.ワイズマンは,月経周期に影響なく女性が金メダルをとってきたことなど,性差別に反対意見を述べた後で,女性に適した運動の仕方,生理学的注意点などを「公正」な視点から科学的に述べている(ワイズマン 2000; pp10-19).ただこの本では,女に対する言及があまりないかわりに,トレーニングをしている写真の半数以上が女となっている.主に白人の「美しい女性」である.
 このような弱者排除の,強者による競争の団体主義が軍隊にはあるのだが,軍隊は集団依存を嫌う.個人で自制し,一人で考え行動できる人物を一方で表象している.団体行動と単独行動の両方をこなせなければならないのだ.それでも知識人側からすれば,彼らは集団的で,弱者排除のように見えてしまうのだが.
 最も注目したいのは,やはり2章の分析でも明らかにされたように,知識人側は感情の連帯を強調しないのに,支配価値観を受け入れる側は,社会の感情的連帯,信頼関係の育成,グループ行動を強く勧めていることである.ハーマンもトラウマの治療にはそれらの社会関係能力が欠かせないと言っていた.なぜ,知識人は孤立を勧め,感情・連帯を捨象するのか.
 ただし,軍隊は感情的信頼関係を強調しはするが,個人の一時の感情に流されないこと,自制する能力を一方では強く求めている.ハーマンも同様に,強すぎる感情に流されないこと,感情をコントロールしつつ,上手につきあうことを勧めている.
 本書の探求の主題はアイデンティティ概念だったが,もともとポストコロニアリズムのアイデンティティ概念など,知的エリートおよび一般のアイデンティティ観と違っていることなどわかりきっていた.考察の中で浮かび上がってきたのは,感情に対する表象の違いという新たな主題なのだ.感情の違いは,もはや知的エリート対知識人という2項対立ではなく,一般社会対知識人という2項対立にまで拡大されるであろう.これは結論で考察される.
 本節では最後に,アイデンティティ,歴史=物語,権力,知識人のあり方についての,軍事心理学とポストコロニアリズムの間にある差異をまとめる.
 軍事心理学では,アイデンティティを精神医学と同じように固定したものと捉えていた.当然,歴史=物語についても直線的に発展する一つの歴史,物語が公認されている.もちろん対立する敵の歴史は潰さねばならないのだが.注意点としては,想像力のある人物などいらないと公言されている点が上げられる.論理的思考能力が推奨されるかわりに,一人でひきこもって想像を膨らませている人間ははっきりいらないと公言されている.ただ一つの目的を熱心に追求すること,わき道にそれずに分析する能力が高められる.共同体にとって物語は一つなのだ.個人の妄想は許される余地がない.
 権力については,軍隊は従順である.むしろ上官の命令に反抗するようだと規律を乱すのでいけない.もちろん,論理的に説明する反論なら許されるが,自己側の権力構造を問うことなどしている暇がない.せまりくる敵の権力と闘わなければならないからだ.自己側の権力構造の問題点は,いかに敵に負けない組織を作るかという観点に従って,学者によって研究される.一般兵士には関係のないことだ.
 知識人のあり方について言えば,戦争に反対する知識人など体制に対する反抗勢力として認識される.必要としている知のあり方が違うのだ.
 軍事心理学が無限に変化する境界のないアイデンティティなど受け入れられるだろうか.ただし,戦場は実際そのような状況になっている.テロリズム,ゲリラ戦など,上の命令をまって大部隊で行動していては対処しきれない時代になった.戦場は自然地から市街地に変わり,いつでも突然始まり,市民も隣接する.そこで軍隊内のアイデンティティ概念も対応して変化した.ただし,混沌を増す方向ではなく,より秩序だった方向にだ.
 現代のこのような戦闘の状況は,過去のものよりカオス的になったことは確かである.混乱状況が増えれば増えるほど,軍隊ではより秩序化する能力を高める指導がなされる.過去においては,論理を決定する命令系統はピラミッドの頂点のみにあったのに,現在では,末端の兵士に論理決定能力が委譲される.よりました混乱にたいして,より強固な秩序化能力が求められることになったのだ(マクナブ 2002; pp242-265).
 権力の分散という視点からみれば,ポストコロニアルのアイデンティティに近づいたように見えるが,秩序化する能力を末端の兵士まで分散させているだけで,秩序化そのものは疑われていないのだ.
 ただし,これはテロリストと戦う支配者側の軍隊の立場にたった視線であり,テロリストはポストコロニアリズムのアイデンティティ概念及び戦略を模倣しているように映る.まさしく植民地側の彼らは,強大な西洋の支配権力に対して対抗するためにばらばらに分裂し,撹乱する戦術を選んだわけだが,これでは,テロリズムとポストコロニアリズムは共謀関係にあるような誤解を受けてしまうことになる.テロリズムとポストコロニアリズムの相関関係という主題も浮かび上がった.ポストコロニアリズムにおける感情の扱いという問題と一緒に,この問題についても最終結論内で考察する.









 結論にかえて 「抗議をやめて講義を受けよ」

 本書の主題として選んだアイデンティティの考察については各章の末尾にある論考を見ていただきたい.この論文は,1章で確認したポストコロニアルなアイデンティティ概念がよいという私の主張に対して,2章では精神医学が,3章では軍事心理学が反論するという物語としても読める.議論の最終解決などありえないので,これはこのままである.
 むしろスピヴァクのいうように理論よりも実践である.2章についていえば,ポストコロニアルなアイデンティティ概念を支持する精神科医が精神障害者をその理論のもとに治療すべきだ.第3章については問題が複雑になる.もうテロリストがポストコロニアリズム的アイデンティティ概念のもとに軍隊を編制しているからだ.ただし,軍隊を知的エリートの代表としてみてみれば,知的エリートでポストコロニアル的アイデンティティ概念を駆使している人はまだ少ないといえる.何しろ,自己のよってたつ基盤をぼろぼろになるまで批判的に考察しなければならないのだ.エリート側がそのような自己の特権を破壊するような検証作業を行えるだろうか.ぜひ行って欲しい.
 テロとポストコロニアリズムの言説の関係が問題となる.支配者側からみれば,両者は同じように見えることだろう,ともに自分たちを攻撃してくるのだから.しかし,ポストコロニアリズムの知識人たちは,テロリズムになど賛成していないことは確かだし,サイードは著作内でフセインやイスラム復権主義者を誤ったナショナリズムを煽るものとして糾弾している.人殺しをポストコロニアリストは勧めてなどいないのだ.
 それでもテロリズム的ゲリラ戦術が,ポストコロニアリズムの言説で表象されていた分裂的で多様な流動的アイデンティティと似ていることはいなめない.ただ,これは似ているということだけだし,ある程度支配者側にいる日本からみてそう解釈されるだけだし,ポストコロニアリストにそんなことを言ったら猛反論されることだろう.それこそ支配権力の価値観にしたがっている証拠だと言われそうだ.
 また,自分たちの理論がかつての支配者の理論と同じように広まって抑圧的な価値観となったり,包括的に流通することなど彼らは求めていない.そのような包括性こそ批判されていたのだから.私はやはりまだまだモダニストなのだろう.
 結論で述べるべき問題は,ポストコロニアリズムの知識人と単純な反逆者はどこが違うのかという問題と,ポストコロニアリズムの知識人は何故感情的連帯の必要性を説かないのかという問題の2つである.これが本論文の考察によって明らかにされた,私の当初の視界からは隠されていた問題なのだ.
 既に読者はこの2つが明確に連関していることにお気づきだろう.すなわち,感情的連帯や信頼感を説き始めると,すぐに単純な反逆者になってしまうということである.至極当たり前の,常識的な回答だが,自分にとっては重大な悟りだった.何故なら,「知識人には情緒がない,現代芸術には感情がない」という保守的な,反前衛の批判者たちの言葉に私は何年も悩まされていたからである.その言葉を聞くたびに,明確に反論できなかたのだ.頭では何となく反論できても,心の中ではやはり感情的絆は大切なのではないか,先進的な現代芸術は理性的すぎるのではないかという悩みがあり続けたのだ.
 明確に言おう,感情的絆を強調するのは大きな間違いである.信頼感やグループの団結など説くだけ危険だ.なぜなら,感情的絆・連帯を説くと,自分の今ある社会を批判できなくなるからである.ただ,それだけの理由では,まだまだ心の底から納得のいくように,牧歌的共同体の気持ち良さを否定しきれないだろう.
 より強力な説明はこうだ.もしも私たちが,今の社会の問題点に気づいて,変革を迫ることを決意したとする.その場合,私たちが以前もっていたような感情的絆をもったまま,非常に強く結束した団体で,抗議行動を行うと,その団体活動はすぐさまアジテーション,反対闘争,テロリズム,憎しみあい,殺し合いに発展してしまう危険があるのだ.本論文の結論はこうである,「感情的に抗議するのでなく,理性的に講義を受けよ」.
 アイデンティティについては理論でなく実践だと言いながら,これでは全く反対だと思われたことだろう.これでは理性の復権,アカデミズムの反動だと思われてしまうかもしれないが,新しい社会は学問実践から生まれるのだ.最近の学問は貧弱化したという批判に対して,サイードは歴史を問い直す新しい学問実践は次々生まれていると答える(サイード 1998b).スピヴァクも学問領域内で実践を産み出している.トリンの映画もまた極めて非煽動的だ.
 
  女性の観客    社会主義ヴェトナムをあつかうのに,あなたはなぜ〈革命〉で得           
       られたものを示さないのですか? 
  女性映画製作者  もし〈革命〉が起きなかったとしたら,映画のなかの女性たちは           
       あのようにしゃべることがなかったでしょう.
  観客  ・・・そのとおりです.でも私の言っているのは,ほんとうの獲得,ほんと           
       うの達成・・・なにか具体的なものなのです!おわかりですか?
                          (トリン 1996; pp140-141)
 
 北朝鮮の反米・反日「感情」を煽る映画では,資本主義社会=完全な悪,自分たち=完全な善として表象されている.悪の側が自分たちに残虐非道な行為を行う.怒りの感情が自分たちの間に湧き起こる.このような単純明快で感情を煽る作品は否定されるべきだ.いくら難解で,面白味がなく,感情がこもっておらず,理性的すぎて,一般受けするはずもなく,どういう風に受け取ったらいいかわからない作品だなどと批判されようと,現代における前衛芸術家は,単純明快な物語など作ってはならないのである.感情を刺激してはならないし,集団的団結を促してはならない.
 たとえこの孤立主義がいくら他者排除的,西洋主体的だと脱構築されようとも,私はこれを主張する.グループ活動を特権化し,想像力に溢れた単独者を批判するような言説に知識人および芸術家が決してひるまないようにするためにである.そのような前衛批判は決して知識人や芸術家に深い傷をつけるような鋭いものではないのだが,時々迷った時にふと人を苦しめる類いの,いやらしい批判なのだ.
 この理論の発見をもってしてこの論文は終わる.実践に続く.














文献目録

注意点:文献目録では,本文上で多大に引用したようなこの論文にとって重要な外国語文献については,外国語による原著の情報と日本語による翻訳本の情報の両方の情報を記した.だが,本文にそれほど密接に関係してこない外国語の翻訳本については,翻訳の情報のみを記述し,原著の情報については割愛した.
 また,Spivakの名称の日本語訳は,『サバルタンは語ることができるか』(1998,みすず書房)では「スピヴァク」となっているが,『文化としての他者』(1990,紀伊国屋書店)と『ポスト植民地主義の思想』(1992,彩流社)では「スピヴァック」となっている.この論文では簡便さを得るため,本文及び引用元の明示でspivakの日本語訳を表象する必要が出た際は全て「スピヴァク」としたが,文献目録では,厳密度を上昇させるため,各文献の表記にしたがって「スピヴァック」と「スピヴァク」の両方を使いわけている.どうか混乱を避けられたい.


<ポストコロニアリズム・現代思想関係>

*アルチュセール,ルイ,山本 哲士, 柳内 隆 著,1993『アルチュセールの「イデオロギー」論』三交社
*イーグルトン,テリー,1997『文学とは何か:現代批評理論への招待(新版)』大橋洋一訳,岩波書店
*稲賀繁美編,2000『異文化理解の倫理に向けて』名古屋大学出版会
*小野真,2002『ハイデッガー研究:死と言葉の思索』京都大学出版会
*姜 尚中 編集,2001『ポストコロニアリズム』作品社
*サイード,エドワード・W,1986『オリエンタリズム』今沢紀子訳 ; 板垣雄三, 杉田英明監修,平凡社
*サイード,1998『文化と帝国主義・』大橋洋一訳,みすず書房(Said, Edward W, 1993, Culture and Imperialism, New York: Alfred A Knopf)
*サイード,エドワード・W,1998b『知識人とは何か(文庫版)』大橋洋一訳,平凡社(Said, Edward W, 1994,Representations of the Intellectual, Vintage)
*サイード,エドワード・W,2001『文化と帝国主義・』大橋洋一訳,みすず書房(Said, Edward W, 1993, Culture and Imperialism, New York: Alfred A Knopf)
*スピヴァック,ガヤトリ・C,1990『文化としての他者』鈴木聡ほか訳,紀伊国屋書店(Spivak,Gayatri Chakravorty,1987 ,In Other Worlds : Essays in Cultural Politics, New York: Methuen)
*スピヴァック,ガヤトリ・C著,ハレイシム,S編集,1992『ポスト植民地主義の思想』清水和子,崎谷若菜訳彩流社(Spivak,Gayatri Chakravorty, and Harasym,Sarah, 1990 , The Post-Colonial Critic, London: Routledge
*スピヴァク,ガヤトリ・C,上村忠男訳,1998『サバルタンは語ることができるか』上村忠男訳,みすず書房(Spivak,Gayatri Chakravorty,1988 , Can the Subaltern Speak? : in Marxism and the interpretation of culture, Chicago: Uni of Illinois Press)
*高橋哲哉,1995『記憶のエチカ:戦争・哲学・アウシュヴィッツ』岩波書店
*高橋哲哉,1998『デリダ:現代思想の冒険者たち28』講談社
*高橋哲哉,2001『歴史/修正主義:思考のフロンティア』岩波書店
*竹村和子,2001『フェミニズム:思考のフロンティア』岩波書店
*鄭暎惠,「アイデンティティを越えて」1996井上俊ほか編『差別と共生の社会学』所収,.岩波書店,p1-33
*デリダ,ジャック1988『ポジシオン:増補新版』 高橋 允昭訳,青土社
*デリダ,ジャック,2000『シポレート:パウル・ツェランのために』飯吉光夫ほか訳,岩波書店
*デリダ,ジャック2001『ユリシーズ グラモフォン:ジョイスに寄せるふたこと』会田正人,中真生訳,法政大学出版局,
*デリダ,ジャック,2001『言葉にのって:哲学的スナップショット』林好雄ほか訳,筑摩書房
*トリン・T・ミンハ,1995『女性・ネイティヴ・他者』竹村和子訳,岩波書店(Trinh,t.Minh-ha, 1989, Woman,Native,Other: Wraiting Postcoloniality and Feminism, Bloomington, Indiana University Press)
*トリン・T・ミンハ,1996『月が赤く満ちる時:ジェンダー・表象・文化の政治学』小林富久子訳,みすず書房(Trinh, T. Minh-Ha, 1991, When the Moon Waxes Red : Representation, Gender and Cultural Politics,New York; London, Routledge)
*ナンシー,ジャン・リュック編,1996『主体のあとに誰が来るのか?』港道隆ほか訳現代企画室
*ナンシー,ジャン・リュック,2001『無為の共同体:哲学を問い直す分有の思考』 西谷修,安原伸一朗訳,以文社
*バトラー.ジュディス,1999『ジェンダートラブル』竹村和子訳,青土社
*複数文化研究会編,1998『「複数文化」のために : ポストコロニアリズムとクレオール性の現在」人文書院
*フーコー,ミシェル,1972『言語表現の秩序』中村雄二郎訳,河出書房新社
*フーコー,ミシェル,1995『知の考古学(改装新版)』中村雄二郎訳,河出書房新社
*ブルデュー,ピエール,1990『ディスタンクシオン:社会的判断力批判』石井洋二郎訳,・・・巻,藤原書店
*ヘーゲル,G.W.F,1998『精神現象学』長谷川広訳,作品社
*山本哲士,1994『ピエール・ブルデューの世界』三交社
*山本哲士,1996『フーコーの「方法」を読む』日本エディタースクール出版部
*山本哲士,1997『現代思想の方法:構造主義=マルクス主義を超えて』筑摩書房
*レントリッキア,フランク編,1994『現代批評理論:22の基本概念』大橋洋一訳,平凡社


<精神医学・トラウマ・医療人類学関係>

*American Psychiatric Association,1995『 DSM-・:精神疾患の分類と診断の手引』高橋三郎ほか訳,医学書院
*牛島定信,福島章責任編集,1998『人格障害』中山書店
*カルース,キャシー編,2000『トラウマへの探究:証言の不可能性と可能性』下河辺美知子監訳,作品社(Caruth, Cathe edited, 1995, TRAUMA : Explonations in Memory, The Johns Hopkins University Press)
*酒井明夫ほか編,2001『文化精神医学序説:病い・物語・民族誌』金剛出版
*下河辺美智子『歴史とトラウマ:記憶と忘却のメカニズム』作品社
*波平恵美子,1994『医療人類学入門』朝日新聞社
*ハーマン,ジュディス・L,1999『心的外傷と回復〈増補版〉』中井久夫訳,みすず書房(Harman, Judith Lewis, 1992, Trauma and Recovery, New York, Basic Books)
*ピンチョン,トマス,1993『重力の虹』越川芳明ほか訳,2冊,国書刊行会
*宮地尚子,1998「文化と生命倫理」加藤尚武・加茂直樹編『生命倫理学を学ぶ人のために』所収,世界思想社,p289-301
*モリスン,トニ,1990『ビラヴド 愛されし者』吉田廻子訳,上下巻,1990
*ヤング,アラン,2001『PTSDの医療人類学』中井久夫ほか訳,みすず書房(Young, Allan, 1995, The Harmony of Illusions : Inventing Post-Traumatic Stress Disorder, New Jersey, Princeton University Press)
*ロマヌッチ=ロスほか編著,1989『医療の人類学:新しいパラダイムに向けて』波平恵美子監訳,海鳴社(Romannucci-Ross, Lola et al, 1983, The Anthropology of Medicine : from Culture to Method, Bergin Publishers Inc.)


<軍隊関係>

*クラウゼヴィッツ,カール・フォン,2001『戦争論』清水多吉訳,中公文庫
*マクナブ,クリス,2002,『SAS特殊部隊知的戦闘マニュアル:勝つためのメンタルトレーニング 』小路浩史訳,原書房(McNab, Chris,2001, Endurance Techniques, London, Bounty Books)
*ワイズマン,ジョン,2000『SAS流肉体改造マニュアル:最強の戦闘マシンになるためのトレーニング』南保和宏訳,原書房( Wiseman, John,1998 , The SAS Personal Trainer, London, Lewis Intl Inc)





40字×30行 1枚あたり約1200字


ホーム > レポート > 特集記事 >